vsゴーレム(分身します)
「おねえちゃん……?」
棚の陰からおそるおそる少年が顔を見せた。ケガもなさそうだ。フィミアダは安堵の深い息をついた。
「ザスくん!」
間違いなくフィミアダであることを確認したザスが駆けよってきた。何も言わず彼女に抱きつく。わずかに震えていた。顔を見せないのは幼いながらのプライドであろうか。
ザスは辺境に似合わぬ、文化的であかぬけた雰囲気を持つ少年だった。そういったところがディヴィのような地元の子供の反感を買ったのかもしれない。
ともあれ、しばらくフィミアダにしがみついていたザスは、ぱっと離れた。幼児みたいに年上の女性に抱きついたのを恥じているようなそぶりを見せている。そういうのが恥ずかしい時期なのだ。
「でも、無傷でよかった……。帰りましょう」
「ああ、早いとここれを取らないとな」
黒風はことさらに、フィミアダとつながっている腕を振ってみせた。いたずらだ。黒風も彼女なりに安心したのだろう。
「だから痛いですって」
さっそく二人はザスを連れて部屋を出ようとした。だが、
「ダメだよ」
ザスが恐怖の顔で首を振った。
「おねえちゃんたち、見てないの? 外には怪物がいるんだ」
「怪物……ハガネグモですか? このおねえちゃんが退治してくれましたよ」
指ししめされて黒風はしれっとした顔になった。これはどんな表情をしていいのかわからなくなった結果である。
「ちがうよ。クモなんかじゃないよ」
ザスは大きく首を振った。
フィミアダの頭に思い当たるものがあった。さっきの分かれ道で聞いた、なにかが移動する音。
黒風を見ると彼女も同じ可能性に気づいたらしく、顔が真剣なものになっている。
二人はザスの話を聞いた。
ザスは遺跡に入ると、フィミアダたちと同じようにT字路で右に曲がり、クモに出くわした。そこで入り口に向かって逃げていればよかったものの、逆に追い立てられるように奥へ走ってしまった。
クモから逃げて自動ドアを偶然開き、この明るいエリアに入ることができた。
だが、クモはまだ追うのをやめなかった。
必死に逃げるザス、追う巨大な虫。
そこへ、そいつが姿を現したのだ……!
「でっかい人形みたいなやつさ。それが右手から火を吹きだして、クモを焼いちゃったんだ」
その人形は、さらにザスを追ってきたので、この部屋に逃げ込んで隠れていたのだという。
人形とはなにか、判断に困ったフィミアダは助けを求めるように黒風を見た。この遺跡の魔法などに関しては黒風のほうが知識があるのは間違いなさそうだ。
「ゴーレムだな」
と黒風は推測した。
でっかいといっても、通路の広さからしてせいぜい人間の二倍までだろう。
ちょうどそこへ、さっきの重いものが動く音が聞こえてきた。ザスが息を呑んでフィミアダにすがった。
音は着々と近づいてくる。
そして、この部屋の前で止まり……扉が開いた。
フィミアダは棚のうしろに身を隠しながらそれを見た。
たしかに人型といえなくはない。頭があり、胴体があり、両手両足がある。ただそのバランスは明らかに人間とはことなっていた。
頭には目鼻がなく、四つの光る水晶玉のようなものが菱形に配置されている。これが目のかわりだろうか。
胴体はいいとして、足が異常に短く太い。
そしてもっとも目を引くのが両腕だ。
右腕は細いパイプだ。ひじのところで折れ曲がるようになっている。ザスいわく、このパイプの先から炎を噴出するのだという。
左腕は長くて平べったい。よく見ると鎖を編んだものでできている。動力があるとも思えないが、自在に動く。扉を開けたのもこの左腕であった。
そんな異形のゴーレムが、四つの水晶玉を光らせて部屋の中を覗き込んでいる。
三人は息をひそめて隠れている。
だがゴーレムの水晶玉は彼女たちを見逃さなかった。鎖の左腕が上がり、三人が隠れている場所めがけて一気に振り下ろした。
腕はムチのようにしなり、しかも鎖一つ一つの輪が細長く変形して、倍の長さになって棚を打った。一撃で三つの棚がこっぱみじんだ。
フィミアダと黒風は寸前で回避、ゴーレムの脇を通り抜け、ザスを連れて部屋から逃げ出した。
ゴーレムはすぐに短い足で方向を変え、フィミアダたちを追ってくる。
黒風がフィミアダを引っ張って走る。フィミアダはザスの手を離さないようにしながら、なんとかついていく。
「ど、どこへ向かってるんですか?」
「あの自動扉だ。あれは人間にしか反応しないはず」
「なるほど……!」
「火がくるよ!」
ザスの声にうしろを向くと、ゴーレムが右手をこちらに伸ばしている。その先端が赤く燃える。
「このままじゃ危ない……!」
ちょうどさっきの分かれ道が見えた。黒風はそっちへとダイブする。フィミアダとザスもなんとか角を曲がった。
次の瞬間、今まで三人が走っていた通路を炎の舌がなめて通った。熱気がフィミアダの顔を打つ。
曲がっていなかったらこんがりきつね色になっていたところだ。だが、自動扉のあった場所とは違う道に入ってしまった。
「とにかく逃げるぞ!」
ひたすら走って、なんとか一時まくことに成功した。
別の部屋の隅でフィミアダは座り込み、荒い息をなんとか整えている。ザスは思ったより体力があったが、それでも子供だ。かなりへばっている。もう一度逃げろといわれても今すぐは無理だろう。
黒風も疲れを見せている。
ゴーレムの足音が遠くに聞こえる。この部屋は広いが、さっきみたいに障害物がない。体力の問題もあり、今度こそ逃げ切れないかもしれない。
このままでは……三人ともここでゴーレムにやられる。
「くそ……弓が使えればあんなやつ」
「弓なら倒せるんですか?」
「ああ。顔の玉を射抜けば止まるはずだ。だがこれじゃあ……」
黒風はフィミアダとつながっている手をいまいましそうに見た。
「倒せるんですね? あなたの技量なら……」
フィミアダは立ち上がり黒風を正面から見すえた。
「――あたしを信用できますか?」
重大なことを話していると理解した黒風はフィミアダをまっすぐ見返す。このとき、前髪のすきまからフィミアダの瞳が黒風に向かっているのが見えた。
「どういうことだ?」
フィミアダが取り出したのは、小さな木の人形だった。
「呪術師に髪の毛を渡す覚悟はありますか?」
『象り』の魔法――人形に体の一部を入れることにより、一時的にその人の分身を作り出す。分身は本人と同じ能力を有する。
「ただし分身の負った傷は本人に戻ってきます」
だからあまり使われない魔法なのだ。同じ能力といっても本人が操るわけではなく自律的に動くので、分身がダメージを受けた場合には、自分の責任でないのに勝手に分身が行動したせいだ、と感じる者は多い。
そして呪術師はさらに嫌われていく。
今のように本体が満足に動けないような事態には適した魔法だといえる。
が、はたして黒風がそれをゆるすかどうか。
人との接点を増やそうとしないということは、あばかれたくない部分があるのだろう。そんな黒風が、他人に死生を握られるにひとしいこの提案に乗るのかどうか。フィミアダはそれを問うているのだ。
この場かぎりの話ではない。『追放されし者たち』に加入できるかどうか、ということにもつながってくる。
黒風の返答は――?
「ほかに手はないんだろう」
黒風はみずから髪を一本引き抜いて、ぐっとフィミアダに突き出した。
「ちなみに手がないってのはシャレだ」
フィミアダは笑わず、真剣な顔で髪を受け取った。片手で不器用に人形の首を取り、中に髪を入れてまた首をつなげる。人形を床に寝かせた。
ゴーレムが扉を開けて部屋に侵入してきた!
黒風とザスの視線がゴーレムに向いた瞬間に、人形が起き上がった。いや、それはもう人形ではなかった。人間の大きさになっている。黒風の分身であった。
顔立ちや体つきも彼女そのままだ。ただ服はもともと人形が着ていた粗末な布の服である。
「おい、服装どうにかならないのか」
服のせいで手足の露出度がかなり高くなっているのを見て、黒風は顔を赤くした。
「弓矢を人形に渡してください」
「ほんとにオレと同じ実力なんだろうな」
やはり自分愛用の弓を分身に渡すのには多少の抵抗があった。
それでもフィミアダの言うとおりにすると、ゴーレムがこっちに向かってきた。
分身が単独で横に飛び出した。ゴーレムはどちらに攻撃するか一瞬迷ったようだが、三人かたまっているフィミアダらのほうへと体を向ける。鎖の左腕を振り上げた。
部屋は広い。敵の一撃を避けるだけのスペースはある。まず黒風、それに引っ張られるようにザスを抱いたフィミアダが横に逃げた。
一瞬前にフィミアダがいたところをゴーレムの腕が打つ。風を背に感じた。風圧で一歩跳んだみたいにフィミアダの体が浮く。
なんとか最初の一撃はかわすことができた。フィミアダは次の攻撃を予測してゴーレムを見る。
その顔へ矢が飛び、水晶玉のひとつを破壊した。澄んだものを割る甲高い音が鳴った。
黒風の分身による射撃であった。
ゴーレムは逃げ回る三人より攻撃してきた分身を脅威と捉えたのか、そちらへ方向を転換する。
がぜん、状況は分身とゴーレムとの一騎打ちの様相をていした。
フィミアダは部屋の隅の壁とキャビネットの間に、人ひとりが隠れられるスペースを見つけ、ザスをそこに入れた。
「ここにいてください。顔を出さないように」
黒風をうながして自分たちはそこから離れる。これでフィミアダたちが狙われてもザスは無事だ。
分身は敏捷にゴーレムの攻撃をかわす。右の火炎、左のたたきつけ、どちらも相手の体の外側へと避けて連続攻撃を食らわない。
戦いを見ていて気づいたが、ゴーレムの攻撃はいずれも直線的で、左右への広がりが少ない。炎にしてもまっすぐ噴き出すが幅は狭いのだ。これは、通路で戦うことを念頭に作られたからだろう。
だから分身はすべてをよける。よけて、弓を引き絞って、射る。
そのくりかえしで、二つめ、三つめの水晶玉が割れる。
「さすがオレだな」
分身の活躍に黒風もご満悦だ。
火炎放射をよける分身。
黒風が顔をしかめた。分身を襲った熱気を感じているのだ。彼女の前髪が何本か、ひとりでに焦げて散った。
分身は転がりざまに矢をつがえ、膝立ちで起き上がる。その瞬間に一箭を放った。最後に残った水晶玉を見事に射抜く。ゴーレムの動きが止まった。
「やった……!」
フィミアダと黒風は思わず、おたがいの自由なほうの手を握ってよろこんだ。すぐ正気に戻って、あわてて手を離したけれども。
ザスも無事だし、これで遺跡を出れば一件落着だ。
ティリオとジルトの力を借りずにできた、とフィミアダは誇らしい気持ちになった。
(あとは、『象り』を手順通りに解除すれば……)
だが、安心するのは少しばかり早かった。……
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