篠崎は、我が家を目指してやってきた。ゲームするならなんでもある。

 篠崎とて、僕にばかり構っているわけにもいかないらしい。この一週間、大きなイベントは起きなかった。連絡は定期的に取り合っていたが、雑談に終始した。


 妹は不穏な動きを見せていたが、ボイスメッセージ以降、進捗はない。水面下で事態は進行しているかもしれないが、あくまで想像の域を出ない。


 いまはなによりも現状維持だ。


「そうだとはいえ、ね」


 日曜の十三時が過ぎていく。朝起きたのはほんの数時間前と、堕落しきった生活だ。


 家でダラダラしているのだが、なんだか落ち着かない。


 このままでいいと考えつつも、懸案を未解決のまま放置することに気が引けている自分がいることも確かだ。


 気持ちが変に高揚して、安定しないときは運動するに限る。


「走るか」


 元陸上部の血が騒ぐ。ウェアに着替えてシューズを履き、「いざ出発!」というときに。


 スマホが振動を始めた。メッセージが届いたときのものではない。通話だ。


「はいもしもし」

『ごめん、忙しかったかな? 篠崎です。見ればわかると思うけど』


 不機嫌さが、ちょっと声に出てしまった。相手は篠崎と来た。噂をすれば、とはこのことか。


「ああ、いや、とくに何もなかったけど」

『それならさ、前野君って外に出ず』

「家にいるんだ、いまのところは」

『ならよかった!』


 暇を理由に喜ばれても嬉しくないよ。悲しいかな、休日なのに予定がない男子高校生。


 ……などと、卑屈モードに入っている場合ではなく。


「今回はどんな用件で」

『前野君の家に寄りたいんだけど、平気かな?』

「僕の家ですか。なるほど……って、家ですか? 自宅ですか?」

『イグザクトリー、その通り!』


 画面越しで満面の笑みを浮かべていそうな声色だ。そんな嬉々としていわれても。


「いや、あんまり綺麗じゃないし、それにひとり暮らしだし」

『うちも汚部屋だから関係ないよ!』

「男女ふたりきりの密室になるからさ、いち女性として警戒しないのかな、って」


 うーん、と悩んでから、篠崎は閃いて、


『大丈夫だよ。キスすら日和ひよってる前野君に、一線を越えられる度胸なんて、微塵たりとも存在しないだろうしね!』

「とんでもない悪口じゃん」

『警戒してたらこんな提案、そもそもしないよ』

「そりゃそうか」


 若干侮辱された気がする。でも、事実だから仕方ない。


 もしキスの異能の発動条件が、粘膜接触であるとするならば――なんて、無駄なことに思考を広げそうになったが、無駄なので抑えた。


「篠崎さんのやることって、ホップステップ抜かしてジャンプ、みたいな唐突さが……」

『私たちの関係に順序とか段取りとかないじゃん? いまさらだよ』

「ですね」

『それじゃ、住所の方を教えてもらえる?』

「えーっと――」


 住所と大雑把なルートを説明すると、「いまから行くね」とあって電話が切れた。


 こういう関係と割り切れば、いずれ慣れるのだろうか。慣れてはいけない気がする。


 ともかく。


 いまやるべきは、お客様を受け入れる体制づくりだ。


 食べ物の容器やペットボトルなどが点在する、やや散らかった部屋。綺麗とはいいがたい。とりあえず分別してビニールでくくり、見えないところに押しやる。


 プリント類もファイリングして、軽く掃除機もかけて。


「割合汚ないな」


 ひとり暮らしとなると、部屋が汚くてもとがめる人がいない。ゆえに、己の自制心がないと、汚ない部屋になるのは避けられない。


 片付けてみると、自分の部屋がこれほどまでに広いのか、と感動した。


 そんなこんなでインターフォンが鳴り。


「お邪魔しまーす」

「いらっしゃい。道はすぐわかったか?」

「目印に気をつけて歩いたら、そんなに迷わなかったかな」

「ならよかったです」

「前野君がひとり暮らしって意外だった」

「県外から来てるので。その話はいずれ」


 了解、とのことだった。


 柄にも合わず、篠崎はジャージ姿だった。奇しくも似たような格好である。


「服装、気になる?」

「いつもと違うな、と」

「どこか遠くに出かける、という予定でもないし。けっこうジャージ、好きだし」

「ちょっと意外」


 ジャージ。「ダサい」とややもすれば一蹴されかねない格好だ。それをも、篠崎が着ると取り立ててダサい、とは見えないのが不思議なものだ。


「で、きょうの本題なんだけど」

「まさかノープランで自宅に押しかけたわけじゃ」

「ちょっとは考えてるよ」

「アドリブの意訳ですか」

「若者の未来は、無限大なんだよ?」


 訳:考えなしで前野家に来た。


 ……いい方は問題ではない。


「どうします? 遊び道具はそれなりにありますが」

「ゲームって持ってる?」

「人並みには」

「じゃあゲームで決定ね」


 どれどれ、とカセットを漁る。


 ふたりで遊べるのは、実家から持ってきた家庭用ゲーム機だった。携帯用ゲーム機もあったが、一台しかなく、不都合だった。


 実際の名称を伏せると、


「配管工が囚われた姫を救うやつ」


「配管工の仲間たちがゴーカート的なものに乗ってレースするやつ」


「色んなキャラが大乱闘してスマッシュするブラザーズ」


 などの有名どころは抑えていた。


 しかし、これらを選ばないのが篠崎だった。


「これにしよっか!」


 取り出したのは、スポーツゲーだった。


 激しく動き回るやつ――例のダンスバトルを彷彿とさせた。











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