vsオーク・オークの群

「木を背にフィミアダ。右がおれ、おっさんは左」

 フィミアダを守るように三人は陣取った。

 ティリオは自分とジルトに『筋力増強』符を貼る。さらに、右手の木にもう一枚符を貼った。

「こっちには出るなよ。前を通るやつを無差別に撃つ」

『魔力弾』符だ。これで右から来るオークをある程度制限できるはずだ。

 ティリオは剣を抜く。

「さあ、こい!」


 右から来た最初の数体は『魔力弾』に倒れた。しかし遠回りすれば魔法が発動しないことに気づいたオークたちは迂回してくるようになった。

(知能が高いって言ってたな……)

 厄介だ。

 ティリオは剣を振るう瞬間だけ筋力を増強し、正面のオークを斬り伏せる。敵は多い。『筋力増強』の無駄遣いはできない。


 ジルトのほうをちらりと見る。ジルトはさすがに戦い慣れしているようだ。大盾でオークを受け止め、その隙にショートソードを突き刺す。地味だが堅実だ。オークの棍棒程度では、ジルトの防壁を突破してダメージを与えることは難しいに違いない。

 ジルトはフィミアダを守るというティリオのプランを忠実にこなしている。不動の壁がそこにそそり立っているようだ。


 アイザーンだったら今ごろは一人でオークの群れに突進しているはずだ。

 フィミアダも守らず、ティリオの貼った『魔力弾』符の効果範囲も無視し、縦横に暴れ回る『狂戦士』だ。

 ジルトは違う。ちゃんと自分の役割、パーティーとしての戦術を理解している。

(いいぞ)

 デュバリで急造された『追放されし者たち』だが、ティリオは初戦闘で手応えを感じていた。


 先陣のオークたちが『魔力弾』に打ち倒されるところを見ていない後続のオークが、また何体か符の前を横切り、弾丸を食らって吹っ飛んだ。

 知能が高いといってもその程度だ。目で見た危険は回避できても、それを詳細に仲間に伝えることはできないし、同族の死体のありさまから論理的に危険を予知することもできない。危険を警告する鳴き声くらいはあるだろうが、その余裕もないようだ。


 と、一瞬正面から目を離した隙に、一体のオークがフィミアダに狙いをつけ、ティリオの脇をすり抜けようとした。

(しまった!)

 急いでその行く手をふさぎ、フィミアダに振り下ろされた棍棒を自分の左腕で受けた。

 鈍痛が走る。腕がしびれる。もう片手で切り捨てながらティリオは顔を歪めた。さすがに生身で受けるのは、筋力を増強してもきつい。


 だらりと片腕を垂らしたティリオを見て、フィミアダが手で口を覆った。

「すぐ傷を移しますっ」

「いや、骨はいってないはず。もっと大けがのときに取っといてくれ」

「でも……」

「大丈夫だ」

 痛む手を何度か握ってみせた。


 それを見たフィミアダの顔に表れたのは安堵ではなかった。もっと痛々しい表情であった。三人のうち自分だけ戦いもせず、呪術もまだ使用する機会がなく、役に立っていないと歯がゆい思いをしているのだ。

 ヒーラーやダメージコントロール役はまず無傷で生き残るのが戦闘時の役割だということをまだわかっていない。だから心苦しい顔をしている。


 ティリオとジルトがそれぞれ二桁ほどのオークを地面に転がすと、さすがにむやみに突進してくるやつもいなくなった。

 そもそもティリオたちが目的で攻撃してきたわけではないのだ。

 半分くらいのオークは、一本のオークの木に群がっている。

 オークたちのそもそもの相手、謎の声の主はその木の上にいるのに違いなかった。オークは鼻がきく。


 木を登ろうとしているオークたちの、先頭の一体の額に矢が突き刺さり、太った体を落下させた。後続のオークたちはそれを踏み越えていく。

 同じことが何度か繰り返されたあと、樹上からの攻撃が止まった。

(矢を使い切ったな)

 そのとき、葉の間から枝の上の人物が見えた。黒髪の若者だ。細身で手足が長い。

 向こうもこちらを見た。目が合った気がした。


「助けよう」

 とティリオは言った。

「向こうが助けられてくれるかわからんぜ」

 さっきの会話があまり友好的でなかったせいだろう、ジルトがそう軽口を叩いた。会話するだけの余裕が生まれている。

「フィミアダは? どう思う」

「あ、あたしは……放ってこのまま逃げたら後味が悪いと……」

「そうだな。それにオーク出現の理由も知ってそうだし、聞いてみないと」

 そういうことで決まった。


「おーい!」

 とティリオは声を張り上げた。

 登ってくるオークを待ち構えて腰の剣を抜いていた樹上の若者がこちらに目を向ける。

「そっちの枝からこっちの木に渡れ! で、木から下りて合流しよう!」

 身振りを交えて移動ルートを指し示す。


 黒髪の若者はためらっているようだったが、いずれにせよ登ってくるオークたちを全員相手にはできない。その前に場所を変えるのが唯一の手だと納得したのか、ティリオの言うとおり枝の上を走って隣の木に飛び移った。かなりの身軽さだ。

 ティリオがその着地点へと追っていく。


 木に群がっていたオークたちは、ターゲットが急に移動して戸惑ったようだ。まだ登ろうとするやつ、降りようとするやつ、ぶつかって落ちるやつと混乱している。

 その間に若者は木の上から地上に降り立った。ちょうど追いついたティリオの目の前だ。

 ――しかし、その瞬間。

 地面が抜けた。穴だ! オークの木の根元に深い穴が隠れていたのだ。

 ティリオは若者ともつれ合うように落ちていった……。

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