『追放されし者たち』、他の冒険者と会う
冒険者たちはデュバリを出発した。思えばデュバリを離れるのは、到着してからはじめてのことだった。
目指すはアンバロウという都市である。冒険者組合の事務所が置かれている都市のなかでデュバリにいちばん近い町だ。
黒風が加入したということで、いままで先送りになっていた組合への手続きをすませようというのが目的である。ティリオたちにとってはちょっとしたバカンスでもあった。
ジルトなどは、今からアンバロウの歓楽街を脳裏に描いているようで、しまらない顔をしている。
とはいえ、それだけの用事で冒険者を全員外へ出すほど、デュバリの知事は甘くない。同行者がいた。ハースとゴディというのがその名前だ。
ハースは、首都から御者としてルイーザの旅に同行してきた護衛のうち、若いほうのひとり。
ゴディは、町長といっしょにルイーザと面会して失礼な態度を取った住民代表の若者であった。
ふたりは、デュバリ蜜鉱の販路拡大のため、アンバロウの商人に交渉をしにいく使節である。冒険者たちはその護衛も兼ねているという寸法だった。
あれだけ自分にたてついたゴディを登用したルイーザ。実は蜜鉱脈の採掘がはじまってすぐにスカウトしていた。
「物怖じしないところがいい」
とルイーザは彼を評した。
シビアな交渉はハースができるが、デュバリ出身者で肝の太いのが代表であることが望ましい。ゴディはその条件にあった人物だった。二人のコンビですでにいくつかの町を回っているという話だ。
ひさしぶりにデュバリから東へと進む。
出発してまもなく、ティリオは驚いた。
秋にデュバリに来たときとはだいぶ様相が変わっている。細く頼りなかった道は、今では踏み固められてしっかりしたものになっていた。道を往来する人も見かけた。
こんなところでもデュバリの成長が感じられる。
「ほんとに町を変えたな、ティリオ」
ジルトも同様の感想を抱いたようであった。
「いやマジで『蜜鉱の』ティリオさまさまですよ。歌もできてるんですから」
くったくなくゴディが笑った。
「『蜜鉱の』で歌になるのはなんかなぁ……」
うしろでは、フィミアダが黒風に前回通ったときとの違いを説明している。遺跡に入って以来、だいぶ仲よくなったらしい。
街道の町へ行くまでにティリオが一番驚いたのは、前回野宿したあたりに宿屋が建っていたことだった。しかもそのまわりにも数軒の小屋があって、旅の必需品や食料、スコップやつるはしといった採掘用品などを売っている。
「さすがに発展しすぎじゃないか?」
なかば呆れてティリオは呟いた。
さてデュバリから東へ一日、王国の街道の西端の町に到着する。ティリオが最初デュバリだと勘違いしたところだ。この町はベルリッヒシュヴァンガルドというたいそう特徴的な名前を持っているが、ほかに特筆すべきところはない。
そのベルリッヒ……からさらに北東に、アンバロウはあった。
「おお……」
久しぶりに見たレンガ積みの市壁。二階建て、三階建ての建物。首都よりはだいぶ小さいが、都会にやってきたという感じがする。デュバリに何ヶ月も住んでいたせいだ。
アンバロウの人口はおよそ一万。デュバリとは二ケタ違う。
町に入ると、交渉使節のふたりとは別れる。むこうは商人に会いにいく。ティリオたちは冒険者組合の事務所へ向かう。
道を歩いていくと、町の真ん中の広場に大規模な市が立っていた。賑やかさもひとしおだ。市場にいる人間の数だけでデュバリ住民の何倍になることか。
「そうか、あとで魔法紙を買わないとな」
今は市をスルーしようとしたティリオだが、
「ちょっと見ていこうぜ」
うかれたジルトがそっちへふらふら誘い出されていく。
「やること終わってからにしろよ」
引き戻そうとジルトのほうへいくと、彼はひとりの歌い手の前で立ち止まっていた。
「聞いてみろよ、デュバリの蜜鉱の歌だぜ」
新聞歌手がうたうのは、ひとりの冒険者の物語。貧しいデュバリを救うために洞窟を探検して見事大鉱脈を発見する……。尾ひれがつきまくっているが、たしかにそれはティリオの話であった。
「こうして英雄は『蜜鉱の』シローなる美名を授かる。甘い蜜で町を救ったがゆえに」
歌手の名調子に、ジルトが笑いをこらえる。
「シローって誰だよ……くくく……ティリオがなまってシローになってやがる」
「いいから、行くぞ」
ティリオは苦い顔でジルトの尻を蹴飛ばす。
「わかったよ。組合事務所に行きゃあいいんだろ、シローさんよ」
「誰がシローだ。ほら、そっちも。買い物はあと」
いろいろな店に目を奪われている女性ふたりもうながして、ティリオらはその場から離れていった。
ティリオらが去ったあと、歌手はヴァイオリンを構えなおした。聴衆のリクエストに耳をかたむける。
「なんですと? 田舎の話はもういい? ははあ、聞き飽きたくちですかな。それでは、首都でのいたましいできごとをひと節、歌わせていただきましょうか。わたくしめも昨夜仕入れたばかりのニュース。それでは、『狂戦士』と呼ばれた冒険者が仲間を斬殺した事件の歌でございます……」
・
アンバロウの冒険者組合事務所は、町の規模に比べて大きいものだった。一階部分は頑丈な石造りで、来た者を威圧するような一種のいかめしさがある。
思わず二の足を踏んだのはフィミアダだけで、ティリオたちは建物の威圧感を無視して入り口のドアを開けた。
中は酒場のようだった。『錆びた盾亭』がそうだったように、組合事務所は酒場や食堂と併設のところが多い。
(おーおー、いかにもってやつらがいるな)
刃の欠けた剣を背負っているやつ、魔法のロッドを見せびらかすように持っているやつ、短剣でジャグリングして遊んでいるやつ。昼間っから酒の入った冒険者たちがたむろしている。
そいつらはティリオたちに無遠慮な品定めの視線を向けてくる。
いろんな地方の事務所に入った経験があり、場なれしているジルトが、まっすぐ事務所の受付にむかった。視線にはまるで動じていない。
「手続きを頼む」
「はい! なんの手続きでしょう!」
よどんだ事務所の中で受付嬢だけは元気だ。
「冒険者登録とパーティー申請だ」
「ニュービーかよ」
バカにしたような呟きがどこかから聞こえた。
「おいおい、新人が泣いちゃうだろそんな言いかたしたら」
そういって笑いあっている。
「冒険者登録はこいつだけな」
「オレをこいつというな」
慣れない町で今までおとなしくしていた黒風が、ジルトには辛辣だった。漏れ聞こえてくる揶揄の声に苛ついているのかもしれない。
竜皮紙でできた登録用紙に必要な事項を記入するだけの簡単なものだ。登録されたデータはヴィントロック・レコードと呼ばれるネットワークシステムに組み込まれ、各地の組合事務所で参照できるようになる。
つまりどこの事務所で登録しても、王国全土でちゃんと冒険者として通用するようになる、ということだ。
用紙を手渡されたときに黒風は緊張したが、そこに書いてあることを読んでほっとした。
それをティリオら三人は、本名を書かなくてもいいから安心したのだ、と解釈した。
だが実際には違った。たしかに本名を書きたくないというのもあったが、彼女は、書いてある文字が読めたことにほっとしたのだ。王国の文字は、魔王領で使われているのと同じ文字であった。
(言葉が同じだったから文字もそうだとは思ってたけど……)
登録が終わると、次はパーティー申請である。これも竜皮紙に書く。メンバー欄は六名ぶんしかないので、七人以上のメンバーがいるといろいろややこしいことになる。そのため一パーティーはほとんどが六人までで結成されている。
ティリオが記入していると、さっきからヤジを飛ばしてきた連中のひとりが横に来て覗き込む。
「なになに? 重戦士……レンジャー……筆記魔法? 呪術だぁ? なんだそのわけわかんねえ組み合わせはよ。なんだよ呪術って。聞いたこともねえ」
下品な笑い声が響きわたる。
「女が二人もいて、あとはジジイとチビだぜ。子供のおつかい専門のパーティーか?」
「みろよジジイの装備。ボロボロじゃねえか。どこの古戦場から盗んできたんだ?」
「C級になるまでに死なないといいでちゅねー」
見る間に黒風の眉がキリキリと上がっていく。さりげなくジルトが制止したが聞かなかった。フィミアダも黒風の怒りに同調しているのか、止める気配がない。
黒風は馬鹿笑いする冒険者どもを睨みすえている。
受付嬢がやめるように声を張りあげるが、もちろんそんなものを聞く相手ではなかった。
「オレたちゃ明日に向けて英気を養ってんだよ。職員がやる気をそぐんじゃねーよ」
(明日?)
書類を書きながらもティリオは聞き逃さなかった。
明日、なにか大きな仕事があるということか。
まあ、仕事にそなえてやることが新入りイジメというのも、しょうもない話ではある。
黒風の手が柄に伸びる。
冒険者どもはまさか事務所で戦闘沙汰は起きないだろうと高をくくっているが、彼女にそんな常識は通用しない。
剣を抜いたが最後、血を見ないではおさまらないだろう……。
「できた!」
ティリオの大声が、タイミングよくその場のひそかな緊張を吹き飛ばした。
黒風は手を戻して彼を見る。冒険者どもの笑いも止まった。一触即発の空気が弛緩する。
ティリオは、竜皮紙をかかげて記入内容をチェックしていた。
(やるね)
ジルトは感心した。もちろんティリオは剣呑な雰囲気を察知して、それが爆発する前にわざと大きな声をあげて気をそらしたのである。
「記入終わった。確認をたのむ」
「あ、は、はい!」
受付嬢は気を呑まれたみたいに、ティリオから紙を受けとった。
「……はい、大丈夫です。これでパーティーと正式に認められます!」
「よかった。行こうぜ」
まるでからんできた冒険者どもが存在しないかのような態度であった。
「だが、オレたちをバカにしたぞこいつら」
黒風は納得がいかないと不満げだ。
「殺そう」
「おーおー勇ましいねお姉ちゃん……女だよな?」
「女かどうかひんむいて確かめてやろうか?」
「この……豚どもっ」
飛びかかりかけた黒風をジルトの太い腕が通せんぼした。
「市場でなんか食おうじゃねえか。おれがおごってやるよ」
「このまま行くんですか?」
フィミアダがこっそりティリオに聞いてきた。彼女の表情を見ると、どうやら無礼な相手を叩きのめすとか、そこまでいかなくても言い返すくらいのことをティリオに期待しているみたいだった。
「いいの。ジルトのおっさんにおごってもらおう」
「おいおい、全員おごりとは言ってねえぞ」
「逃げんのかぁ?」
「尻尾巻いて撤退でございまーす」
ティリオは冒険者どもの声を背中に受けながら事務所の出口にむかった。フィミアダがしぶしぶ続く。ジルトは黒風を引きずるようにして外に出た。
冬の日差しが、今日はあたたかだった。
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