率直に話し、心が通う。呼び方を、変えてみて。
「あっつ〜」
テニスゲームに燃えた僕らは、もうくたくたもいいところだった。
際どい格好のままいられると、理性が危うい。そういう理由で、僕の服をとりあえず着てもらうことになった。僕もさすがに着替えた。
現在、ガンガンに洗濯機を回している。むろん篠崎さんの服が先だ。
「ダボダボだね」
「我慢してください」
「俗にいう、彼氏コーデってやつかな?」
「もう僕のこと誘ってますよね!? 男受け狙いのレベルをカンストしてますよ」
「うぶだね」
陽キャゆえの距離感なのか、篠崎茜という人物特有なのか。
その配分は不明だが、ここまでグイグイくると、勘違いする男子も星の数ほどいるだろう。
「こんなことばっかだと誤解されますよ」
「誤解して危険行動に出た瞬間――私の周りが精神と肉体の両方で吊し上げに入るから、社会的に死ぬ。だからオッケー」
「そういうことじゃなくて……」
飲み込めずにいる僕を見て、篠崎は説明を始めた。
「仮に私が蛍光灯だとして。たかってくる虫がいるからって、私は蛍光灯でいるのを辞める理由はないでしょ」
「かもしれないですけど、異性を惑わす行動を取るのは、故意によることろもあるでしょうに」
「そうね。でも、息するのをやめろっていうのも無理でしょ」
過度に距離感をつめるのは呼吸と同じということか。
「わかりました、これ以上は追及しません」
「私への理解も深まったみたいだね」
「でも、僕が反応してしても、それは体のせいですから」
「御託はいいよ。正直さっきの、いやらしかったでしょ」
こくり、と頷く。否定できなかった。
「そういう反応のために生きてるところ、あるから」
「とんだ変人に目をつけられてしまいましたね」
まあ、ファーストコンタクトが「キスしよう!」の時点で、中身が人間ではないなど百も承知だったはずだ。
外側をなぞるだけなら、美人で誰にでも優しい、文武両道を地でいく超人タイプという印象なのが、なんともギャップがあるというものだ。
「当然だけどさ。ふつうの男子って、こう誘惑されると、『えっちなことに発展するのかな』という期待しちゃうでしょ」
「はい」
「だよね。でも、君は違う。なんらかの事情で、キスやその先を、理性を越えたナニカで抑えられる。つまりさ、私にとっては最高の相手なんだよ?」
あの手この手でからかいたいが、あくまでプラトニックな関係を築きたい――。
「矛盾の塊もいいところじゃないですか」
「だから、私の要求は夢物語もいいところだったの。ちょっと前までは」
「篠崎さんが幸せならいいとわかったんですが、結局のところ、僕の能力はどこで知ったんです?」
聞かれると、篠崎さんの表情はやや固まった。
「私ね、気になることへのアンテナは、四方八方に張り巡らしているんだよ、しかも高感度で」
「質問に答えてください」
「あなただって、なにかしらの体験を経て特殊能力の存在を知ったんでしょ?」
首を縦に振る。
「……だよね。情報源というのは、もう限られてるんじゃない」
誰かが、僕の異能に関する情報を漏らした。そう考えるのが自然だろう。
「それが誰かは」
「いえない。これ以上はね」
犯人として挙げられるのは、当然あの三人。
妹、転校生、幼馴染。このメンツに限定される。
一番怪しいのは、妹である。
『久しぶり!』
などと、唐突に連絡してきたのが大きい。
たいして話したこともない旧友から、いきなりセミナーなり商材を進められるのと肩を並べるレベルで怪しい。
さしあたり犯人が妹であると仮定しよう。
「だいたい事情は理解しました」
「そう」
気になるのは、どうやって篠崎と妹が繋がりを得たのか、だ。なにせ、県外に住んでいるのだ。いまの時代を考えれば、SNSだろうか。
「あと、ひとつだけ忠告」
「忠告、ですか」
ピシッと右の人差し指を伸ばし、篠崎は口を開いた。
「
「……なるほど?」
「そして、似たもの同士は惹かれ合う」
「ふたつじゃん」
「確かに」
それがツボにハマったらしく、篠崎さんはケタケタと笑い出した。笑いのツボが謎すぎる。
箸が転んでもおかしい年頃。まさしくこのことだろう。
「どうも、事態は単純明快とはいかないらしい」
「だからこそ、人生は面白いんだよ?」
「名言もいいすぎると安っぽいですね」
「もしかして前野君って性格悪い?」
いわれても仕方ないが、気分はよくない。事実陳列罪である。
「これでだいぶ見通しも立ってきましたよ。薄暗い森を抜けたみたいで」
「でも、目の前にはぼんやりと霧がかかってる」
パチンと指を鳴らし、「ビンゴ」という。心の中を読まれているかのようだ。篠崎の語彙力が高い、ということか。
「ようやく前野君も心を開いてくれた気がする」
「そうですかね?」
「なんだかずっと敬語だし、タイプが違うって距離を取られてる気がしたから」
半ば正解なので心が痛む。ステータスの差といおうか、僕の方が劣っている、という意識に抱いていなかったといえば嘘になる。
「クラスメイト同士で苗字呼びもさすがにね」
「変えますか」
「その言葉が聞けてよかった!」
「じゃあ、下の名前で呼ぶんです?」
篠崎茜。だから、あかねと呼ぶ。
前野拓也。ゆえに、たくやと呼ばれる。
「いや、それじゃあつまらないから、すこし変えたいな」
「一気にハードル上げてくる」
「だんだん上げるよりさ、一気に上げてから追いけるようにしていく派だから」
強要はしないけど、とのことではあったが。
「せっかくなんで決めておきましょう」
「敬語!」
「決めよう」
「いいね!」
討論の結果。
「たっくん――これでいい、いや、これがいいね」
「あかねさん、なんだかしっくりこないような」
たっくん呼びに落ち着いた。そしてこちらは、なぜか“さん付け”という退化を見せた。
「あかね、は彼氏ヅラみたいな気がしたからパスかな」
前言撤回だった。実際に試してみないと、わからないものもある。
こうして、僕とあかねさんとの距離は。
確実につめられていくのだった。
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