それでは聴いてください『つるぎのドンゴ』

 二〇日ほどたって、洞窟の探索もどんどん進んでいる。まだケイブパイソンを発見あるいは討伐したというしらせはないが、マッピングはかなり進んでいた。

 ルイーザの指示で、いったん全パーティーのマップが提出され、それを統合して現時点での洞窟地図が作られた。


 それでわかったことは、この洞窟はかなり複雑で広範囲にひろがっているということだ。

(よくおれたち出てこられたよな……)

 最初に洞窟に落ちたときのことを思いだしてティリオはぞっとした。空気の流れを感じ取れる黒風がいなかったら、今でも洞窟の中をさまよっていたに違いない。


 ほかのパーティーと出会う機会はほとんどなかった。洞窟の中は広いし、宿舎に帰ってくるタイミングもまちまちなので、タイミングが合わなかったからだ。

(まあ、よけいなトラブルが起きないからよし)

 とティリオは思っていた。


(なんだっけ、ヴィダとかいうやつに出くわさないのはラッキーだ)

 などと考えたせいだろうか。

 その日ティリオたちが宿舎に戻ってくると、ヴィダがそこにいたのだった。


 女性陣は洞窟の汚れを落としたいからといって、宿舎へ向かう前に浴場へ行った。もともと採掘者のためにできた施設だが金を払えば冒険者も使えるのだ。

 ティリオとジルトはそのまま宿舎に入った。

 一階は広間になっている。初日に冒険者たちがみんな集まった場所だ。今ではテーブルと椅子が並び、食べ物や酒が買える食堂のようになっている。


「穴蔵から久しぶりに出てきたんだ、昼間っから酒くらっても文句はねえだろう」

 などと言いながらジルトが宿舎のドアを開ける。

 中ではほかのパーティーがテーブルを囲んで食事中だった。そのときのジルトの顔は、ティリオからは見えなかった。


 珍しいことに全パーティーが勢揃いしている。この仕事がはじまってから初の珍事だ。この場にいないのは入浴に行ったふたりのみ。

 とくだんこちらに視線が集中することもなく、紛れて入ることができた。

 ヴィダのパーティーから離れた席に座り、ふたりは食事をする。


 むこうは酒が入っていて注意力が下がっているから、気づかれずにすむかもしれない……というのははかない希望であった。

「ジルト・ウォンド!」

 ヴィダがこちらを見つけてやってきた。顔が赤い。かなり酔っている。


 ジルトはさりげなく立ち上がろうとしたが、

「逃げるのか!?」

 とヴィダに言われてやむなく椅子に座りなおした。

 おとなしいジルトに対しヴィダは酒の力もあってか、容赦ない罵倒を浴びせかける。

 いわく仲間殺しだの、年を取っても冒険者にしがみついているボロ布だのと言いたいほうだいだ。


 ジルトは反論しないでその悪罵を受けている。

 ティリオはそれをはたから黙って聞いていた。そのおかげでだいたい何があったのか知ることができた。

 ヴィダのジルトに対する敵意とアルコールの影響を除いて考えると、それは次のようなものであった。


 ヴィダはケイガという戦士と同じパーティーで、ジルトがあとから師匠的なポジションとして加入してきた。で、ジルトはいろいろ冒険者の心得を教えたりして(ちょうど今フィミアダや黒風にやっているように)、冒険を重ねていった。


 そのときはダンジョン探索中で、ケイガとジルトだけが先行してヴィダらほかのメンバーは遅れていた。

 そこでモンスターが出た。しかも挟み撃ちだ。それを避けるためには通路を進まなければいけないのだが……。

 前方の床になんらかの罠が設置されていることは見てとれた。


「重戦士はその身でトラップをたしかめる役もしなきゃならないって言ったよな。ちょっと試してみる。浅い階だしトラップも大したことはないだろ」

 とケイガが言い出した。

 たしかにジルトはそう教えたが、それはシーフがいない、ほかに道がないなどの状況下における最終手段としてである。


「やめとけよ、時間をかせいでほかのやつらが追いつくのを待つのがいい」

 もちろん止めたが、ケイガは聞かなかった。

「トラップよりモンスターのほうが危険だ」

 ジルトの教えやさまざまな経験を積んで自分の実力に自信を持ってきたところだったし、ちょうど鎧を新調したばかりで防御力をためすのにもちょうどいい。もちろん危険と判断したら引き返す……という。


 ジルトは折れた。

 ヒーラーがすぐ追いつくし、ケイガの言うように浅い階であり、防御を固めた戦士に対して致命的になるようなトラップはこの階層では発見されていない。

 見た感じ単純なアローの罠だ。鎧にはじかれて終わりだろう。

 ケイガの言うとおり、トラップよりはモンスターのほうが危険だろう。


 さまざまな理由から、ケイガがそのトラップにつっこむのをけっきょく容認してしまった。

 まさか、壁のスリットから放たれた矢が、とんでもなく低い確率にもかかわらず、鎧の隙間をつらぬきケイガに致命傷を与えることになるとは思ってもいなかった。

 紙一枚ぶんでもずれていたら鎧に弾かれて無傷だったはずなのに。


 ……。

 それを、ヴィダはジルトがちゃんと止めなかったからだと言いたてているのだった。

 ティリオは肉を食いながら聞いていたが、食い終わっても終わらないし、ジルトも抗弁しない。自分にも責任があるとかなんとか思ってるんだろう。


 干渉しないつもりだったが、正直なところうっとうしい。ティリオは話に割り込んだ。

「そのケイガってやつもかわいそうにな」

 ヴィダははじめてそこに人がいることに気づいたかのようにティリオを見た。ジルトもうなだれていた顔をこちらに向ける。


「自分の死を人のものにされちまうなんてかわいそうに」

 ジルトはそれを聞いてはっとしたようだった。少し背筋が伸びる。

「ああん? 何が言いたいんだおまえは」

 ヴィダは酒で据わった目をして睨みつけてくる。


「『つるぎのドンゴ』、知ってるだろ」

 それは冒険者ならば誰でも知っている歌だ。田舎生まれのドンゴがつるぎ一本を手に冒険者になり、さまざまな苦労を乗り越えていくという内容で、単純なメロディを繰り返すので誰でも歌いやすい。

 だが、ティリオがここでその歌のことを言い出したのはなぜか? ヴィダは要領を得ない顔であった。


 いきなりティリオは『つるぎのドンゴ』の途中から歌い出した。

「一人前になったからにゃあ

 宝もケガもおれのもの

 名声悪評おれのもの」


 すると隣のテーブルのやつが続きを歌いはじめ、それが伝染して、たちまちその場のみんなが『つるぎのドンゴ』を歌いだした。

 大合唱のなか、ティリオはヴィダとジルト両方にむけて言い放った。

「ケイガってのが一人前の冒険者なら、死もおれのものだって言うだろうな」


 だまされたわけでもなく、強要されたわけでもない、自分の判断でおこなった行動だ。その結果がよく出ようが悪く出ようが、ケイガ本人が全責任を負うべきなのだ。

 強く止めなかった、なんて理由でケイガの死をケイガの責任でなくしてしまうのは、逆にケイガを侮辱していることになるだろう。

 それが冒険者の矜持である。


 ヴィダはものすごい顔をして黙ってしまった。

 冒険者の矜持への理解と、ジルトを憎む感情が相反して彼のなかでぶつかりあっているのだろう。

 いや、正確にはジルトを憎む感情ではないだろう。


 ほんとうにヴィダが許せないのは、ケイガの死に間に合わなかった自分なのではないか。ヒーラーとしてケガを治せなかった自分なのではないか。

 ずっと自分を責めていた、その強い感情が、久しぶりにジルトを見つけて外に噴出したのではないか……と、ぜんぶティリオの想像だが。

 救われたような、泣きたいような、怒っているような、そんな顔のヴィダを見てそう感じたのだ。


 長い長い歌が一周して戻ってきたとき、ヴィダは手にした酒を一気に飲みほし、ひときわでかい声で合唱に参加した。

「一人前になったからにゃあ

 宝もケガもおれのもの

 名声悪評おれのもの」


 それはティリオの言い分を認めたことに他ならなかった。

 そのままヴィダは、歌いながら元いた席に戻る。

 最後にティリオとジルトを一瞥していったが、なにも言わなかった。


 風呂からあがったフィミアダと黒風が入ってきて、みんなで歌っているのを見てびっくりしていた。

 入り口付近で立ったまま、フィミアダは控えめながらみんなにあわせて歌い出した。『錆びた盾亭』にいたころ毎晩のように聞いていたので知っているのだ。

 ただ、黒風はまったく知らないので棒立ちになっていたが。


「おまえも歌ったらどうだ」

 ティリオはジルトにむけてそう言った。

「いいや、遠慮しとく」

 返事を聞いてティリオは片方の眉を上げた。まだ屈託が残っているのか。


 ジルトはティリオの表情を読んで、

「いや、たしかにおまえの言うとおりさ。おれはあいつを半人前の生徒としか思ってなかったんだろうな。だけど、そう、一人前として扱ってやんなきゃぁケイガに失礼ってもんだよな」

 冷めてしまった料理をいまさらに食べはじめた。


「わかったんなら、歌えよ」

「おれが歌わないのはな、実は……」

 みんなの合唱が続くなか、重大な秘密を打ち明けるように声をひそめて、ジルトは言った。

「おれは歌がへたなんだ」

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