デュバリ知事のおしごと
ルイーザは朝から机にかじりついていた。
デュバリの住人全員のデータ。農地の面積と作物の種類、収穫量。知事府の予算の目安。さらに、オーク対策で開拓村へ助っ人に行く人員の手配も。
険しい顔で数字とにらめっこしているが、控えめに言って八方塞がりといったところだ。
税金が足りないのだ。
ルイーザはデュバリの初代知事である。
デュバリはこれまでは辺境の小さな町ということもあり自治に任され、開拓地扱いで租税が安かったという点がある。
それが、初代知事が置かれることになり、ルイーザの赴任とともに税が重くなるのだ。
よほどうまくやらないと住民の反感を買うのは間違いない。いつだって徴税は民草の怨嗟の的だ。
そんな土地を赴任地に選んだのは、いうまでもなくヴァロンダ侯爵の敵対派閥……王弟ドラグモン公とその一派だ。
だが彼らに対しルイーザは罵倒を投げつけるわけにはいかなかった。なぜかって、父の忠告も無視して知事の地位を受けたのはルイーザ自身だからだ。
値上がりする税をちゃんと納めさせて、知事として受け入れてもらう成算はあった。
農園の収穫が順調であれば、予想される税額を満たすことができるはずだった。今年の西部地方は全体的に豊作の見通し、という分析も出発前にしてきた。仮に分析が外れて不作だったとしても、ギリギリなんとかなるという計算も立ててきたのだ。
それなのに。
(オークって何よ……)
致命的なのは開拓農園への襲撃だった。あれですべての目算が狂った。
畑どころか倉に入っていた農園の備蓄までやられてしまうのは、さすがに予想の範囲外だ。農園ができてから今まで、モンスターが出たという記録はあっても、あそこまでの被害は考えられなかった。
おかげで収穫どころか、逆に農園の民に対する援助まで必要になってしまった。
むろん、今までモンスターの被害がなかったからといって今後もないとは限らない、ということも出発前に考えていた。
将来的にはそれに対する備えもするつもりだったし、そのために冒険者に近隣の山野を調査してもらうというプランもあった。
それらに手をつける前にこれだ。
彼女はやってもいない罪で罰せられたような気分だった。
モンスターの野蛮な行動には、貴族育ちの文官はなすすべがない。
なんとか農園以外の収穫や他の産業をひっくるめて税が捻出できないか頭を絞っているのだが、足りないものはどう配分しても足りないのだった。
年末になれば派遣された監税吏がデュバリにやってくる。納税額を申告しなければならない。
赴任して最初の仕事ともいえる徴税がまともにできないとなると、ルイーザの実績は大幅なマイナスだ。彼女の失態を手ぐすね引いて待っている連中がいることを考えると、一気に罷免、懲罰までいく可能性すらあった。
タイムリミットまであと一ヶ月もない。
マーゴが来客を告げた。マーゴは二人いる侍女のうち年かさのほうである。計算に強く記憶力がいいので、侍女というより秘書の役割を期待して連れてきたのだ。
入ってきたのは町長ともうふたり、住民の代表だ。ルイーザは彼らに椅子をすすめた。
「わざわざ足を運んでいただいて感謝するわ。本来ならばこちらからうかがうべき話ですもの」
慇懃に応対する。彼らを呼んだのは、当の住民たちに力を借りるしかない、という、かなり切迫しての行動であった。
話し合いは最初からうまくいかなかった。
それも当然だ。ルイーザの提案は、住民の備蓄を供出させようというものだからだ。
戻ってくる確実なあてがあるならともかく、そうではないわけで、難色を示されるのは当たり前だった。
仮に来年もオークに襲われるなどして収穫がない、などという事態になったら、供出した備蓄を返すどころか町全体が干上がる。
「そもそもあなた様が赴任してこなけりゃこんなことにはなってないんじゃないですか」
町長とともにやってきた若い男が言い放った。町長が慌てて叱ったが、男はことさらに腕を組んで、ルイーザの知事としての権威など認めない、と態度で示している。
男が言いたいのは、ルイーザが赴任するのが原因で開拓地扱いが終わり、税率が上がってしまったんだろうということである。
それは順番が逆だ。まずデュバリに知事を置くことが決まってからルイーザがそれに充てられたのだから、ルイーザのせいではない。ルイーザが来なくても別の知事がやってきて、結局税率は上がっていたはずだからだ。
そのことを、なるべく穏便に説明したルイーザだが、男の態度は変わらない。
正論を言ったところで反感は消えない。感情は論理の上に咲くものにあらず、だ。
「備蓄っていうなら、まずあなた様の私財を売ったらどうですかね。貴族様だと聞きましたけど?」
もちろんルイーザだって、いざというときはそれを考えている。
だがそれは違法なのである。公的な税と私的な財産を混同させるようなまねは許されない。
実際はやっている者もわりといて、大目に見てもらう例もある。
しかしルイーザは別だ。彼女には敵対派閥の目が光っている。監税吏にその息がかかっていた場合、大目に見られることはありえない。告発されたら一発で罷免だ。
だからそれは最後の手段だ。監税吏の目から完全に隠すか、あるいは監税吏を抱き込む覚悟がないと取れる手段ではなかった。しかもどちらにしろ汚職である。
住民にとってはルイーザが別の知事にすげかわっても痛痒を感じないのかもしれないが、ルイーザより優秀な知事が後任としてくる可能性はゼロだ……と彼女自身はそう任じている。
こんな感じで税については何も解決しないまま終わった。
幸い、農園に人を送る件については町長が請け負ってくれた。出身地が違う者の集まり同士ではあるが、そこまでの反目は生まれていないらしい。
実りはそれひとつ、という話し合いが終わって、町長たちは下がっていった。
ルイーザも一度の話し合いですべてが解決するとは考えていなかった。が、さすがに徒労感がある。町長らが退出した部屋でルイーザは天井を仰いで大きく息をついた。
(ティリオ君たちは今ごろオークを退治しているのかしら)
なかば現実逃避ぎみに、冒険者に思いを馳せるルイーザであった。
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