ティリオの帰還(おみやげ付き)

 オークの調査に行った冒険者が帰ってきたという。

 町長との二度目の交渉もうまくいかず、現状行き詰まっているルイーザにとっては息抜きみたいな知らせだった。


 冒険者、特にティリオは掘り出し物だ、と思う。パーティーをクビになったというから、能力か性格に難があるのだと思っていたが、まるでそんなことはなかった。

 冒険者としての実力はルイーザにはよくわからないが、ウルフバグを倒したときの手際はハースが褒めていた。ハースはルイーザが連れてきた若いほうの護衛だ。


 それにティリオは頭がいい。

 学はないとしても、目端が利くし判断力もある。商談ができる相手だ、というのがルイーザの評価である。

 自分の理想に固執する独善的なところはあるが、他の意見に耳を貸さないほど偏狭でもない。


 それにルイーザの見るところ実はお人好しな面がある。そんな気がする。

 でなければミエリの危機にあんなに素早く反応しないだろう。デュバリに残った理由も金ずくではないようだし。

 それなのにティリオ自身は実利にシビアだと思っているようで、そこがおかしい。


 彼のことを思って少しルイーザの表情がやわらいだ。では冒険者の話を聞こう、と執務室に通した。

 ……だが、入ってきたのは三人ではなく二人だった。

「ティリオ君は?」


 疲れた顔のジルト・ウォンドがあったことを報告した。いつものようにおどける余裕もないようだった。

 オークの森を発見したこと。そこに謎の人物がいたこと。オークとの戦闘。

 そしてティリオと謎の人物がそろって地下の洞窟へと落ちてしまったこと……。

 ジルトとフィミアダは残ったオークの群から避難したあと、ティリオの行方を捜したが手がかりなく、一度町に戻ってきた。


 ルイーザはまず知事としての質問を発した。

「今後のオークによる被害についての見通しは? 予想でいいわ」

「見た感じ、住処に戻れたみてえだし、おれらで一〇……二〇匹くらいはやったから、何かねえ限りは人のいるとこまで出てくることは当分なさそう、って感じだな。どんぐりもいっぱい落ちてたし」


 それならば、冒険者たちは仕事を成功させたと、一応は言えるだろう。ルイーザに対する開拓農園の人たちの心証は悪くはならないはずだ。これ以上デュバリの民に反感を買うのはごめんだった。


「オークは残しておいて大丈夫なの?」

「全滅させるのも時間をかけりゃできないことはないだろうけどな、三人じゃ大仕事になるし、オークがいなくなった後にもっと厄介なやつに入り込まれるのが怖い」

「そう」


 沈黙のあと、

「ティリオ君の捜索に人は出せないわ」

 とルイーザは言った。

「そんな……」

 と言ったのはフィミアダで、ジルトは当然だという表情をしている。

「そりゃそうでしょ。そちらも忙しそうだし。お肌の輝きが目減りしてますよ」

「目ざといわね」


「で、でも、希望者を募ったら一人くらい協力してくれるかも……」

 フィミアダは納得がいっていないようだったが、それをジルトが諭す。

「あのな、おれらは冒険者なわけよ。冒険で事故ってもそいつは冒険者の領域ってやつさ。冒険者以外の人たちに捜してもらうなんて、パン屋が隣の大工に頼んでパンを焼いてもらうようなもんだ。恥ずかしくて隠れちまうよ。冒険は冒険者のもの。それが冒険者の矜持だ」


「そういうものなんですか……」

 しょんぼりしているフィミアダ。

「ま、ホントに生きるか死ぬかってなったら隣の大工の手でもなんでも借りるけどな」

 煙に巻くようなことを言って、中年の戦士はにやりと笑った。


「てなわけで、おれらは少し休んだらティリオをまた捜しに出るが、なんか不都合があります?」

「……いえ。捜してちょうだい。ティリオ君のこと、頼むわね」

 短い言葉だったが、そこには知事ではないルイーザの真情もこもっていた。


 ティリオがデュバリの町に戻ってきたのは、三日目の昼であった。


   ・


 ティリオと黒風が、ジルト・ウォンドとフィミアダと合流したのはオークの森近く、『追放されし者たち』が一晩野営をした地点だった。


 ティリオと黒風の二人は、あれからさらに洞窟の中を歩いて、ようやく別の出口を発見した。出たはいいが全く土地勘のない場所に放り出された状態で、どこへ向かうべきか迷ったが、さいわい近くに川を発見した。


 川に沿ってさかのぼっていくと沼があった。黒風はその沼に見覚えがあると言った。この沼の近くでオークに襲撃されたのだという。

 そこから彼女の案内に従って進んでいくと、オークの森近くに着いた。


 森のようすもうかがったが、オークたちが戻って住み着いているようだった。刺激しないようにその場を離れ、野営地点まで行くとジルトらがつけたと思われる目印があったので、そこで待機することにしたのだった。


 そこからジルトらと合流するまでしばらく時間があった。

 ティリオはあらためて黒風を見た。ちょこんと座っている。彼女の足はとうに治っている。『治癒』符はその後ティリオの腕にも貼られて、今は多少の痛みはありながら自由に動かせるくらいになっている。


 ……そういえば。

「これからどうするつもりだ?」

 とティリオは聞いた。森の中で暮らしていたくらいだから差し迫った目的というのはなさそうだが……。


 黒風の瞳が不安定に揺れた。そこに迷いが見てとれる。

「……決まってないのか?」

 彼女がどこのどんな人で、なんで森にいたのか、ティリオはそれも全然知らなかった。冒険者には過去の詮索をされたくない者がいっぱいいるし、聞かないのが習い性になっていたのだ。


 今回も別に聞き出す気はなかった。ただ提案した。

「おれと一緒にデュバリに行くか?」

「町の名か。行ったあとはどうする」

(それをこっちに聞かれても困るが……)

「そうだな、住んでもいいし、嫌なら別の町に行ってもいい。そうだな、やることがないなら冒険者になったらいい」


 黒風は戦闘もできるし、レンジャーとしても有能だ。洞窟を出てからは彼女の方向感覚や森の中の観察眼に頼りっぱなしだったのだ。ティリオ一人だったら川を発見することも難しかっただろう。


 黒風はティリオをじっと見た。いつもみたいな険しい顔じゃなかった。

「冒険者になったら……おまえと一緒にいられるか?」

「デュバリで冒険者やるんだったら、まあ大体そうなるな。パーティーに入ればなおさらだが……パーティーはおれの一存じゃ決められないけど」

「なら、冒険者になる。パーティーに入る」

 妙に素直な口調でそう言った。


「そうか。レンジャーはたすかる……」

 と返事しかけて、ん? とティリオは首を捻った。

(おれといられるから冒険者になるって、どういう意味だ?)

 あれか、この地方には明るくないから不安で、ティリオに保護者みたいなポジションを期待しているとか、そういうことか。

 一人で町に出てこなかったということは人間が苦手なのかもしれない。その点、洞窟でしばらく一緒に過ごしたティリオなら多少は安心、とか。

 そういうことだろう。


 実際のところ、そういう理由もあった。

 黒風にしてみれば全く知らない場所であり、ただひとりでやっていくには不安がある。文化的な差異を知らずに失敗を犯してしまうかもしれないし、怪しまれたり追われたりするかもしれない。

 ティリオについていけばそういった点では安心だろう。お人好しそうだし、彼女のことを詮索しないし、こっちの国に慣れるまでの補助輪としては最適だ。


(それに……その……話しやすいしな)

 しばらくオークの森でひとりでいて、久しぶりに話した相手がティリオだったから、人寂しさゆえに彼のことを実際以上に好ましく思ってしまっているのかもしれない。

 だとしてもティリオは信頼できる相手のように黒風には思えた。


 しばらくしているうちに、ジルトとフィミアダが姿を現した。

「ティリオさん……!」

 フィミアダはティリオの姿を認めるや、ぱっと顔を輝かせて駆け寄ろうとした。が、途中で黒風に気づいて、まるで番犬がいたみたいに途中で足をとめた。

 黒風もフィミアダを警戒しているような素振りを見せている。微妙にティリオに体を寄せた。


 子犬と子猫が睨み合うみたいにようすをうかがいあう女性二人をよそに、ジルトが前に出た。

「よう、無事だったかい」

 黒風に視線をやりながらも、まずはティリオの安否を確認する。

「なんとかな」

 ティリオもにやりと返した。


 次いでティリオは、二人が気になっているであろう黒風を紹介した。

「冒険者になっておれらのパーティーに入りたいらしい」

「うん」

 黒風がうなずいた。どうもティリオと二人のときとは態度が違う気がする。それこそ借りてきた猫みたいな感じだ。


「これから忙しくなるだろうし、冒険者が増えるってのはありがてえな」

 いろんな冒険者といろんな期間付き合ってきたベテランのジルトは、素性の知れない黒風のことも同じように受け入れた。といって信用したわけではなく、まずは距離を置いて見定めようということである。


 いっぽうフィミアダはあまり歓迎していないようすだった。

「あたしたちのパーティーに入るのは……どうでしょう」

 どうやら初めて組んだパーティーである『追放されし者たち』に、彼女は思い入れがあるようで、いきなり新メンバーとなると抵抗があるものらしい。

「だ、だって急な話だし、ティリオさんしかこの人のこと知らないじゃないですか」

 フィミアダにしてみれば黒風がティリオに寄り添うようにしているのも快くないらしかった。


(意外にもてるのか、こいつ……?)

 とティリオを眺めているのはジルト・ウォンド。ティリオ自身はたぶん、気づいていないようだが。

(お嬢様もティリオのことを気にかけてたみたいだったしなぁ)

 それで面白くないと腹を立てるほど彼は若くなかった。


「どっちにしろ組合に登録しなくちゃ正式な冒険者にはなれねえし、おれらだって正式にパーティーを組んだって認められてねえわけだ。そのうち組合の事務所がある町まで出て登録することになると思うが、それまでは仮ってことでいいんじゃねえかな」

 と、ジルトは大人の知恵で折衷案を出した。フィミアダと黒風の対立を後伸ばしにしたかっただけともいえるが、けっきょくはそれでいくことになった。

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