土地を造成しよう!(埋蔵文化財アリ)
町なかを歩くティリオの口から出た息は、朝の寒気のせいで白く染まっている。
年が明けていた。デュバリはすっかり冬であった。ありがたいことに、寒さのレベルは首都と大差がない。
住民がティリオを見かけて、
「よっ、蜜鉱の大将。今日も寒いね」
などと声をかけてくる。
「ティリオさん、うちのやつを嫁にもらってくださいよ」などという中年の男。
「また夕食を食べにきておくれよ」と背を叩くご婦人。
蜜鉱を満載した荷車を押す男は、「これ全部ティリオさんのおかげですよ」と笑い、内緒で蜜鉱のかけらを渡してくる。
蜜鉱脈を発見したことで、ティリオはますます人気者になっていた。
それも当然かもしれなかった。
調査の結果、ティリオが見つけた蜜鉱脈は、一〇年は採掘を続けられるほどの巨大鉱脈であることがわかったのだ。つまりデュバリの町は一〇年好況が続く、ということである。
町は活気づき、おりしも農閑期であるため多くの住民が洞窟へ向かった。蜜鉱は順調に採掘されて、近くの町まで輸送して売るルートができた。
噂が広がるにつれて、よそからデュバリにやってくる商人や労働者が増えた。労働者は出稼ぎが多いが、中にはデュバリに定住する者もいるだろう。
総じて、まるで祭りのような活気が今のデュバリには満ちあふれていた。
わずか二、三ヶ月でそれだけの変化があったのだ。
それもこれもティリオの発見からはじまっているのだ。
(だからってなあ……)
ティリオは苦笑する。よろこんでもらえるのはうれしいが、『蜜鉱の』ティリオ、なんて二つ名じゃああまり自慢する気にはなれなかった。
それに、今のティリオらは冒険者としての仕事がほとんどなかった。
知事の仕事があまりに忙しいらしく、最近はルイーザにも会っていない。
ティリオが到着したのはデュバリの町の外れだ。そこでは、森が切り開かれて土地の開拓がおこなわれていた。
「ティリオさん、おはようございます」
「おはよう。今日もやるか」
ティリオは工事の手伝いをしているのだ。
ティリオだけではない。切り株を引き抜く一団の中にジルト・ウォンドの姿もあった。
「よう、来たな」
ティリオの姿を認めてジルトが軽く手を挙げた。
開拓をはじめたころはモンスターが出ることもあって、ティリオらが冒険者らしく戦ったが、木が切り倒され人間が多くなってからはめっきり出なくなった。
今ではティリオたちもただの労働者として働いているのだ。
蜜鉱需要で町に人が増えたので新たに家を作る必要ができて、そのための土地開拓だ。もう何軒も新しい家が並んでいる。
デュバリの町自体が大きくなりはじめているのだ。それに伴って町を囲う柵も新調された。もうティリオがやってきたころのボロボロの柵ではない。
それができるだけの経済力と人の数が今のデュバリにはあった。
この場にいる男衆は二〇名ほど、以前のデュバリなら働きざかりの住民の大半だった数だ。蜜鉱脈がメインの仕事でありながら二〇人が開拓仕事に集まるのが今のデュバリだ。出稼ぎもふくめて人口は倍ほどに増えている。
女もいる。洗濯や料理、ゴミの片付けなど簡単な力仕事もこなす辺境の女たちだ。
「フィミアダはどうした?」
とティリオが聞いた。フィミアダもいつもは女たちに雑じって仕事をしているのだ。
「今日は開拓農園に行ってるよ」
ジルトは農園のあるほうへあごをしゃくった。
「黒風は……」
「あいつが町の仕事なんかするもんかよ。今日も外回りだ」
デュバリの町の外に広がる野生の地域……森や丘、谷などをめぐって地図を作る。レンジャーにのみなしえる仕事であった。四人のうちもっとも冒険者らしい毎日をおくっているのが黒風というのは、一種の皮肉だろう。
ただ黒風にとっては冒険者の仕事だからというよりも、他者にわずらわされずにすむ、という孤独を求めての単独行であるようだった。
彼女には、話したくない何らかの秘密がある、というのはティリオやジルトも薄々勘づいていた。完全に他者を拒絶しているわけではない。普通に話はする。が、一線を引いている。本名を言わないのもそうだ。
「ひとりなのはまあいいけどな……」
ティリオは難しい顔だ。
「なんだ? パーティー加入の話か?」
まだ黒風は冒険者組合に登録していないし、『追放されし者たち』への加入もしていない。組合の事務所がある町まで行く時間が取れていない、という理由もあるが、もうひとつ大きな理由があった。
フィミアダと黒風がほとんど話をしないのだ。
積極的に憎み合っているというのではないとティリオは見てて思う。ただ二人とも自分から距離を詰めていくタイプではない。
ジルトなどは無神経すれすれの態度で黒風に話しかけるので、嫌がられはするものの距離は縮まる。
それがない。
「このままずるずるいくと余計気まずくなるんじゃないか」
「そうだなぁ、二人の間におまえもいるしな」
「なんでおれが出てくる?」
「わからねえなら別にいいがね」
謎のようなジルトの言葉に、ティリオは首をひねった。
・
黒風は大障壁の前に来ていた。森が透明な壁に遮られたように分断されている。
「……」
彼女は近くの木の枝にこしかけ、無言の感慨をこめて大障壁の向こうがわを見やっている。
ここで明言しておくと、黒風はこの壁の向こう、魔王領からやってきた者である。生物の通れない大障壁を、一時的に死ぬことによって通り抜けてきたのだ。だがそれは黒風自身が意図したことではなかった。
壁のこちらと向こうで変わりはないように見えた。動植物の種類に違いはない。
違いはないけれど、やはり違う。向こうは故郷、こちらは異郷だ。言葉は同じだが、社会制度や文化には差がある。
たとえば貴族とかいう階級がある。どうやら魔王領における戦士階級に近い、尊貴な身分のことらしいが、戦士と違って戦闘能力を問われないらしい。黒風が唯一見知っている貴族であるルイーザも、かなりひ弱そうだった。
それでどうやって権力を維持しているのか、黒風には理解できていない。魔王領では三代続いて弱者が出たら戦士階級を剥奪されるならわしだ。
そのような差異はいくらでもある。
さいわいに冒険者なる身分の者は、前歴を詮索されることの少ない職業のようであった。うまく立ち回れば正体がバレることはないだろう。
ティリオはいいやつだし、現在の境遇に大きい不満があるわけではない。
それでも孤独を感じないではなかった。
だから黒風は、デュバリ周辺の地図作りにかこつけて魔王領を見にきたのである。
しかし、そこに孤独を癒やす何かがあるわけではなかった。そこには過去があるだけだった。
(パーティーか……)
まだ宙ぶらりんになっているパーティー入りの話を黒風は考えた。あまり距離が近づくとバレる危険が増えるし、そもそも向こうが彼女の加入をよろこぶのかもわからない。あの目の隠れた女は嫌がっていたみたいだし。
だが……。
「……さて」
黒風は立ち上がった。
食料がそろそろこころもとなかった。冬場では森の中で採れる食料も制限される。わざわざ手間をかけて採取するより町で仕入れたほうが楽である。
だが、今からではデュバリへは少し遠い。
「開拓農園ってのがあるって言ってたな……」
黒風は軽快な動きで木々のあいだをすり抜けていった。
・
開拓農園にも人は増えている。町と同じように森を切り開く作業がおこなわれているが、こちらは家を建てるのでなく農地を広げるための整地だ。
フィミアダはそれを手伝うために農園に来ていた。
作業しているのは、出稼ぎよりも農園に定住しようという人たちが多い。母屋の周りに小屋がいくつか重なるようにできている。ちゃんとした家を建てる前の仮のすみかだ。
「よろしくお願いします……」
何度か通って、農園の人たちとは顔見知りになっている。フィミアダが挨拶すれば、向こうも陽気に言葉を返してくれるはずだった。
だが今日彼女を待ち受けていたのは、農園のまとめ役ヴェガルドルのいかめしい顔であった。
「遺跡が出たぞ」
髭面のドワーフはそう言った。
遺跡の入り口は、丘の麓にあった。
土地を広げるために丘の端を削ったところ、石造りの入り口と、そこから闇へと続く通路が姿を現したのだ。それが昨日のこと。
入り口は応急で木の板を立てかけてふさいである。並べられた逆茂木は、尖った先端を遺跡のほうへ向けてあった。近づく人間よりも、中から出てくるモンスターに対する備えだ。
「こういうのは冒険者の管轄だろう。どうにかせい」
と言われてもフィミアダには判断できない。彼女はまだダンジョンに入ったこともなかった。
「今はこのままで……帰ったらティリオさんに報告します」
中に入らなければ緊急の危険はないというフィミアダの判断であった。
「ふん、まあ一日たってもモンスターも出てきとらんし、よかろう」
今まで埋まっていたということは、中にモンスターが住みついている可能性は低く、いたとしても暗闇を好み外には出てこない種類であろう。近寄らなければ危険はない。
ヴェガルドルもそう判断したからこそ、町まで報告を飛ばさずに冒険者が農園にやってくるまで待って告げたのである。大ごとにして悪いうわさが立つのはまずいという計算もあるだろう。
そんなわけでフィミアダはいつもみたいにみんなの手伝いに回った。
――だが、事態はそこから急展開をみせる。
「大変だ!」
フィミアダのところに駆け込んできたのは、以前からの農園の住民であるトマスだった。息子のディヴィを連れてきている。
「ど、どうしたんですか……?」
勢いに怯えながらフィミアダが聞いた。トマスはディヴィの頭をぐりぐりやりながら、
「こいつの言うことにゃ、昨日出た遺跡の中に子供が入ってったって話なんだ」
ディヴィは一〇歳くらいで、泣くのをこらえるような顔をしていた。
「おい! ちゃんと話せ」
声を荒らげるトマスを手で制して、フィミアダは片膝ついてディヴィと目線を合わせた……フードと前髪で目は隠れているが。
「大丈夫、落ち着いて話してください」
フィミアダはディヴィを知っている。農園の子供たち、といっても四、五人程度だが、その大将格のやんちゃ坊主だ。
「遺跡に入ったのは誰ですか?」
「……ザスだよ」
ザスは最近移住してきた家の子で、もとから住んでいたディヴィたちにはまだよそものあつかいされていたはずだ。
フィミアダは親しみやすいのか、なめられやすいのか、子供たちに気安く接されることが多く遊び相手になったりしているので、そのへんの事情は飲み込んでいた。
口の重いディヴィから聞き出したところによると、ディヴィたちが線の細いザスをからかって勇気があるところを見せろと言ったらしい。それでかっとなったザスが遺跡に入ってやるとたんかを切った。まさか実際には行かないだろうと思っていたが、ザスは見た目よりはるかに意地っぱりだったようだ。けしかけただけに止めるに止められないディヴィたちの見ている前で遺跡に入っていった。
「それで、待っても出てこないから……」
怖くなって父親のトマスに言ったのだった。
「こいつは冒険者さんに頼むしかないってことで、よろしくお願いします。ほら、おまえも頭下げろ」
たしかにこれは明日を待って、などと言っていられる事態ではない。
「わ、わかりました」
――だがはたして、フィミアダひとりで子供を見つけて戻ってこられるか?
フィミアダはトマス親子にあまり話を広めないように言ってから、ヴェガルドルに会って事情を説明した。
「それで、急いでティリオさんに伝えてほしいんです」
ティリオとジルトならば適切な行動というものを知っているはずだ。しかし、いかんせん開拓農園は町とは距離がある。彼らが来るまでただ待つというわけにはいくまい。
「わかった、馬で行かせよう。それで、お前さんはどうするつもりか」
ヴェガルドルの厳しい目を受けて、フィミアダは覚悟を決めた。
「あたしは――遺跡に入ります」
声の震えは抑えられたと思う。体の震えに関しては、ヴェガルドルが気づかなかったことを祈るしかない。
ひとりでダンジョンに入って何をするべきか、フィミアダは何も知らない。だが彼女は冒険者だし、子供の身がかかっている。
(……怖い。けど、行かなきゃ……怖い、けど)
息がうわずる。フィミアダはなんとか落ち着こうと周囲を見た。
そこで発見した。
黒風だ。黒風がいた。
この近くの地形を調べていて、なにかの用事で開拓農園に立ち寄ったようだ。食料か、道具のメンテナンスか。それも終わって、再び森へ入っていこうとしている。
フィミアダは迷った。彼女とはほとんど話したこともないし、彼女の眼中にフィミアダはほとんど入っていないようだ。きっと嫌われている。
――でも。
「こ、黒風……さん!」
フィミアダは冒険者なのだ。人の命がかかっているかもしれない。緊急の事態が、フィミアダに黒風を呼び止める勇気を与えた。
黒風は立ち止まって怪訝そうにフィミアダを見た。その表情に気持ちが萎えそうになったが、フィミアダは彼女に駆けよった。
「あ、あたしと一緒に来てください」
「どこへ?」
文句を言いたげな黒風の顔は、実は急に話しかけられてとまどっているだけだと、フィミアダにはわからない。
「地下遺跡です」
「はあ? なんだってそんなところへ……」
「ひとりじゃ無理なんですっ。……黒風さんの力が必要です」
フィミアダの真剣な顔に、容易ならぬ事情を感じとった黒風は表情を改めた。
「急ぎか?」
「はい」
「わかった」
黒風は持っていた荷物を半分フィミアダに渡した。快諾されてフィミアダはむしろぽかんとしたが、荷物の重みに我に返る。
「あの、子供がですね……」
「事情は向かいながら聞く」
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