探索中・・・探索中・・・

 フィミアダは、みごとに呻きキノコに勝利した!

 十回くらい空振りした末ではあったが、突いた棒がみごとクリティカルヒットし、倒すことができた。

 キノコの体当たりは一度も食らわなかったのだから、はじめての戦いとしてはまあギリギリ及第点といったところか。


 そうティリオが言うと、

「採点が甘いぞ」

 黒風があきれたように息を吐いた。

「あんなモノ初撃でしとめないでどうする」


「戦闘にダメ出しするのはいいけどな、黒風もちゃんとマッピングしてるか?」

 ティリオはそう言った。

 黒風は戦闘と野外活動については熟練しているが、その他はシロウトのようなものだ。マッピングのやりかたを覚えてもらうためにペンと紙を彼女に渡していた。


「そこに分かれ道があるだろ」

「……今書こうとしてたところだ」

 黒風はそう言って紙にちょいちょいと書き込んだ。

 マッピングといっても実際の地形を写し取るようなことはできない。したがってかなり抽象化されたものになる。ただの線に分かれ道と、特徴的な場所を書き入れるのがせいぜいだ。


「ただの線でも初心者と熟練者じゃ読み取りやすさが全然違ってくるから面白い」

 ジルトも同じようにマッピングしているので、あとで突き合わせたときにレベルの差がはっきりするだろう。

「だがよティリオ、面白いのはいいがこんなにのんびりしてていいのか? ほかの連中はとっくに先だぜ」

 ジルトが指摘する。


「初日からあせってもしかたないだろ。初心者がふたりいるし、じょじょに行こう。ダンジョンアタックはただでさえ予想できないことがおこるんだ、こっちでコントロールできる範囲では安全にいくにかぎる。だろ?」

 ティリオとしては普通のことを普通に言ったつもりだったが、言われたジルトは深刻な顔になっている。


「ああ、そうだ……安全にいくべきだ……ケイガのやつを止めるべきだった……」

「おい、おっさん?」

 ジルトは夢からさめたみたいに顔を上げた。

「ああ、いや、なんでもねえさ」

 笑ってみせたが、顔色は冴えなかった。


   ・


 その日のうちに宿舎に戻ってきたがほかのパーティーはいなかった。

 男性用寝室に向かったジルトを見やって、フィミアダがティリオの服のすそを引っぱった。

「あ、あの……」

「どうした?」


「どう思いますか? ジルトさん……」

「ああ、今日なんかようすがおかしかったな」

 そう答えたのは黒風だった。ティリオもその意見にうなずく。

「言われてみれば、たしかに」


「実は……」

 と、フィミアダは冒険者たちが集まった場でヴィダという人がジルトに突っかかっていたことを語った。

 黒風がへえ、と声をあげた。

「そんなことがあったのか?」

「黒風もいっしょにいたのに、聞いてなかったんですか?」

「耳がいいったって、おれだってなんでも聞こえるわけじゃないぞ」

「すぐそばで話してたのに……」


 ともかくティリオにもジルトが妙だった原因がわかった。

「昔の知り合いってことか」

「ひょ、ひょっとしたらジルトさん、引退しちゃうんじゃ……?」

 フィミアダはおろおろしている。


 詳しいことはティリオにはわからないが、ジルトが過去になんらかの屈託があるのなら、そうなる可能性はゼロとはいえないだろう。

「どうしますか? みんなで元気づけるとかしたほうが……」


「実際どうなるかわからないが、引退したいならしかたないだろ」

 ティリオはあっさりしていた。

「い、いいんですか……?」

「進退は本人が決めることだからな」

 不服そうなフィミアダにむけてひょいと肩をすくめると、ティリオは寝室へと向かった。


   ・


 洞窟探索は続く。

 一晩寝たらジルトのようすは元に戻ったようで、もちろん引退を言い出すようなこともなかった。だが、どことなく精彩を欠いているようにも見えた。

 今日は宿舎には戻らず洞窟の中にとどまるつもりだ。

 そこで経験を積ませる意味もあって、キャンプの準備を初心者組のフィミアダと黒風にまかせている。


 ジルトはそのへんの石に腰かけて一息ついていた。疲れているみたいに頭を垂れている。

 いつもはほとんど気にしていないティリオだが、ずいぶん年上なのだということを意識させられる。

 最初に出会ったときの、馬車の中で寝ていた姿に近いものを感じる。


「調子が上がらないようだが、どうしたよ」

 さりげなく水を向けてみた。

「そう見えるか? いやあ、酒の飲みすぎかもしれねえな」

 ははは、とジルトは笑った。なにか告白するような気配はなかった。


 考えてみれば、四〇をすぎた男が、同じパーティーの仲間とはいえ半分ほどの年齢しかない若者に深刻な相談を持ちかけるなんて、まずないのかもしれなかった。

(それはそうかもしれないが……)

「お、あいつらテントの張りかた間違ってるな。ちょっと教えてくるか」

 ジルトはその場をごまかすように立ち上がった。

 ティリオは鶏肉のすじが歯に挟まったような顔で、フィミアダたちのほうへ歩いていくジルトのうしろ姿を見やった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る