テニスゲームで開いた幕。篠崎茜は服を脱ぐ。

「スポーツですか」


 にわかに我が家を訪ねた篠崎と、「ゲームをしよう」という話になり。彼女が選んだのが、スポーツゲームだった。


 篠崎いわく、友人とすこしプレイしたことがあるようで、操作感に不安なところはないとのことだ。


「決着をつけなきゃね」

「僕もいずれ決着を、とは思ってましたけど。そのためのジャージだったり?」

「とーぜんっ。ここが年貢の納めどき! ってね」


 なんか意味がズレてる気がしてならないが、それはさておき。


 僕らが今回やっていくのは、ゲームという皮を被った、ただのスポーツだ。


 リモコンのセンサーを利用して、さまざまなスポーツを楽しめる代物である、ゲームといいながら、そこそこ激しい運動を要求される。


 このゲームのやり過ぎで、酷い目にあったことは数知れず。油断していると、体にガタがくる。普段使わない筋肉への負荷がすごいのだ。


「筋肉痛には気をつけましょうね」

「大丈夫、たかだかゲームで熱くなるなんて、愚の骨頂もいいところだから」

「ダンスバトルをお忘れで?」


 ブーメランもいいところではないか。


 ゲーセンでやったダンスゲームは、お互いの実力が拮抗し、燃えに燃えた。篠崎もガチだったというのに。


「このゲームは別物だから」

「スイーツは別腹! じゃないんですから」

「ツッコミはいいからさ、じゃんじゃんやってこうよ」

「ですね」


 ゲーム機を立ち上げ、ソフトを起動し十数秒。タイトル画面からセレクトモードに

 移行する。


「ダンスもあるよね?」

「それは最後にしましょう。大トリです」

「燃えるね!」


 楽しそうでなによりだ。


「手始めに、これかな……」


 選んだのは、ボクシングだ。


 あまり詳しくないが、「殴りたくてたまらなくて……」という負の篠崎をちらつかせられたら、文句なんていえない。


 斜めに向かい合い、テレビ画面と生身の体が同時に見えるようにして。始まる。


「もう! ○○ちゃんの――! □□の野郎も――!」

「うわっ、ちょっと強いって」


 クラスのみんなには聞かせられないような、罵詈雑言を浴びせられながら、パンチも食らった。圧がすごい。


 当然、結果は惨敗だった。


 賭ける思いが違うのだ。怨念という怨念が体を侵食するかと思った。


「僕の前で吐き出して大丈夫なんです? 放送禁止用語も飛び交ったような」 

「君じゃなきゃいわないよ」

「これまた誤解を生むような発言を」

「君が私に惚れるような軽い男ではない、っていう信頼だよ」

「褒め言葉だと思っておきます」


 ※この後、「またやらせて」と度々入った。ボクシングでボッコボコにされるサンドバッグとして、僕は責務を全うしたのだった――。




「じゃあ次は……これで」

「テニス? 定番ね!」

「激アツですよ」

「私、結構強いかも」

「果たしてどうでしょうかね」


 戦略と瞬発力、集中力とが求められる、このソフト内随一の、面白すぎるモードである。


 先に三セットを取った方が勝ち、というシンプルなルール。


「いきますよ」

「望むところ!」


 先攻はこちらからである。


 サーブを打つ。タイミングを合わせ、全力でコントローラーを振るう。手加減など微塵もない。


 ビュンッ! とボールは高速回転し、サーブはコートを目にも止まらぬ速さで突き抜けた。心と体の準備がなければ、反応などできたものではない。


「な、なにそれ!?」

「初見殺しサーブ」

「ずるい! 卑怯者! 大人気ない!」

「どんな手を使ったって、ここで負けるわけにはいかないんですよ」


 負けず嫌いなところが如実に出ている。我ながら精神的に幼いと思わないでもないが、今回の戦いはちっぽけな自尊心が勝つことを望んでいる。


「手心ってものがあってもいいじゃん! もういい。宣戦布告と見たから」


 でも、この一セットはくれてやるから、とのことらしい。


 当然のことながら、操作感に慣れている僕の方が有利であり、第一セットは僕が取った。


 そこそこ楽な一セットではあったが、僕の動きからこのゲームの戦い方を吸収していき、ラリーを重ねるごとにぐんぐん成長しているのは明白だった。


 ……ま、まぁこんなの想定内だ。テニスゲームにおける経歴の違いは明白! 


 センスの塊、器用極まりない篠崎さんが相手であろうと、僕の優位は揺るがないに違いないのだ! 


「舐めないでよね」

「……ッ!?」


 第二セット目から、化けた。もう、初心者ではない。僕がゲーム下手すぎるのではと思わされるくらい、充分強かった。


 このゲーム、対人戦では体力勝負の要素も強いらしい。NPCとの戦いばかりに慣れていたせいもあろう。ちゃんと移動をしないと、いいショットが打てない。


 コースで振ってくる篠崎。運動部とは縁が遠くなっていた僕は、スタミナがなく、長期戦に弱い。


「そこっ!」「スマッシュ!」「エア篠崎!」


 ブツブツいいながらやるもんだから、ペースが乱され、もう滅茶苦茶だった。



「なぜだ、なぜ最終セットに突入している?」

「これが私の底力ってものよ!」


 来たる最終セット、それもデュースである。


 先に二回得点した方が勝ちという、神経を擦り減らされるドキドキ局面。


「もう何度目だ」

「手足の指より先は、数えてない」

「足も使う人って珍しいな」


 体にガタがきている。汗が滝のように出て、寒気もする。筋肉は酷使しすぎて、筋肉痛の兆候を見せている。


「もう、ここで決めるよ」


 お互いの得点差はない状態で回ってきた、篠崎のサーブ。


「でも、ちょっと熱いからタイム」


 篠崎も僕と同じだ。人間ならば、ここまで動くと汗が出る。すると服も濡れて不快になる。


「ちょっと脱ぐね」


 ジャージのファスナーを下ろし、白いインナーが露わになる。汗で体に張り付いているそれは、集中力を乱すだけの破壊力を有していた。


「ちょ、ちょっと篠崎!? いきなり脱ぐのはずるくない? 男子の心、わかってる?」

「わかってるからするんじゃん」


 いって、ボールを高々と上げ、コントローラーで風を切る。


 ふたつの谷は、勢いよく、揺れた。


「……初見殺しサーブ!」


 心もブレブレで、反応などできなかった。


 次のサーブも、同じだった。画面なんて見れなかった。


「ゲームで勝って、道徳心とか良心ではボロ負けですよ」

「初見殺しサーブを打つような前野君のいえたことじゃないよね?」

「……認めます」

「よろしい」


 さすがにガチになりすぎたので、ダンスバトルは中止。


 不本意ながら、ゲーム対戦には、かくしてお色気要素で負けた。不本意ながら。

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