占い師は年齢不詳の厨二病。未来予知に、僕は戦慄する。

 勉強会の、翌朝。


 刺激的な一日を過ごしたせいか、一晩寝ただけでは疲労感は全然抜けなかった。


 興奮冷めやらぬ、心ここにあらず。どれでもいいが、寝れるくらい冷静になるには時間がかかった。


 そもそも、これまでもだいぶ刺激的な生活を送っていたこともあって、蓄積していた疲労もあるのだろう。


「占い、どうしようかな」


 もうサイトの方から予約の方はしているので(個人情報を抜き取られるかヒヤヒヤしながらの入力だった)、行かざるをえないだろう。


 キャンセルもできるだろうが、せっかく予約したのだから、行ってみたい。


「ストレッチでもするか」


 運動すると鬱屈とした気持ちも吹き飛ぶ。ついでに元気の出る手のツボでも押しておくか。


 血の巡りがよくなると、快適なることこの上ない。負の感情も影を潜めてきた。


「よし」


 いこう。


 僕は決意し、身支度を始める。



「はてさて、どこにあるんだ?」


 電車に乗って最寄りの駅で降りた。昔ながらの駅だ。あまり停車しないところなので、一本乗り遅れたら、致命傷になりえた。


 改札を出て、スマホを頼りに歩いていく。


 ここにあるのは、田んぼか住宅街のどちらかだ、といっても過言ではない。


 パッと見た感じ、コンビニすらなさそうだ。地図上には存在するが、ちょっと遠そうだ。


 本当にここで合ってるのだろうか。


 実際に訪れてみたら、空き地でした! とかやめてよ。それだと個人情報と交通費を犠牲にした意味がなくなる。


 近づいてはいるようだが、完全に住宅街の一角にあるようで。


「多分、ここだよな」


 伊能、という表札。その下に「占い、始めました」。あっさりとしたチラシが貼り付けられている。シンプルすぎて、凝っているデザインのチラシよりも目を引きそうだ。


 伊能さんが異能力に詳しいというのは、なんだか洒落みたいだな。覚えやすくてなによりだが。


 インターホンを鳴らす。三回くらい鳴らすと、返事もなく鍵が開いた。


「……」


 出てくる様子がない。こちらから来い。そういうことなのか?


 門扉を開け、先に進んでドアに手をかける。


「お邪魔します」


 ガチャリ。


「いらっしゃい」


 年齢不詳の女性が、アルカイックスマイルでお出迎え。神妙な語り口だ。


 魔女、と形容するのが正しいのだろうか。黒の三角帽子とドレス。首元にはリボンが付いている。


「占いの予約をした、前野です」

「前野さん。私は遥か昔から、あなたのような理解者をお待ちしておりました。異能力に感謝を」


 シュパパパっと、高速で手が動かされる。なにかの儀式か?


 この時点で怪しさ満載だ。ほんと、冗談抜きで勧誘とかされるんじゃないか?


「あっ、別にこれ、雰囲気作りでやってるだけですから」

「そうなんですか?」

「恥ずかしながら、この歳で厨二病を引きずっていまして」

「この格好は?」

「魔女への憧れと、占いの精度向上のために」


 悪い人じゃなさそうだ。ふつうの人ではなさそうだけれど。


 中は薄暗く、ぽつんと占い用の机が置いてあるだけ。奥は黒いカーテンで仕切られている。


 机の上には定番の水晶と、なぜかノートが。


「ノート、使うんですか?」

「前野さんのお話をメモするのと、もうひとつ使いどころがありまして」

「というと?」

「まずは、座ってから話しましょう」


 自宅を改造したような造り。家っぽいものの、店のようでもある。玄関はなく、靴を脱ぐ必要はなかった。


「前野さんは、どうして私の占いを受けようと思ったんですか」

「異能力、という言葉に惹かれて」

「やはりそうですよね。じゃなきゃ、あんな怪しさ満点のサイトにアクセスしようとは思わないでしょうから」


 昔を思わせるシンプルなサイトで、中身はスピリチュアル系の怪文。初見殺しもいいところだ。


「失礼ですけど、ここに来るまで半信半疑でした」

「いいんです。予想通りですから」

「率直に聞きたいんですが、伊能さんは、異能力をどこまで知っているんですか?」


 単刀直入。これでダメなら、それまでだ。



「――未来予知」



 ただ、そのひとことだけだった。


「……未来、予知」


 僕は伊能さんの言葉を繰り返す。


「そう、未来予知。私の異能力」

「証明、できますか」

「いいですよ。じゃあ、試しに5回、じゃんけんをしましょう」


 またじゃんけんかよ。


 いいさ、ここでも僕の強さを発揮するときだ。僕は不敗英雄伝説を築き……以下省略!


「ポイ」「ポイ」「ポイ」「ポイ」「ポイ」


 ……全敗だった。あいこなしで。


 グー、パー、パー、チョキ、グー。これを出したが、ダメだった。


「伊能さん、じゃんけん強いですね」

「なにせ未来を読んだから」


 いうと、ここまで触っていなかったノートをめくりだす。


「このページだけ、見て」


 差し出されたページを見る。


『前野さんの手→グー、パー、パー、チョキ、グー』


 紛れもなく当たっている。


「いま、書いたんじゃありませんもんね」

「あなたが予約をした段階で、書きました」


 いや。


 まだ、単なる偶然ということもある。じゃんけんプロからいわせてもらえば、じゃんけんには運以外の要素も介在するからな。


「今度は、ストップウォッチを」


 スマホを出す。僕が、適当なタイミングで始めて、止める。


 それを、ゼロコンマ何秒まで、表示されているものを当てる。


 これなら、相当難しいはずだ。


「じゃあ、後ろ向いててください」


 やや経ってから、ストップウォッチ機能を止める。


「何秒だと思います?」

「5.236。止めたのは右手の中指」

「正解、です……」


 マジだ。


 ノートを見せてもらう。さっきのページのちょっと下に、「5.236」と確かに記されている。


 それに、僕が画面をタップしたのは右手の中指。特殊な触り方。  


 まさか、そこまで当てるとは。


 この人は、本当に予知能力を持っているんじゃないだろうか……。


「前野さん、君も、能力を持っているでしょう?」

「はい」


 答えなくともきっと知っているだろう。だが、答えた。


「じゃあ、ここで実演してもらえる?」

「ちょ、それは無理ですよ」

「どうしてか無理なのか、よければ説明してもらえますか? 私、よくわからないんですよ」


 この人、完全に僕のことをからかってるよ。


 キスで女の子を堕とす能力なんて、ここで実践したら警察案件だよ。


 それに、説明するのもちょっと恥ずかしいものであるし。


「伊能さん、未来予知ってずるいですね」

「キス魔の前野さんもそう思いますか」

「やっぱり見破られてたんですね」

「だからいったでしょう――未来予知能力があると」


 ああ、なんてことだ。


 まさか、の異能持ちを引き当ててしまうとは。


「それじゃあ、占いを始めていきましょうか」

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