アンバロウ市場食べ歩き(トラブル付き)
黒風は、怒りを食欲に転化したみたいにたくさん食った。
たっぷり蜜をかけたとうがらしソーセージ。
ニンゲン豆のシチュー。
蒸し野菜のとろとろチーズあえ。
飛びウサギのウイング焼き。
イエローアップルの蜜漬け。
でも、まだ気がおさまらないらしい。
「あんな連中ぶちのめしてやったのに」
毛を逆立てた猫みたいな態度で、黒風は六角鹿の甘辛串焼きを乱暴に噛みちぎった。
「なんでおとなしくしてたんだよ」
彼女の矛先は同じパーティーの男性陣にも向けられる。
黒風に睨まれたジルトは、肩をすくめてティリオに視線をやった。
「だって、なあ?」
「ああ。わざわざ相手にすることもないだろ」
ティリオもうなずく。ああいうのは無視が一番、とティリオは知っている。
わずかなことでもバカにされるのはプライドがゆるさない、という冒険者もいるが、そういうのは大体早死にする。
揶揄されてつっかかっていって、相手をぶちのめしたはいいものの、のちにダンジョン内でうしろから刺された死体になって発見された先輩冒険者がいた。
「絶対オレたちのことザコだって思ってたぞ」
「思わせとけばいいんだよ。ほら、もっと肉を食っていいぞ。おっさんの財布を空にしてしまえ」
「やめてくれぇ……」
おおげさに苦しむジルト。
「まったく、侮蔑を受けたままにしとくなんて理解に苦しむ……」
まだぶつぶつ言っていたが、やがて黒風の口は言葉より食事に使われるようになった。
なにせデュバリでの食事とは質もバリエーションも段違いだ。
黒風ばかりが食べているように思われるかもしれないが、実はここまで他の三人も十分に市場の買い食いを満喫している。ティリオは塩焼きヘビ肉を、ジルトは地酒を、フィミアダはフルーツジャム入り揚げパンをそれぞれ手にしていた。……
・
市場にはいろいろな人が来る。地元アンバロウの住人はもとより、周囲の村から来る者、ティリオたちのように他の町からやってきた冒険者。遠くの地方から旅をしてきた商人、芸人、さまざまだ。
そんな中にひとりの女の子がいた。一〇歳に届かない、七、八歳くらいだろうか。誰かをさがしているように、近くの人をきょろきょろ見ながら市場を歩いている。
彼女が目をとめたのは、今アンバロウに到着したばかり、というようなかっこうの旅人だった。トコトコとそちらへ歩いていく。
女の子はおじぎをした。いかにも礼法の先生から最近習ったばかり、というようなほほえましい礼だった。ただ表情はごく真剣である。
「はじめまして、スレナ・ハルーニャともうします。いごおみしりおきを」
「はあ?」
「ぼうけんしゃですか?」
「子供の遊びにつきあってるひまはねえんだよ。よそでやりな」
犬を追うみたいに手を振って、旅人は行ってしまった。ぽつんと取り残されたスレナは、
「……あそびじゃないです」
ぐっとこらえて次の人をさがす。
冒険者っぽい人に何度か声をかけたがどれも冒険者ではなかったし、みんなスレナの話をろくに聞こうともしなかった。
それでもあきらめない。
次に彼女が見つけたのは、大人でも道をゆずるような凶悪なひげづらの男だった。
古着の商人と話している。鎧や剣を身につけているし、今までで一番冒険者っぽい。
こわいけど、いかなくちゃ。スレナは勇気をふるいおこしてその男に近づいた。
見上げるスレナに気づくと、男は怖い顔で威嚇した。
「なんだガキ。近づくんじゃねえよ」
「ぼ、ぼうけんしゃですか……?」
「うざってえな。おれはガキが嫌いなんだよ。どけ」
ひげの男はスレナを乱暴に突き飛ばした。スレナは何歩かよろめいて、うしろ向きに倒れるところだった。
そうならなかったのは、誰かがスレナを受け止めたからだ。
スレナはうしろを向いた。
「まあまあ、そういらだつなって」
彼女を抱きとめた男の人は、温和な口調でひげの男をなだめるように言った。スレナの視線の先、彼のうしろには三人の仲間らしい人たちがいた。
――このひとたちがぼうけんしゃだ。
スレナはそう思った。
・
「大丈夫か?」
女の子が自分で立てるのを確認して、ティリオは支える手を離した。
「なんだ、てめえらは? 文句でもあんのか」
「いや、別に」
ティリオはひげの男を刺激しないような態度でこたえてから、女の子に視線を戻した。
「きみももう行ったほうがいい」
ひげの男は舌打ちして商人との話に戻った。
「あ、あの!」
女の子はうながされてもその場を去らなかった。
「ぼうけんしゃですか?」
とティリオに聞く。さっきひげの男に同じ質問をしてトラブルになったというのに。
(ただの遊びやいたずらじゃなさそうだな)
「ああ、そうだよ。冒険者に話があるのか?」
「おしごとをたのみます。ぼうけんしゃはモンスターをたおすおしごとをしているんでしょう?」
と言ったあとに、あわてておじぎをしてつけくわえる。
「はじめまして、スレナ・ハルーニャともうします。いごおみしりおきを」
ティリオはしゃがみ込んでスレナと目線を合わせた。
「これはご丁寧にどうも。おれはティリオです。それで、モンスターっていうのは?」
「きたのとうげにいるモンスターをたおしてください」
むこうを向いているひげの男が、スレナの言葉にぴくりと反応したようだった。
「北の峠にモンスターが出たのか?」
「それはほんとだぜ。つい最近出た。でけえキマイラだとよ」
近くの店の人……ひげの男と話している古着屋とは別の人……が話に入ってきた。
「おかげで、見なよ、北から来るはずの連中が来ないから市場がいつもよりさびしいだろ」
「来たのはじめてだから違いはわからないが」
普段はもっと人も多くて賑やかだという話だった。そう言われれば空き地が目立つような気がするが、言われなければ気づかないほどの人出はある。
「おとうさんがかえってこられないから……」
スレナは地面を見ながらそう言った。
なるほど父がモンスターのせいで足止めを食っていて、心配だし会えなくてさびしいから冒険者をさがしていたいうことか。
「ティリオさん……」
フィミアダが何か言いたげにティリオの名を呼んだ。助けたいというのだろう。
気持ちはわかるが、ティリオたちは仕事の途中である。ハースとゴディの護衛任務はデュバリに帰るまでだ。そのあいだは勝手に動けない。
それに通行ができないほどの事態だったら、この子が言わなくても冒険者組合のほうに討伐依頼がきているはずだ。だとしたらティリオたちが出るまでもないだろう。
現実問題としてこの子の頼みを聞くのはすこし難しいか。
黙り込んだティリオを見て、スレナは服の中から革袋をひっぱり出した。
「ちゃんとほうしゅうもあります」
革袋はジャラリと重たい音を立てた。スレナが袋の口を開けると、中にはたしかに金がつまっている。
かなりの量である。この年の子供が持っていい額ではなかった。
ティリオはあわてた。
「おい、どうしたんだそれ」
身なりはちゃんとした子だから、どこかから盗んできたというのは考えにくい。家にあった金を勝手に持ち出したというところだろう。
「とにかく、あまり見せないほうがいい。しまって」
「いいじゃねえか。おれにも見せてくれよ」
さっきのひげの男が勝手に輪に入ってきた。こちらの会話をうかがっていたらしい。
スレナはおびえたように袋の口を閉じて胸に抱くようにした。
「おめえらが受けねえんなら、おれが受けてやるよ。そもそもそっちのガキ……いやお嬢ちゃんはおれのほうに先に声をかけてきたわけだしな」
ようするに、金の匂いがしてきたから態度を急変させたということだ。
「ほら、報酬をよこしな。前金は半分でいいぜ」
スレナに向かって手を伸ばす。スレナは首を振って拒否。
ひげの男とスレナのあいだに黒風が割って入った。何も言わず視線で軽蔑の意を示している。
ジルトが言った。
「あんたも冒険者だろう? ひょっとしたら、キマイラ退治の依頼をもう組合から受けてるんじゃねえの?」
口調はのんびりだが、ひげの男の急所に当たったらしい。
「な、何を言いやがる」
「古着屋で山用のマント買ってたろ。北の峠に行くための装備かなと思ったんでな」
「なら組合からの報酬で満足しろよ。ついでで子供から金を巻きあげようなんてあさましいことしないで」
ティリオの追い打ちにひげの男は舌打ちした。実力行使に出ようにも、ティリオらは四人だし、市場でのケンカざたはご法度である。
引き下がるような気配を見せたとき、向こうのほうからさらに冒険者の一団がやってきた。
「リーダー、装備はあつらえましたかい」
リーダーと呼ばれたひげの男は味方の登場に生色をとりもどした。
登場した連中には見覚えがあった。組合事務所で絡んできたやつらだ。向こうもティリオたちを認めたようだ。
「さっきのニュービーじゃねえか。リーダー、こいつらと何か……?」
「おう。そこのお嬢ちゃんがおれにもってきた話をこいつらが横取りしやがってな」
ひげの男は、いきさつを自分に有利なようにゆがめて仲間に語った。
「う、うそを言わないでください……!」
スレナを守りながらフィミアダが憤慨する。
「そもそもおめえらに口を出す権利があんのか?」
ひげの男はさらに言う。
「おめえらもキマイラ討伐に参加するってんならわかる。だが自分じゃやりもしねえのに、おれらがお嬢ちゃんの願いをかなえる邪魔をするのかよ。お嬢ちゃんだって口だけでなんにもしねえやつより、ちゃんとキマイラ倒すやつのほうがいいだろう。金の出しがいがある。だからもらってやろうってんじゃねえか。それがいやならおめえらがキマイラと戦ってみな」
「そいつは酷ってもんですよ、無級のパーティーにキマイラ相手にしろだなんて。そこの女なんか今日冒険者の登録したばっかりですよ」
と仲間が黒風たちを嘲笑する。
ずっと嘲罵にさらされて、もはや黒風の我慢も限界だった。
「……やってやるよ」
ひげの男からはじめて、相手の連中全員を順に睨みつける。
「キマイラってのを倒せばいいんだろう」
「お、おい……」
ティリオがストップをかけようとするが、黒風は聞く耳を持たない。
「そうです、やってやりましょう」
なんと、穏健派かと思っていたフィミアダまで黒風に同調してしまった。
このパーティーは女性陣のほうが好戦的であるようだ。
「ようしいいだろう。キマイラを倒したほうがお嬢ちゃんの金を受けとる」
「いいえ、スレナさんのお金はいりません。これはお金の問題ではないのです。……そうですよねティリオさん」
「ええ~……まあ、この子の金は受けとっちゃいけないけど、それ以前の問題でだな……」
「好きにしな。おれたちはもらうぜ。お嬢ちゃんに金を出させるな、ってんならおめえらが同額用意しな」
「いいとも」
黒風がうなずく。
「よくないが?」
ティリオの否定は誰も聞いてなさそうだった。
言質を取ったとばかりにひげの男は大声で笑った。
「言っとくがな、おれたちは一度キマイラを倒したことがあるんだぜ」
「こちらのドルッセンさん率いるおれたちはアンバロウ最強のB級パーティーだ。シロウトとは格が違うんだよ!」
ティリオが引いているあいだに、こちらと向こうでキマイラ討伐レースが決まってしまったのだった。
ひげのドルッセンたちは肩をそびやかせて立ち去った。
二パーティーのやりとりを見上げていたスレナは、話を完全には理解していないようすながら不安そうにしている。
「あ、あの、いらいは……?」
「ああ、大丈夫だ」
ティリオは彼女を安心させるように強いて笑ってみせた。
「きみがそのお金を使う必要はない。北の峠のモンスターを倒すために冒険者たちがもう動いているからね」
「ほ、ほんとうですか?」
「本当だよ。もっとも、動く必要のない冒険者もなぜか動かされてしまったわけだが……」
ティリオはちらっと女性陣のほうを見た。
フィミアダは恐縮しているようだが、黒風はしれっとして、まだ残っていた鹿の串焼きを食べた。
「ハースとゴディに謝るのはきみたちだからな」
ひいてはルイーザにもだ。ティリオはそう念を押した。
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