ハプニングが百合を生む。罰ゲームは囁きにいきつく。

 勉強会と称して、マイマイ様の知り合いの店でオムライスを食べようとしている。


「じゃあ、みんなで同時に食べよ。あたしがせーの、っていうから」


 マイマイ様のせーの、でパクリとひと口いただいた。


 ホロホロの卵が口いっぱいに広がる。甘い。


 そこに、ケチャップの塩分がいい仕事をしている。甘すぎず塩辛すぎず、絶妙なバランスを保っている。


 そしてライス。これも、変にベトッとしておらず、卵の良さ掻き消さない程度に主張している。


 オムライスは、卵あってのライス、ライスあっての卵なのだ。


「……」

「……」


 男たちは黙ってしまった。本当においしいものに出会うと、沈黙しかできない。


「お、おいしいー! なにこれ、すっごく最高なんだけど」


 あかねさんは配信者並みの反応を示した。


「でしょでしょー! わかってくれた?」

「うんうん。もう、このために生まれてきた、って感じ」

「大袈裟だって」


 とても柔らかいマイマイ様が、そこにはいた。僕らには見せない顔だろう。


「……うまいな」

「ああ! 俺のオムライス史上ナンバーワンは固い」


 囁くように、隣の男子ふたりはおいしさを確認し合う。


「あんたら、なんかいいなさいよ」

「黙ることが最上のおいしさ表現なんだ」


 うんうん、と宮崎も目を閉じてうなずいている。


「やっぱ、男子って理解不能だわ」

「う、うまい! このオムライスは世界いt……」

「いまさらやられても気分悪い」


 しゅんとする宮崎。じゃあどう挽回すればよかったんだよ、という話。


 おいしすぎたのだろか、ちょっとすると、女子チームもついに黙々と食べだしてしまった。


「相海さんだって、黙って食べてるじゃん」

「不服だけど、たしかに宮崎のいう通りかも」


 あかねさんをふと見ると、食べながらコロコロ表情を変えているのがわかった。


 食べるのに夢中なのか、口元にはケチャップがついている。


「あかねさん、ここ」

「?」


 僕は立ち上がると、机の上に常備された紙切れをとって、あかねさんの口元をさっと拭った。


「えっ」


 出し抜けのことだったからか、あかねさんは固まってしまう。僕も、そうくると思っていなかったから、同じくフリーズ。


 勘定して、5秒くらいは互いに見つめ合っていただろう。


 僕たちは正気にかえるやいなや、すぐに目線を外した。


 4人全員が、状況を飲み込めずにいた。


 からん、と金属音が響く。マイマイ様が皿にスプーンを落としたらしい。


「え? なに? どゆこと?」


 子犬のようにプルプルと震え出すマイマイ様。


 ひとり首を傾けては横に振り、ボソボソとなにかいっている。


 ややあって、


「あかしー、女の目をしてたけど、あれってなに?」


 マイマイ様はご立腹らしい。見つめる瞳は、僕がよく見慣れているものだった。


 そう、ヤンデレガールズのそれだ。


「いや、いきなり口元に手を添えられたら、私だってびっくりするし」

「違う。なんで、女の子の目になったかって話」

「き、きっと気のせいだよ! 至近距離で見つめられたら、誰でも意識しちゃうじゃん?」

「誰でも?」


 そういって、マイマイ様はあかねさんに迫った。顔と顔との距離はだいぶ近い。


「……百合」


 ボソッと僕も思っていたことをいう隣の宮崎。


「現実世界に、存在していたんだな」


 僕はつぶやいた。


「なぜだろう、相海は腹立たしいが、この絡みだと」


 ――かわいい。宮崎は、そういいたいのだろう。


 ちょっとお客さんから視線を集めてしまっている。悪意の目線はなく、ただ「癒されるわ〜」という好意的なやつだ。


「ごめんね、ごめんね」

「よりにもよって、なんであの前野? イケメンじゃないじゃん」


 泣きそうな声でいわれても、悪口はいけませんよ。たとえそれが事実だとしても。


 うまいことあかねさんが流したので、すぐにマイマイ様は冷静さを取り戻した。


「ちょっとトイレ」


 化粧崩れたから、とのことらしい。


「ほんとに相海さんかよ? ずっとあのままでいいじゃん」

「あれでいいの?」

「俺、ヤンデレはいける口だから!」

「宮崎。ヤンデレはダメだ」


 経験者は語る。この言葉は“重い”……!


「いや、それって前野の趣味じゃん。俺はヤンデレが性癖なわけさ」

「だがな……まあいい。好きにしろ」


 男子だけに伝わる声で会話している。さすがにあかねさんには直接いえない。


 そして宮崎。お前はヤンデレを知らないから幻想を抱いてしまうのだ。


 現実のヤンデレは、ただの地獄である。


「なんだか騒がせちゃったね。マイマイ、ちょっと私に依存気味なところがあるから、びっくりさせちゃったかも」

「大丈夫です! ありがとうございます!」

「?」

「あかねさん、宮崎の戯言なんで気にしないでください」

「まあいっか。別に悪い子じゃないし、私もマイマイのことは好きだから、あんま悪く思わないでね」


 了解です、と僕は答えておく。


 オムライスを食べ終わり、食休みをしたら勉強タイムが再開した。


 席を移動したり立ち上がったりと、かなり自由にやっていた。


 舞い上がっていたテンションもだいぶ落ち着いてきたみたいで、このあとは理性的だったはずだ。


 バチバチしていた宮崎&マイマイは、苦手教科を教え合う作戦が功を奏し、かなりいい雰囲気だった。よく喧嘩してるけど、ほんとは波長が合うんだろう。


 僕はあかねさんと一緒にやるのが多かった。だいたい、左にあかねさん、右に僕という配置だった。


「これはね、AとBとCを組み合わせて、代入して……」


 僕のノートに、あかねさんの文字が書き込まれる。綺麗な手、美しい字だな、と思った。こうして見る機会がないと、なかなか意識しないところだ。


「あっ、ちょっとそのボールペン、取るね」


 座ったまま、僕の右側にあるものを取る。


 すると、やむをえないが、体がたびたび接触した。ふたりきりのときより、いっそうドキドキしている僕がいた。


「……じゃあ、ここは僕が」


 あかねさんにも苦手分野があったらしく、僕も教える立場に回れた。


 最終的には、僕以外の三人に、ひととおり指導ができた。


「きょうはほんとお疲れ様!」


 あっという間に夕方になっていた。


「うーん! あたし、勉強って意外と好きかも!」

「やっぱり自分よりできない人に教えるのって、楽しいな」

「あんたさ、ひとこと余計」


 肘で突かれている宮崎。もうだいぶ親しいふたりだ。


「そういや、オムライスの料金は?」

「あたしの友達に免じて今回はタダにしてくれるって」

「なんだか申し訳ないな」

「いいの。また来ればオッケーだ、ってことらしいから」


 出血赤字大サービス。リピーターにならざるをえないよな。


 ふつうにオムライスは絶品だったので、家族とか、ひとりとかでも定期的に通いたい。


「これでみんなトップ10は固いね」

「宮崎はダメだったら罰ゲームだもんな」

「おい、いうな」

「ふーん。まあ、上位には入れなくても、私より点数が下ならさ。宮崎、どうなるかわかってる?」

「頑張ります頑張ります!」


 そういや、罰ゲームっていったよな。


 罰ゲーム……?


『もし君が全敗だったらさ――すごい罰ゲーム、しちゃうから』


 あ。


 忘れてたけど、そんな爆弾が。


「あかしーと前野は同じ方面か。あたしはなぜか宮崎と一緒だけど」


 このあと宮崎は塾だという。だから、行きは同じでも帰りは違う。マイマイ様も塾らしい。


「仲良くしようぜ」

「無理いわないで」

「じゃあみんな、また今度ね!」


 バイバーイと、いって。


「僕らも帰りますか」

「罰ゲーム、残ってるじゃん」

「そういえば」

「目、つむって」


 いわれるがままにして、待つ。


 耳元に、吐息がかかる。


 ふーっと息を吹きかけられ、はあーっと息を吐かれ。



「――テストすら負けちゃうたっくん、ざーこ♡」



 はぁー、っともう一度息を吐かれて、罰ゲームは終わった。膝はもう、ガクガクだ。すさまじい快感だった。


「罰ゲームなんて、とんでもない……」


 むしろ、一部の界隈ではご褒美というやつだ。


「電話越しじゃ、不満そうだったから」

「だからって、こんな道端、しかもマイマイ様と宮崎の近くで」

「それがいいの」


 かと思った。生温かさが耳に残る。


「じゃあ、帰ろう?」

「……はい」


 家に帰ってからも、ポッキーゲームのときに匹敵する高揚感で、脳がドロドロに溶かされているようでならなかった。

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