ゲーセンで最も盛り上がるもの。それはダンスバトル。
お洒落なカフェでのトークバトルは終わった。
これから「ドキドキ(?)ふたりの初デート編」がスタート――。
「誤解しないでほしいんだけど、これデートじゃないからね。恋愛感情は排してね」
「安心してください。さすがに僕も勘違い男とは違いますから」
――しない。
ここまでの流れからしてわかる。
クラスメイトの前でいやらしいスプーン舐めを敢行し、男性との関わりが豊富な篠崎茜とあらば。
男子とショッピングなど朝飯前、いや夜食のポテチにすら及ばないだろう。
「最初は威勢のいい返事をくれたのに、帰りには本気の目になっちゃう子もいるからね。前野君はどうだろう」
「大丈夫です。全力で恋愛対象外として……いや、善処します」
「いまさら止めても意味ないよ」
「す、すみません」
「女として見られないと、地味にプライドが傷つくかも」
結局どうすればいいんだよ、と心の中でツッコミを入れてしまった。いいたいことはわかるが、矛盾する要求じゃないか。
「それはともかく。せっかくのショッピングモール。気を取り直して楽しもっか」
「はいっ!」
「いい返事!」
ショッピングモール。
夢と希望と青春が、キラキラ輝く場所である。家族連れと学生の
あまり僕とは縁がない。なにせ近所になかったので。仕方ない。
篠崎にとって、このショッピングモールは“庭”といってよい。
有名な店、新しくできた店、季節ごとの催し事など、どれも頭に叩き込まれている。そんな彼女の知識をフル動員した結果。
「じゃあ、ゲームセンターいこうか」
「ゲームセンター? ウィンドウショッピングではなく?」
ショッピングモールといえば服。服といえば以下略。そう考えていた僕の常識が粉砕された。
「正直、前野君って洋服とか興味ないんじゃないかなって」
「ファッションセンス終わってますかね」
「うんうん、とっても似合ってる。でも、ゲーセンの方が惹かれる、とのことだし」
情報源は宮崎だろう。プライバシーもへったくれもない。
「せっかくのショッピングモール、気を遣ってもらうのは気が引けますよ」
「いいの。きょうはお互いを理解し合う日だから。私ばかり開示しても不公平だよ」
確かに、と思いうなずく。目的を忘れては、せっかくのお出かけも意味が薄れる。
「篠崎さんが行きたいところも寄ってくださいね」
「おっけー!」
力強いサムズアップが繰り出された。
お互いに失礼な言葉を交わし合っている。
それでも、受け入れてもらえるだろう、度を超えた言葉は出ないだろう、という安心感がある。
これは今回のお出かけも結果オーライ、大成功! で締められるかもしれない!
「……いち、にっ、さん、しっ! まーわる!」
篠崎、踊ります。前野も踊ってます。
ショッピングモール内のゲーセンは、そこそこ賑わっていた。
UFOキャッチャーやメダルゲーム、ハンドル付きのカーアクションゲームなど、ゲーセンならではのものを始め、さまざまな筐体が並んでいる。
そのなかで篠崎が目につけたのは。
「前野君、シャルウィーダンス?」
「これ、やるんですか」
「当然。だって、けっこーうまいんだもんね」
ダンスゲームである。UFOキャッチャーではない。
ドラマやアニメだと“ゲーセン=UFOキャッチャー”なるお約束があるが、篠崎はお約束クラッシャーだった。
「まあ、人並みには」
「私、こういうのあんま経験ないからリード、してね」
「上目遣いしないでください」
演技がかった振る舞いだ。コロコロ表情が変わる様子には、バリエーションが豊かだと感心させられる。
幸いにもダンスゲームをやる人は他にいなかった。ちょうど同じ台が二台並んでいる。
動きやすいように上着を脱ぐ。激しい動きが多いので、可動性は重要なのだ。
硬貨を投入。
「同時に踊るんです?」
「うん。なにごともみんなでやるのがいいからね」
「個人プレー派からこの際は抜けておきましょう」
もちろん曲は同じものを選ぶ。ダンスの技量は得点として算出される。せっかくだ。ふたりの差を比べたいと思うもの。
篠崎は初心者というから、下手に実力を披露しすぎるのもいけないな。
しかし、これは杞憂だった。
「いきましょう、前野君」
「いきましょう」
踊ることになった。
チラチラと横目で篠崎の様子を見ながら体を動かす。
僕としてはやりこんだ曲。爆発的に流行したもので、陽キャたる篠崎も知っているダンスだろうと踏んだ。
その判断は正しかった。正しかったゆえにしてやられた。
――こいつ、キレが違うぞ!
明らかに踊り慣れた人間の動き。初心者なんて嘘っぱちだ。練習している動きだぞ、完全に。
長年かけて仕上げた曲ゆえに、己の矜持が音を立てて崩れゆくのがわかる。
騙したな! ぷんぷん!
「やるじゃん」
「そっちこそ」
「ダンスの経験は?」
「……人並みには。この曲はSNSにダンスをあげたから、そこそこ踊れる」
「どこがそこそこだ!」
ムキになってきた。もういい、全力でやってやる。これで負けたらダンスゲー界隈から引退してやるよ。
正直踊るのに精一杯で、曲が終わるまで一瞬の出来事だった。息が切れ、体が重い。視線が地面に固定される。
「結果は!」
顔を上げると、スコア表示画面に移行している途中だった。
過去最高得点。納得だ。火事場の馬鹿力かもしれない。
対して篠崎は。
「わぁ、一点差! 悔しいな」
「しゃあっ!」
ついガッツポーズを決めてしまった。なにせダンスゲーの存続を懸けていたので。自分が勝手に定めただけだが。
「おめでとう。初心者に本気出して楽しかった?」
「絶対初心者じゃないでしょ」
「次は負けないよ」
「次も負けませんからね」
あちらから手を差し伸べてきた。名戦を祝って握手。
「久々にスカッとしたぁ〜! もう汗ぐっしょりだよ」
「やばいですね」
上着を脱いだとはいえ、体の放熱は馬鹿にできないものがある。体感は夏だ。
「ちょっとシャツが張り付いて気持ち悪……」
いいさして、篠崎の方を見た。薄い色で揃えた服装のせいか、服が体や下着に張り付いて、主に上半身が扇情的になっていた。
「見たでしょ」
「認めますから、僕の上着を羽織ってください」
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