北の峠へ!
ハースとゴディとは宿で合流した。
女性陣に説明と謝罪させるために待っていたティリオだったが、どうもハースらの顔色が冴えない。
「どうしたんだ?」
商談がうまくいかなかったのだという。
ハースがこたえる。
「手応えは悪くないんだが、主がいないから確たる答えはできないのだそうだ。この時期にはアンバロウに戻っているという話だったのだが……」
ゴディも残念そうだ。
「帰れないんだっていうじゃないですか。なんでも北のほうで道が封鎖されてるとかで」
(……ん?)
「ハルーニャ商会っていうんですけど」
(んん?)
なんだか心当たりがある話だ。
ティリオはゴディにきく。
「それは北の峠で?」
「そうっす、そう言ってました」
「モンスターが出た?」
「……ティリオさん、知ってたんですか?」
「ってことは、おれたちがそのモンスターを倒せばそっちの交渉もうまくいくんじゃないか?」
と言うと、ハースとゴディが愁眉を開いた。
「やってくれるのか?」
「いや、追加料金も出せないから頼みづらいってハースさんと話してたんですよ」
ティリオは、スレナやドルッセンたちとのいきさつは伏せたまま、
「よし、やろう!」
と、ことさらに力強く言った。
(これで謝らなくてもすむ)
内心ではほっとしている。
ティリオの心中が読めないハースとゴディには、そのティリオの提案は英雄的なものに映っただろう。感動したような表情を彼に向けていた。
実際は女性陣のやらかしをごまかしただけなのだが……。
・
翌朝、『追放されし者たち』は組合事務所にいる。
形式的には、ティリオたちはドルッセンのパーティーと協同でキマイラ討伐の依頼を受けるかたちをとった。昨日登録したばかりなのに事務所を通さずに仕事をするのはあまりよくないという理由がある。
他にも、ちゃんと依頼を受けた記録を残すことにより、賭けから逃げられないようにするという相手がたの思惑もあった。
「組合からの金はおれらが総取り、プラスおれらが勝ったらおめえらが追加で同額を払う」
ドルッセンが余裕の顔で確認した。そういう取り決めになった。
(こっちには特にメリットなしなんだよな)
金銭的には。
(ただ……まあ、さんざんバカにしてくれたことだし)
なめんな、という思いはある。
振り返ってみれば、黒風やフィミアダもやる気は十分なようだ。ジルトはいつもどおりだが。
スレナの父を案ずる気持ちや、ハースたちの商談のこともあるし、まずはキマイラを倒すことに最善をつくそう。
賭けの確認が終わってさっそく出発しようというドルッセンたちに、ティリオは声をかけた。
「ひとついいか」
「やっぱりやめたいですぅ~、とかか?」
「相手への直接的な攻撃や妨害はナシってことでいいよな」
それをアリにしてしまうと、冒険者同士で戦ってしまい、結果キマイラ討伐に失敗する、なんてことも考えられる。
さすがにそれは本末転倒だ。
ドルッセンはみずからの髭をなでた。
「いいだろう。卑怯な手を使われたらかなわんしな」
まるでティリオたちが攻撃をしかけるがわのような発言であったが、言質はとれた。
「じゃあ、そういうことで」
テーブルに座っているドルッセンのパーティーメンバーが、出ていこうとしたティリオたちを引っかけようと足を出した。
「……妨害はナシだろ?」
「わりいな、ちょっと足を動かしただけだからよ」
嫌な笑い声をたてる。
そいつの椅子の背もたれを、うしろから黒風が蹴りとばした。そいつはあやうく前につんのめりそうになった。
(おいおい……)
さすがにティリオも驚く。
「何しやがる!」
黒風は無表情で答える。
「ちょっと足を動かしただけだ」
「てめえ、女!」
冒険者どもがいっせいに色めきたつ。ティリオたちも身構えた。
ドルッセンが一喝した。
「やめろ!」
冒険者どもはぴたりと静かになり、
「座れ」
みな椅子に座りなおした。
「足を動かしただけならしょうがねえ。だろ、ナンザ?」
はじめに足を引っかけようとして、黒風に椅子を蹴られた男の名をドルッセンが呼んだ。その口調には威圧感がじゅうぶんに振りかけられている。
ナンザという男はおとなしくうなずいた。
(統率力はある)
少なくともドルッセンはあなどっていい相手ではない。ティリオはそう見てとった。
「いいか、おめえら。現場は北の峠だ。それまで無駄な力を使うんじゃねえぞ」
「おう!」
気勢をあげるドルッセン一味を背に、ティリオたちは組合事務所をあとにした。
・
「なるほどあいつがマントを買ってたわけだ」
北の峠へ向かう山道は寒かった。うっすらと雪が積もっている。
キマイラのせいで人が通らず、足跡はティリオたちのうしろにしかない。
「おれたちが先行してるってことだな」
急いだかいがあった。
白い息を吐きながら、ティリオは黒風たちにキマイラについて教えたことを思い出している。
なにせ、あんなことを言っておきながら黒風はキマイラを見たこともないという。フィミアダはもちろんだし、歴の長いジルト・ウォンドですら実際に戦ったことがないというのだから、唯一の経験者であるティリオが解説するしかなかった。
キマイラは中~大型のモンスターで、数種類の動物が合成された姿をしている。いくつかのブレスを吐き、口誦魔法を使う個体もいる。
「キマイラってのは個体差が大きいんだよ。一匹倒しても次の一匹が似たようなやつとは限らない。強いのか弱いのかは個体しだいだ。あいつら……ドルッセンとその仲間たちは知らなかったみたいだけどな」
個体差のことを知っていれば、「キマイラを一度倒したことがある」からといって過信はできないはずだが、ドルッセンのパーティーは一度の経験でかなり自信満々な態度をとっていた。
「ああいうのは危ない」
個体差が大きいということは、ピンポイントでの対策が立てづらいというのが困ったところだ。アンバロウの町なかや組合事務所でも北の峠のキマイラについて聞いてみたが、具体的なことを知っている者はほとんどいなかった。かろうじて「牛よりでかい」「ライオンとヤギの頭がついている」といった情報が手に入ったくらいだ。
「まずはようすを見て、戦いながら対策するしかないってことだ」
峠にさしかかった。
「こっからは油断しないことだな。いつ出てきてもおかしくない」
風を読むのに長けた黒風が周囲に意識を張りめぐらせる。
彼女はすぐに異変に気づいた。
「おかしい、あっち――」
黒風が指さしたと同時に、峠道から外れた森の中で爆発が起こった。
「なんだぁ!?」
ジルトが驚きの声をあげた。フィミアダも、ティリオも目を見張った。
爆発の風にあおられるように羽ばたいて、そいつが木々のあいだから姿を現した。
キマイラだ!
その瞬間にティリオはことのいきさつを悟った。
道に足跡がついていなかったから、単純にこちらが先に進んでいるのだと思っていた。だがドルッセンたちは地元の冒険者だ。別の道を知っていたに違いない。それでティリオたちより先んじて、キマイラとの戦闘を開始したのだ。
「先をこされた!」
舌打ちして黒風がまっさきに走り出す。今回の賭けに一番熱くなっているのは彼女だ。
レンジャーの彼女は雪上での動きにも習熟しているらしい。あわてて後を追う三人をぐんぐんと引き離していく。
「おい、ひとりで行くのはまずいぞ!」
ティリオの声も届かないようだった。
〈待ってください!〉
黒風の脳裏にフィミアダの声が響いた。『繋ぎ語り』の魔法だ。
初体験だった黒風は驚いて、思わず足を止めて振り向いた。
〈おまえか?〉
〈あたしです。パーティーなんですからまとまって動きましょうよ……せめてどうするつもりなのか言ってください〉
説教されてしまった。はやっていた心もいくらか落ち着き、黒風はひとつ息を吐いて他のメンバーが追いつくのを待った。
ティリオたちは一丸となって森を進む。常緑針葉樹林、木々はあまり密でない。
近づくにつれ状況がはっきりしてくる。まず目に入るのはキマイラだ。ライオンとヤギの双頭に、ワシの翼。胴体はライオン、前足はワシの鉤爪だ。尻尾はヘビの頭で、これを含めれば頭は三つということになる。
問題はその大きさだ。牛どころか牛小屋くらいある。
そんなキマイラを相手に、ドルッセンのパーティーは苦戦していた。
「前に倒したやつと全然違うじゃねえか!」
前衛をつとめるナンザ……事務所で足を引っかけようとしたあいつだ……が、盾を構えながら泣き言を叫ぶ。
「ぐわぁあ!」
キマイラの鉤爪がナンザを襲った。腹部をざっくりとやられてその場にうずくまる。
「下がれ!」
ドルッセンが前に出てナンザをカバーする。だがそのドルッセンもあちこちに傷を負い、かなりきつそうな状況であった。
そこへ軽く宙に舞ったキマイラが襲いかかる。ナンザを気にして一瞬反応が遅れたドルッセン。
その瞬間、ドルッセンとキマイラのあいだに炎の壁が噴きあがった!
顔を焼かれる勢いで燃えさかる炎に、ドルッセンは思わず尻もちをついた。
「こいつは……なんだ!?」
横に向けた視線の先に、符を投げた姿勢のティリオがいた。
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