洞窟を探索せよ

 デュバリに冒険者たちがやってきた。

 蜜鉱の洞窟入り口にある建物のうちひとつが冒険者用施設として解放された。

「けっこう多いな」

 ティリオは意外そうに言った。建物の広間に集まったのは三パーティーくらいいる。ティリオたちをふくめれば四パーティーだ。


「アンバロウの組合に依頼を出したのよ」

 隣にいるルイーザがそう言った。

「洞窟が広くて自分たちだけじゃ大変ってティリオ君言ってたでしょ」

「まあな」

「アンバロウに人をやるのは少し怖かったけれど……」


 ルイーザは、アンバロウでの販路拡大を断念した。

 拘束されたハースとゴディはマーゴの尽力により無事解放された。盗難の容疑がかけられたが、嫌疑が不十分で出てこられたのだ。

 盗まれたと訴え出た商人は、よく調べたら偽名だし、その日のうちに町からいなくなっていたという。

 立てこもり、所有権ぶんどり作戦が失敗したとしても、販路拡大はゆるさないという敵対派閥の二の矢に違いなかった。


 それを踏まえて、今後はもう少し地味に地道に、人の目を引かない程度に発展させていこうと考えている。

 蜜鉱脈の発見で浮かれて少し調子に乗りすぎた。敵対派閥の力が強い西部地方であることを失念していた。

 ただ、もう手遅れかもしれないが……。


「冒険者組合は中立だからな、依頼の邪魔はされないだろ」

「ほかのパーティーを頼んだといっても、別にあなたたちのことをないがしろにしているわけではないのよ」

「わかってるよ。こっちも文句を言ったわけじゃない」


 そのうしろでフィミアダが、不安そうな声で黒風にささやいた。

「あ、あの……なんだかおふたり、親密になっていませんか……?」

「ん、そうか?」

 黒風は目の前のティリオたちよりもほかの冒険者たちを注目している。指摘されてあらためてティリオらの会話に耳を傾けた。


「……前からこんなもんじゃないか? オレには違いがわからん」

 そう言われると、もともと確信があったわけではないフィミアダはますます自信なさそうになった。

「そ、そうですか……そうですかね……そうかも……」


 女ふたりのさらにうしろにジルト・ウォンドが立っている。

「みんな元気だな」

 集まった中に彼くらいの年齢の冒険者は誰もいなかった。到着したばかりのパーティーもいるはずだが、誰も疲れたようすを見せていない。


 若さだ。

 ジルトなど、三日前の土木作業で痛めた首筋がまだ張っているというのに。

 ひとりでこの場の平均年齢を上げているジルトは、自分がえらく場違いなところにいるような感覚におそわれた。


「あ、やべ」

 ジルトは視線の先になにかを見つけて、こそこそ身を縮めて隠れようとするような動きをした。

 それがかえって不自然で人の目を引いた。冒険者の群の中からひとりの男がジルトのほうへ足音も荒くやってきた。その勢いにフィミアダたちも彼に注目する。


「……よう、久しぶりだな、ヴィダ」

 及び腰ながら、フレンドリーなあいさつをしてみた。

 ヴィダと呼ばれた男は、一切友好的な態度を見せず、下からジルトを睨みつける。

「なんでのうのうと冒険者やってる? ケイガを死なせといて」


 穏やかでない言葉に、前のフィミアダが心配そうに振り向く。

「責任なんか感じてないってわけか?」

 突き刺すようなヴィダの口調に、ジルトは何も言い返さない。黙っているのがまた気に入らないのか、ヴィダはさらに何か言いつのろうとした。


「冒険者のみなさん!」

 ルイーザが集まった者たちに向けて今回の仕事の説明をはじめたため、ヴィダはいったん矛を収め、火をつけようというようなきつい視線を残して戻っていった。

「ジルトさん……?」

「いや、なんでもねえさ」

 その笑みにはいつもの闊達さが欠けているように、フィミアダには見えた。


「期間は二ヶ月。やってもらうことは洞窟に入ってのマッピング。モンスターの調査と、危険なものについてはこれを討伐すること。とにかく、できるかぎり洞窟の全容を明らかにしてほしい。途中でやめる場合でも、それまでの功績に応じて報酬はお渡しするわ」


 ルイーザは自分のうしろの壁をちょっと振り返った。

「この家は休憩場所、物資の補充場所として用意したので使ってかまわない。無料とはいかないけどね」

 それから、と注意点をつけくわえる。

「採掘の邪魔はしないこと」


 蜜鉱の採掘は続いている。

 一時期は出稼ぎの労働者が全員去っていく勢いだった。あんな巨大なヘビ……ケイブパイソンが出たのだから仕方がない。

 ルイーザがそこで即座に冒険者の投入を発表し、六対四だった取り分を四対六に変更したため、なんとか半分くらいは残ったのだ。


「採掘者にからんだり喧嘩したりは許可しません。洞窟内のモンスターも蜜鉱脈へは近づけないように気をつけて」

 それをさらに減らすようなことは避けなければならない。


 また、期間が二ヶ月なのは、春までに、ということである。

 春になると農業が本格的に始まる。現在蜜鉱脈で働いている開拓農園の者たちがそちらへ戻ってしまう。

 それまでに洞窟の安全を確保して、新たな労働者にやってきてもらえるようにしなければならないのだ。


 ルイーザはにこやかにその場をしめくくった。

「それじゃあよろしく、冒険者のみなさん」


   ・


 洞窟の中である。

 ここまで奥に来ると、採掘現場の歌声もほとんど囁き声のように遠く小さい。

(まさかこんな辺境でヴィダに出くわすとはなぁ……)

 パーティーの最後尾を歩きながら、ジルトはさっきのことを思い返していた。


 ヴィダはケイガのパーティーでヒーラーをやっていた。そしてケイガが死んだときにパーティー解散を強く訴えたうちのひとりだ。

「先生づらしやがって、こんなのと一緒にパーティーなんかやれるかよ」

 ケイガの死にジルトが全責任を負っていると言わんばかりの態度だった。


「おっさん……おっさん!」

 うわのそらだったジルトはティリオに呼ばれて現実に戻ってきた。

「どうした?」

「いや、なんでもねえ。で、なんの話だったか」


「洞窟での心得を教えるって話だろ」

 ほかの三パーティーとちがって、『追放されし者たち』は半分が洞窟探索のシロウトだ。戦闘の実力はあるといっても、冒険者にとって戦闘はほんの一部にすぎない。

「そうだな……っつうか、おまえが教えてもいいんじゃねえか」

「おれはほら、遺跡ばっかりだから自然洞窟はいまいち」


 遺跡といえば開拓農園のところにあるダンジョンもまだほとんど手つかずのままだ。この仕事が終わったら探索に入ってもいいかもしれない、とティリオは思った。

 ともあれ今は洞窟だ。

「経験という宝物をおれたち若僧に分け与えてくれ」


「そうだな、まずは明かりの範囲外に出ないこと。暗闇にひそむモンスターもいるし、光の届かない一歩先が深い穴になってることもあるからなぁ」

 実際光の届かないところで穴に落ちた黒風がなんともいえない顔になった。ジルトはそのことを知らないので、あくまで一般論として話している。


「ある程度規則的なかたちが予想できる人工の遺跡とちがって、自然洞窟は枝分かれや行き止まり、道の曲がりぐあいなんかがかなり不規則だから、マッピングしながら少しずつ少しずつ進むのが原則だな。歩き回ると迷いやすいからよ」

 黒風が空気の流れを感じとったからとはいえ、かなりの距離を歩き回ったティリオが、しらばっくれるような表情をした。


「遺跡でもやると思うが、蝋石で目印を書き残すのも必須……ほら、ちょうどそこの枝道」

 ジルトが指したほうに枝分かれする道があり、その近くに蝋石で書いた記号らしきものがあった。

「この分かれ道の先がどうなってるのかわかるようにしてある」


「あの、わかりませんけど……」

 フィミアダがそれぞれの記号を見比べながら困ったように言った。

「身内だけにわかるようにしてあるんだよ。とくに今回みたいな場合ほかのパーティーに情報盗まれないようにな」


「お、ここにもあるぞ」

 同じ枝道の入り口に、ほかのパーティーが書いたらしい目印もあるのを黒風が発見した。

 それを見てジルトは誰にもわからないくらい小さく目を見開いた。

 それは、ジルトがケイガたちのパーティーに教えた記号にほかならなかった。

 これを書いたのはヴィダだろう。ジルト自身を憎んでも、ジルトの教えは彼の中に生きているのだ。

 内容は読み取れたが、ジルトはティリオたちには伝えないことにした。


「ところでそれは?」

 ティリオは、さっきから気になっていたことをフィミアダに聞いた。彼女は今まで持っていなかったものを持ち込んでいる。

「これですか? 棒です」

 たしかに棒だった。堅い木でできたもので、地面に立ててフィミアダの胸くらいまでの長さだ。


「黒風に戦いかたを教わってるんです」

 ね、とフィミアダは黒風を見た。

「自分の身を守れるようになりたいって言うからな。刃物持たすわけにもいかないし、盾は重いし、まあ棒なら初心者でもなんとかなるだろうっていう話だ。最悪相手に奪われても棒だし」


 もちろんしっかり戦えるようになるには棒も簡単ではない……ひょっとしたら剣より難しいが、そこまでの技量が必要ではない。

 ある程度扱えるようになったのがうれしいらしく、フィミアダは棒を振り回して、びしっとかまえてみせた。

「これで、足手まといにならないようになれれば……」


 ちょうどそのときフィミアダのすぐ背後の暗闇からうめき声みたいな音がした。

「ひゃあっ」

 フィミアダは背筋に氷を入れられたみたいにびくっとして、そっちに向き直る。油断なく、というよりもほとんどガチガチになって棒をかまえている。


 たいまつを持ったティリオがそちらに光を向けると、繊毛のような脚を小刻みに動かしながら移動する、犬ほどの大きさがあるキノコが照らされ出た。

 広がった傘は赤と黒のだんだらで、てっぺんの部分に口が開いており、そこから人間のうめき声に似た音を発している。


 グロウリング・マッシュルーム、通称呻きキノコだ。弱い毒以外に注意するところのないザコ敵である。

 しかも一体しかいない。

「ちょうどいい、フィミアダ、戦ってみな」

 とティリオがうながす。


「ええっ!?」

 フィミアダは仰天したが、ティリオの顔が本気であることを読み取って、きゅっと唇を引きむすんだ。

「わ、わかりました……!」

 にわかに棒が震え出す。それをなんとか抑えながらキノコに相対した。

 実質、はじめての戦闘だ。


「落ち着けば負ける相手じゃないからな」

 黒風がいつものようにそっけない口調で応援してくれる。

 前髪の下から見える呻きキノコは、幼児が歩くくらいの速度で近づいてきている。フィミアダはかまえた棒をぎゅっと握りしめた。


 キノコの全身が縮まったと見えた次の瞬間、ばねのようにフィミアダにジャンプしてきた。

 棒を振り上げたフィミアダがそれをむかえうつ。

「た、たああっ!」

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