第5話 心境の変化
店の裏に着き、二人っきりになる。
瀧澤さんは俯いて何も話してくれない。顔をのぞき込もうとするとそらされてしまった。
「ごめんね、カフェから連れ出しちゃったこと、嫌だった?」
「えっと、違うんです。大咲先輩とこんな風にお話しできる機会が来るなんて思ってなくて。だから、その」
よく見ると顔が赤くなっているのがわかる。
もしかして、緊張してるのかな。何か、瀧澤さんって、可愛いかも。
「大丈夫?」
「え、ああ、あの、大丈夫です。でも、あまり見ないでで下さい」
見ないでと言われればみたくなるものなのに。
「瀧澤さんってさ、可愛いってクラスの男子からよく言われない?」
俺がそう聞くと瀧澤さんはやっとこっちをみて、言われないですよ。クラスの人は私のこと、ブスって言います。可愛いって言うのはうちの両親と陽葵ちゃんぐらいですと言った。
「そっか。じゃ、クラスの男子は見る目がないんだね。こんな可愛い子が同じ学年に居るのに」
「もう、大咲先輩、からかうのもいい加減にして下さい。恥ずかしいです」
瀧澤さんがまた顔をそらしてしまった。
「ごめんね、からかったつもりはなかったんだ。ただ、本当に瀧澤さんが可愛いと思って」
「そうなんですね。なら、大咲先輩にそう思って貰えて嬉しいです」
今度はそう言って俺をみて恥ずかしそうに微笑んだ。
何だ、可愛い。よくわからないけど、直視できない。
思わず彼女から顔をそらした。
「大咲先輩、どうかしましたか?」
いきなり顔をそらしたからか瀧澤さんが心配そうに聞いてくる。
「いや、別に何でもないよ。あ、それより、さっき詩織さんが憧れの先輩って言ってたけど、それってどういう意味?」
カフェで詩織さんが言っていた事が気になって聞いてみる。すると瀧澤さんは恥ずかしそうに、それは、その。実は私、大咲先輩のファンでと言った。
「中学生の頃に虐めに遭っていて不登校気味で。何をやっても上手くいかなくて。そんな時、大咲先輩が投稿していたギター弾き語りで歌ってみたの動画に出会って。優しくて元気の出る歌声に励まされて。それから毎日、大咲先輩の歌の動画を聴いています。私にとっては太陽で憧れでした」
そんな風に思ってくれていたなんて全然知らなかったな。俺の歌声でも、父ちゃんみたいに誰かを元気にすることが出来るんだ。
「そっか。ありがと、そう思ってくれていたなんて嬉しいよ。でも、瀧澤さん。路上ライブには来てくれたことないよね。それはどうして?」
「それは、恥ずかしいのと、私みたいな地味で可愛くない人が大咲先輩の近くに行ったら駄目だと思って。だから、私は動画だけで我慢してました」
我慢なんてしなくて良いのに。でも、そんな遠慮深いところも可愛いな。
「良いよ。路上ライブ観に来てよ。俺、瀧澤さんに、近くで聴いて欲しいな」
「でも、私は良いです。大咲先輩の生歌聴いたらどうにかなりそうなので」
この感じじゃ、来てくれないだろうな。仕方ない、佐野ちゃんに連れてきて貰おう。
「そっか、瀧澤さんに聴いて欲しかったな」
最後に駄目元でそう言って寂しそうな表情を作ってみる。
「あの、そんな顔しないで下さい。わかりました、聴きに行きますから」
「え、ほんと。うれしい、ありがと」
瀧澤さんがそう答えてくれて嬉しくて思わず抱きついてしまった。
「大咲先輩?」
「え、ああ、ごめん」
何だろう。嬉しいからって何で抱きついてしまったのだろう。今まで女の子に対して抱きつきたいとかそういう感情は持ったことなかったのに。
「とにかく、ちゃんと来てね。あと、連絡先教えて?」
瀧澤さんがまた戸惑った表情を見せる。
「嫌?」
「嫌ってわけじゃ。ただ、今日、大咲先輩とこんなにお話しできているだけでも嬉しいことなのに、大咲先輩の連絡先もだなんて。私、明日死んじゃうんですかね」
とても真剣に言ってきて可笑しくて思わず笑ってしまった。
「酷い、私、真剣なのに」
「ごめん、あまりに瀧澤さんが可愛いこと言うから。大丈夫、死なないよ。そんなに明日が心配なら、俺が瀧澤さんのこと、見ててあげる」
瀧澤さんに微笑むと彼女はまた恥ずかしそうに、大咲先輩がこんなに来るタイプだなんて思わなかったですと言った。
「いや、それに関しては俺も自分で驚いてるよ。今まで他の女の子にこんな事言ったことなかったし」
「でも、大咲先輩の新たな姿を見ることが出来てファンとしては大満足でした。じゃ、そろそろバイト戻ります。大咲先輩も路上ライブ、頑張って下さいね。それでは」
瀧澤さんが頭を下げてバイトに戻って行った。
ー続くー
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