見つけたものは?
知事邸での夕食といっても豪華な食事が出るわけではなかった。
食材はデュバリの食堂とさほど変わらない。ただ料理人の腕が違うのか、味は食堂よりはるかに上だった。
もちろんルイーザが専門の料理人を連れてきたわけではない。若いほうのメイド、家事全般を担当している丸顔のメイアが作ったものだ。
特にここ数日たいした食事を取っていなかったティリオの舌には格別に感じられた。
同じく粗食で過ごしていた黒風は、ティリオほどの食欲を発揮していない。緊張しているのだろう。
……デュバリに帰還したティリオたち冒険者は、慰労の名目でルイーザに晩餐に招かれていた。
その席でルイーザがねだった。
「冒険の話を聞かせてちょうだい。仕事の報告じゃなくてもっと血肉の通ったお話を」
楽しみにしている口調であった。冒険者本人の口から話を聞く機会など、首都にいたときにはまるでなかったことだろう。
晩餐の前に黒風を紹介されたルイーザは、彼女のデュバリへの定住と冒険者になることの許可を保留していた。
話を聞くことによって彼女に対する評価を定めようという実務的な面もたしかにある。
しかし大部分は娯楽としてのお話を求めているように、ティリオには感じられた。ルイーザの、期待に満ちたような瞳を見る限りはそうとしか思えない。
話の前半部分、オークとの戦いまではジルト・ウォンドがすでに報告している。そのあたりは簡単にして、ティリオは穴に落ちたあとのことを語った。淡々とあったことを述べていくスタイルだが、それがかえって臨場感を増すようであった。
ルイーザは楽しそうに話を聞いている。照明を反射して彼女の瞳がきらめいた。その大きな目でじっと見られてティリオは落ち着かない。視線を意識すると言葉につまる。ティリオは酒を飲んでごまかした。
ヒュージラットに追いかけられるくだりでは、フィミアダが大きく反応した。ラットを切り捨てた剣の冴えにはちょっと意外そうに黒風を見て、『土牢』で壁を作ったときにはティリオの機転に小さく拍手した。
「……さすがティリオさんです」
黒風がへまをして穴に落ちたところはいいぐらいに飛ばして、足を痛めた彼女の手当てをしたというにとどめた。
もちろん、黒風がどんぐりのためにオークの住処にとどまったという話は伏せておく。
ちらと彼女のほうを見ると、黒風は地下での態度とはうってかわって実におとなしくしている。デュバリへ着いてからずっとこの調子だ。
「それから洞窟を出るまでに丸一日かかったんだが、運がよかった。洞窟の中で食い物を見つけたんだ。見つけたときにはちょっと驚いたけどな」
「まさか、ネズミの肉とか……?」
無頓着に皿の上の肉を口に運びながらルイーザが興味本位に聞く。
それは、黒風を支えてしばらく歩いたときのことだ。横穴があって、そこをのぞいたときに発見したのだ。
ティリオが見つけたもの、それは……。
「蜜鉱脈だよ。少々削り出して食った」
「そいつはさぞかし口の中が甘ったるくなったろうな」
「ああ、だから塩味のきいた料理が食えてありがたい」
一同は笑った。なごやかな雰囲気に、黒風ですら少し口の端を上げた。
――ひとりだけ笑っていない者がいる。
笑い声の中、ルイーザは雷に打たれたようにスプーンを途中で止めたままの姿勢で動かなくなった。
その顔がだんだん驚きと興奮に染まっていく。
「ティリオ君」
彼のほうを見ないまま名を呼んだ。
「規模は?」
「なんの話だ?」
「大きさの話よ。蜜鉱脈の」
さっきまでとは口調が異なる。鋭く真剣な声であった。
「全部見たわけじゃないけど、光が届く範囲は全部……」
「大鉱脈!」
ルイーザは礼儀を忘れたように立ち上がった。ここでようやくティリオを見る。
「ありがとう。これで救われるわ! マーゴ! 町長宅へ訪問の連絡を。ティリオ君も一緒に来て」
「まだ食ってるんだが……」
有無を言わせずルイーザはティリオの腕を取って立ち上がらせた。侯爵令嬢とも思えない大胆な行動にティリオはあわてた。おとなしく食事をあきらめてルイーザに付き従い、部屋の出口へ向かう。
ルイーザはあっけにとられている一同を扉の前で振り返って、
「みなさん、急用ができたので失礼するわ。かまわず食事を楽しんでちょうだい。それから」
黒風と目を合わせた。
「あなたは今回の功績により定住と仮の冒険者としての仕事を許可します」
そうしてティリオを引っ張って出ていった。
「……えと、なんだったんでしょうか……?」
ようすをうかがうようにそろそろとフィミアダが聞く。
「お疲れぎみだった知事殿が奮い立つようなことなんだろうよ」
ジルトがティリオの皿から残った肉をつまみながら答えた。
その脇で、ルイーザがいるあいだずっと身を固くしていた黒風が、ようやく食事を開始していた……。
ルイーザが町長宅に乗り込んで語ったのは、蜜鉱脈を採掘して町の収入にあてるというプランだった。蜜鉱は採れば売れる。売れれば金になる。金になれば税を納めることができる。
はじめは懐疑的だった町長も、どうやら本当らしいと信じはじめるにつれ、ルイーザの興奮が伝染したかのように顔を紅潮させた。ティリオが言ったとおりの大規模な鉱脈であれば、税を納めてなおおつりが来る。町全体が見ちがえるほど豊かになるのだ。
辺境の貧しい小村に訪れた福音であった。
蜜鉱脈見つかる! の報は夜のうちに町中に轟きわたった。
おかげで次の朝には採掘のための人員が一〇人以上も集まった。どこから聞いてきたのか、農園からやってきた者たちもいた。
花が咲いたような笑顔で、ルイーザはティリオに言った。
「あなたのおかげ。これでデュバリは発展するわよ」
そして、そのようになった。
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