第8話 訳がわからない感情
「大咲先輩、ちゃんと聴きますから、今、ここで一曲歌って下さい」
何処か寂しそうな表情で微笑む彼女に、なぜか寂しい気持ちになった。
「でも、ギターないし。歌うならちゃんと聴いて欲しいな」
「じゃあ、ギター持ってきて歌って下さい。お昼休み、まだ、時間ありますから」
今は歌いたくないな。何でだろう、さっきまで瀧澤さんに聴いて欲しくて仕方なかったのに。
「いや、でも、それは」
「何で嫌なんですか。私、今日みたいに大咲先輩が教室に来て連れ出されるとかされると困るんです。大咲先輩はこの高校じゃ有名人だし、私みたいな地味で何の取り柄もない女の子のこと構っていたら駄目です。だから、ここで歌って私に構うのはやめて下さい。迷惑です」
瀧澤さんの言葉に胸が痛くなってしまって苦しい。この気持ちは何なんだろう。
「ごめんね、困らせるつもりはなくて。ただ、路上ライブに来てくれるって言ってたのに来てくれなかったから、何でかなって聞きたかっただけなんだ」
「そうなんですね。私、今後も大咲先輩の歌は聴き続けます。でも、路上ライブには行きません。ごめんなさい。あと、もう、私に構わないで下さい」
こんな事言われたのは初めてだ。そして、そう言われてもここで縁を切りたくないと思ったのも初めてだ。
「わかった、もう、学校では話しかけるようなことはしないよ。でも、外で会ったら俺と話して欲しいな」
「私、織も辞めます。だからもう、大咲先輩とは外で会うことはないし、話す機会もないと思います」
何でだろう。瀧澤さんのこと、可愛いなとは思ったけど、それ以上の感情はないはずなのに、何でこんなに胸が痛くて苦しいんだろう。
「そっか、ごめんね」
駄目だ、これ以上、瀧澤さんと話しているとどうにかなりそうだ。
「嫌なのに付き合わせて本当にごめん」
そういって音楽室を出て教室に戻る。自分の席に腰掛けて机に伏せた。
「おい、泰叶。どうした」
「ごめん、今は話しかけないで」
颯真が心配して声を掛けてくれたのに冷たく返してしまった。
昼休みが終わるのを知らせるチャイムが鳴る。
午後の授業はそのまま寝たふりをして過ごした。
それから数日間、どうしても気分を上げることが出来ずに毎週していた路上ライブもすることが出来ず、動画投稿すらも出来なかった。
「さっくん、最近元気ないけど、どうしたの」
そんなある日の休日。瀧澤さんが居なくなった織で佐野ちゃん、颯真と過ごしていた。
「いや、別に。何でもないよ」
「何でもないわけないだろ。泰叶、嘘つくの下手すぎ」
颯真にそう返されてしまって溜息をつく。
「実は、瀧澤さんに嫌われちゃったみたいでさ」
「え、つむちゃんに嫌われたって。そんな事、絶対にないと思うけど」
俺がそう切り出すと驚いたように佐野ちゃんが言った。
ー続くー
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