第7話 気持ち
次の日、いつものように七瀬が家まで迎えに来て高校に向かう。
午前中の授業は瀧澤さんのことが気になって集中することが出来なかった。
「泰叶、昼食べようぜ」
「ごめん、今日は別で食べよ。ちょっと用事があって」
颯真をおいて弁当を持って瀧澤さんの教室に向かう。
「あ、大咲先輩、二年の教室に来るなんてどうしたんですか」
二年生の教室に着くと女子に囲まれてしまった。
「あの、瀧澤紬ちゃんってこのクラスだよね?」
俺がそう言うと女子があからさまに面白くなさそうな表情をする。
「そうですけど、あの子に何の用ですか」
「いや、ちょっと、話がしたくて。ついでに一緒にご飯食べようかなと」
女子が瀧澤さんを睨んだ後に俺の腕に抱きつき、あんな地味な子とご飯するなら私と食べましょうよと言った。
「いや、離して。俺は瀧澤さんに話があるの。あ、居た、瀧澤さん」
瀧澤さんの姿を見つけて腕を振りほどき教室内に入る。
「瀧澤さん、話あるから一緒に来てくれるかな。ついでにご飯も食べようよ」
瀧澤さんの腕を掴み、戸惑う彼女を教室から連れ出した。
彼女を音楽室に連れて行き、椅子に座らせる。
「あの、大丈夫なんですか」
「何が?」
瀧澤さんが不思議そうに聞いてきてそう聞き返す。
「だから、その、音楽室に勝手に入って」
「ああ、それなら大丈夫だよ。俺が音楽活動をしていることは先生方は知っていて、練習部屋としてたまに使わせて貰ってるんだ。まあ、一人になりたい
時にも来たりするけど」
お弁当を膝の上で開きつつそんな話をする。
「そうなんですね。おうちにはそういう部屋はないんですか」
「あるよ。でも、その部屋は俺の父ちゃんがよく使ってるから勝手に使えないんだよね。だから、たまに単発バイトしてスタジオ借りたりしてるの」
瀧澤さんが俺の事に興味を持ってくれたみたいで色々と聞いてくれる。
「凄いですね。大咲先輩のこと、知れば知る程、私なんかが側に居ちゃいけない気分になります」
「そんな事ないよ。俺はこの高校で、ただの生徒だし、普通の人間だもん。何も凄いことなんてないよ。あ、そういえば、昨日、何で路上ライブに来てくれなかったの?」
思いだしてそう聞くと瀧澤さんは俯いてしまった。
「それは、その。恥ずかしいし、私なんかが大咲先輩の生歌を聴いて良いわけがないと思って」
瀧澤さんは自分に自信がないのかな。人は誰でも自信があるわけじゃないとは思うけど、瀧澤さんの場合は自信がなさ過ぎると思う。
「俺の歌はみんなに聴いて欲しいし、瀧澤さんにも聴いて欲しいな。それで、俺の歌をもっと好きになって元気になって欲しい。路上ライブに来てくれるのが難しいなら、ここで歌うよ?」
「あの、大咲先輩。一つ聞いても良いですか」
瀧澤さんが真剣な表情で俺の事をみてくる。
「何?」
「大咲先輩はどうして私なんかにここまで言ってくれるんですか」
瀧澤さんのその問いにすぐに答えることが出来ない。
言われてみれば何でだろう。
彼女は数いる俺の歌を好きで居てくれている人の一人ってだけなのに、彼女にはしてあげたくなる。
一人の人を愛したらその人のことを想って何でもしてあげたくなる。その人の為に歌いたくなる。
昔、父ちゃんがこんな事を言ってたっけ。その気持ちはまだ全然わからないけど、もしかしたらそういう事なのかな。
「わからない。何でだろ、瀧澤さんと昨日、話してから瀧澤さんの前で歌いたくて仕方ないんだ。こんな気持ちになるのは初めてのことだから本当にわからない」
少し考えてから素直にそう答えると、そうなんですね。じゃあ、一度、私の前で歌えたら、それでもう大丈夫ですよねと彼女は言って微笑んだ。
ー続くー
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