黒白をつける
「落ちろ!」
キマイラは上から叩かれたように地に落ちた。ベシャリと潰れて、なんとか立ち上がったものの動くのに苦労している。
『鈍重』符。貼った相手を重くして動きを鈍らせる。
これでキマイラの最大の武器であるすばやさを封じた。
ジルトがショートソードをキマイラの前脚に突き刺し、鉤爪を地面に縫い止めた。
黒風が動きの鈍ったヘビに矢を命中させた。
ドルッセンが角の間からヤギの頭を割った。
一転攻勢だ。
ティリオはドルッセンパーティーの魔法使いに目を転じた。彼らは木の陰から様子をうかがうばかりだったのだ。
「おい、そこのあんた! 今だぞ。攻撃魔法を撃て!」
あの大きな体に対して武器での攻撃だけでは、いくら動きが鈍ったといってもまだ苦戦するだろう。ここは強力な攻撃魔法をぶち当てなければ。
ティリオに叱咤されて二人の魔法使いはようやく木のそばから出てきた。
「リーダー……」
指示を求めるようにドルッセンを呼ぶ。ドルッセンはキマイラのブレスを必死で転がりよけて、
「いいからぶちかませ!」
それでようやくふたりは呪文の詠唱にかかった。
口誦魔法の呪文の詠唱にはいくつも流派がある。現代王国語で唱えるものや、伝統王国語を使ったり、意味が失われて音だけ残っている古代語を使うものなどなど。
このふたりはもっとも普及している伝統派のようであった。
「虚なる器より焔の深珠出でて我が意に称いて敵を討ち亡ぼす可しと……」
ひとりが唱えているのは『ファイアボール』だ。
もうひとりはまた別の呪文を唱えている。先にそちらの魔法が完成した。光り輝く魔法の矢が弧を描いていくつもキマイラの体に直撃する。『マジックミサイル』である。
さらに炎の球がキマイラへ飛び、爆発を起こした。
強力な攻撃魔法二連発を直撃されて、キマイラはどさりと地面に横たわった。
「……倒したか」
ドルッセンは大きく息をついた。すぐに振り返って、
「ナンザは! どうした?」
「無事です!」
ヒーラーであるケイネスの返事が戻ってきた。だがドルッセンはケイネスといっしょにフィミアダがいるのを見てけげんな顔をした。戦いの場に出ていないフィミアダが、ナンザの返り血ではない出血で服を染めていたからだ。
「なんだ、そいつは?」
「リーダー」
まだ血が足りないのかよろける足でナンザがフィミアダのうしろから現れた。
「賭けは……」
はっとしたドルッセンは強欲な顔をとりもどした。
「そうだ、賭けはオレたちの勝ちだな。とどめを刺したのはこっちの魔法だ」
文句あるか、とティリオを見やった。
そのドルッセンの背後で、死んだはずのキマイラが体を起こす。
キマイラは立ち上がった。さすがにダメージは甚大のようだが、人間どもに対し激しい怒りを感じているような目の光だ。
三つの頭で周囲を見回し、目を付けたのは負傷して元気のないフィミアダとナンザのふたりだった。もはや生き残るよりも、人間どもをひとりでも殺してやろうという怒りが勝っているようであった。
キマイラは一飛びで無防備なフィミアダたちのほうへ襲いかかろうとした。『鈍重』符は先ほどの魔法ですでに燃え尽きている。
もはや戦闘は終わったという雰囲気の中、気づくのが遅れ、とっさに止められる者は誰もいないかに思われた。
だが、
「そこは通れない」
ティリオは落ち着き払って言った。
誰も気づかなかったが、雪の上に露出した地面の石にティリオの符が貼られていたのだ。
『魔力弾』。前を通った者へ無差別に魔法の弾丸を浴びせる。
地上に貼られた符の前とは、つまり真上だ。
キマイラは空中で下から魔力弾を直撃された。無防備な腹部へと何発もの弾丸が撃ち込まれる。
通常なら決定打にはならなかっただろうが、ダメージが蓄積したキマイラにとっては致命的であった。
キマイラは地面に落下し、今度こそ動かなくなった。
生死を確かめる十分な時間のあいだ、誰も口を開かなかった。
まず言葉を発したのはティリオだった。ドルッセンへ向けて、
「――で? とどめを刺したのはどっちだって?」
ドルッセンはぎりりと歯ぎしりしたが、
「いや待て、与えたダメージはどう考えてもオレたちのほうが上だ。そこのデカブツはほとんど攻撃してねえし、おめえだって最後に大したことねえ魔法が当たっただけじゃねえか」
まだ抗弁をやめない。実際に彼の言葉には一理ある。ダメージの総量でいえば『追放されし者たち』よりもドルッセンの斧、それに攻撃魔法二連発のほうがはるかに多い。
「リーダー」
「おうナンザ、おめえも言ってやれ」
勢いづくドルッセンだったが、ナンザの口から出たのは意外な言葉だった。
「賭けはオレたちの負けですよ」
「……なんだと?」
ティリオも目を丸くした。一番言いそうにないやつがそんなことを言い出したからだ。
ドルッセンは威圧的な視線をナンザに向けた。
「おい、何を言いやがる」
ナンザはその視線に屈しない。
「考えてもみてください。そもそもこいつらがいなかったらオレらは壊滅してました。オレらはこいつらに助けられたんです」
目立たないようにだが、ヒーラーのケイネスもうなずいている。
魔法使い二人は、ドルッセンのだんだん赤くなっていく顔に恐れをなして何も言わない。
ナンザは続けた。
「特にオレはまちがいなく死んでた……そう、彼女がいなければ」
急に声に熱がこもった。ナンザはフィミアダを見つめている。
「おめえはどっちの味方なんだ? あ?」
「すいませんリーダー、でも彼女はオレの命の恩人……いや女神!」
ボルテージが上がる。
「あれだけバカにしてきたオレを、自分が傷ついてまで救ってくれる、まさに女神!」
ナンザはフィミアダに体ごと向き直った。
「名前を聞いても?」
フィミアダはとまどい、なかば怖がっているみたいにティリオのそばまで避難した。
「フィ、フィミアダ……です」
「いい名前だ!」
「ナンザ、いいかげんにしろバカが! おめえの色ボケはどうでもいい。キマイラ退治はどっちが勝ちかって話だろうがよ」
「……リーダー、やっぱりオレたちの負けですよ」
おとなしくしていたケイネスもそう言いはじめた。
「だって、オレたちは傷だらけだけど、そいつら傷がいっこもないじゃないですか」
フィミアダの傷は別として、前線を張っていたジルト・ウォンド、ヘビの毒攻撃をかわしつづけた黒風、ともに実は一撃も食らっていなかったのである。
同時にヤギの頭を相手取っていたドルッセンは細かい傷をいくつも作り、ブレスで凍傷になったところもあるというのに。
それだけの差がある、ということをケイネスは指摘したのだ。
ドルッセンはそれに気づいていなかったようで、たしかめて愕然としたあと、がっくりと肩を落とした。
ここに勝敗は決したのであった。
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