パフェでする「あーん」の味は甘い。スプーン舐めはヤバい。
「前野君、何の前触れもなく吹き出さないでよ。ちょっと服汚れちゃったし」
「本当にすみませんでした」
「直撃じゃなかったし問題なし! 根に持つことはないから安心してね」
あまりの衝撃発言にコーヒーを吹いた。それから、店員さんにタオルを持ってきてもらい、後処理をした。
店のご厚意で新しいのに変えていただいた。おしゃれなカフェの雰囲気を台無しにする悪行である。
「でもさ、キスを目的に交友関係を築くって、そんなに驚くことだった?」
「驚きますよ。間接的な告白じゃないですか」
「それもそうね。深夜の私には冴えた考えだったんだけどなぁ」
「深夜テンションで浮かんだ考えは、大半がとち狂ってると相場が決まってます。完全にヤバい人になってました」
キスを前提にお付き合いください。
結婚を前提にお付き合いください。
結婚の方がより高度な要求だが、キスの方が受ける印象が違う。生々しさが如実に出てしまう。すくなくとも僕はそう思う。
篠崎はやや困惑した表情を見せた。それから、軽く咳払いをして。
「……ともかくだよ。まだお互いをよく知らない状態でキスをするのは、今回の場合よくないと思うの」
「普段ならするんですか」
「時と場合によるかな? さすがにイレギュラーって自覚はあるけど」
交友関係が広い篠崎とあれば、“彼氏なし・男性経験なし”という幻想は幻想でしかないのだろう。かつては彼氏がいたという噂もちらほら聞いた。
そうじゃなきゃ、突然キスをしようなんて言葉は出ないというものだ。
「私がキスをしてもいいと思ったらしてみる。する気が失せたらそこで君との関係はきのうまでのまま。するにしても、一番快感を得られるタイミングでするのがお得だからね」
「そういうことならわかりました」
どこまでが本心かはわかりかねない。真意は計りかねている。
うまいことフェードアウトできるようにするだけだ。
「話はこれくらいにして、食べよっかな」
篠崎はパフェを食べ進める。上品だ。素人目から見てもマナーがなっている。
「はい、前野君もあーん」
「あん?」
「だから、あーんするから」
「ちょっとそれはパスで」
間接キスである。大きな枠組みで見ればキスである。
直接のキスが身体に影響を及ぼすことは実証済みだ。しかし、間接キスは別。
データはなく、影響は未知数。もし間接キスでも効果があれば、ここまでの話し合いは茶番となってしまう。
よって拒否、断固たる拒否!
「そんなに拒絶することかな」
「キス関連は絶対ダメです」
「私の心次第っていったじゃん」
「僕の心が追いついてないんです」
「ざーんねん。そうだよね、前野君は
いって、篠崎はスプーンを咥えた。舌を軽く出し、撫でるようにクリームを舐めとる。
ぺろり、ぺろり。いやらしい音を立てて、ぺろり。
つい辺りを見渡してしまう。誰か見ていないだろうか、気づいていないだろうか、と。
「ちょ、ここお店……!?」
「慌てないでよ。別にあーんする恥ずかしさと変わらないし」
「あーんとぺろりは等価交換成立しませんって! それに、恥じらいのひとつやふたつ、あってしかるべきじゃないですか」
「君があーんのひとつも躊躇っちゃうのがいけないんだよ」
舐め回すのを止めて、クリームは完全に篠崎の口の中に溶けた。
ふふふ、と笑いがこぼしている。貶してやろうとか陥れてやろうとか、そんな下衆な思いはなさそうだ。
僕をからかい、困惑する様を見て楽しんでいる。それだけだろう。
「こうやって何人の男子を誑かしてきたんです?」
「心外だな、誑かすなんて」
片肘をつき、そこに篠崎は顔を傾けて載せる。
「なんというか、正直ちょっとドキッとしちゃったというか……」
「へぇ、前野君もやっぱり思春期の男の子なんだ」
「キスは断固拒否ですがね」
主導権を持っていかれている。勝ち目がない。
さしずめシュレッダーに差し込まれた紙か。一度吸い込まれたら木っ端微塵に裁断される未来に一直線。
……喩えが悪いが、ともかく不利なゲームを強いられている。
「誑かすではないにせよ、『男の子ってこういうのが好きなんでしょ?』は大概網羅してるかな」
「同性に『男好きじゃん!』って引かれたりしないんです?」
「ある程度はね。男好きでも仕方ない、問題ない。そう思わせる立ち回りをしてるから、そこまで傷は深くないかな」
篠崎は頭がいい。
通っているのが県の有力校、しかも成績は上位を常にキープしていて――というのは前提として、学力以外のところでも頭が回る。
それでこそ陽キャのトップを張り続けている……のかもしれない、と僕は思うのだった。
「なんだろう、ますます僕に接触する理由がボヤけてきた気がします」
「卑屈はよくないよ?」
「待てよ、実は隠された真の目的が……」
輪郭がハッキリしたゆえに、かえって篠崎の本質から遠ざかっているような。
掴みどころがない。そう評すのが的確か。
「小難しいこと考えない! そもそもだよ。前野君だって、本音だけで生きてないじゃん? なのに私の腹の中だけ探るのはアンフェアだと思う」
「うっ、確かに」
「答えをすぐに求めないでさ。遊んで笑って語らって。それが幸せじゃないかな。せっかくふたりで会ったんだし、この瞬間をエンジョイしようよ」
「……変に勘ぐってすみませんでした」
「じゃ、ここから切り替えていこっか!」
てきぱきと残りのパフェを平らげる。クリームで汚れた口を紙でさっと拭き、飲み物も完飲。
僕も残りわずかのコーヒーを流し込む。
「「ごちそうさまでした」」
さくっと支払いを済ませる。
「ありがとうございました!」と感謝の挨拶、そして晴れやかな笑顔を店員に送った篠崎。
染み付いた習慣らしい。自然だった。僕も慌てて挨拶しておく。
レジ打ちをしてくれた男性店員は、篠崎の笑顔に射抜かれたせいだろうか、心なしか頬が紅潮していた。
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