『追放されし者たち』、初陣

 三人は森の中を行く。

 ティリオの目の前で、疲れたフィミアダが木の根に足を取られて転びかけた。なんとか踏みとどまった彼女にうしろから声をかける。

「あんまり無理はするなよ」

 フィミアダが疲労しているのは、冒険者としての経験不足が大きい。疲れにくい歩き方や荷物の背負い方を知らず、特に気の抜き方が甘い。ずっと緊張していては疲れが早く回ってくるのも当然だった。


 とはいうものの、ティリオ自身も疲れを覚えている。

 ダンジョンアタックは慣れているが、こういう野外行動の経験はそれほど多くないのだ。

 先頭を行くジルトは年のぶんだけ経験があるものの、体自体が大きくて茂みや藪を開くのに苦労している。

(レンジャーがいればな)

 野外活動の専門家が一人いればだいぶ楽になる。思っても仕方がないことだが。


 重戦士、筆記魔法使い兼戦士、呪術師、という三人はパーティーとしてはかなりバランスが悪い、というよりも、バランスを試されたこと自体がないほどレアな組み合わせといえる。重戦士はメジャーなクラスではあるが、残り二人が特に珍しい。

(まあ、できることをやるだけだ。案外噛み合うかもしれないしな)


 日が落ち、野営することにした。

 火を前にしてフィミアダが言った。

「……ルイーザ様、元気がなかったですね」

 開拓農園から戻り、冒険者たちが仕事の準備を整えて出発するまでの間にルイーザを何度か見たが、一切笑顔がなかった。

 旅立つ三人を送り出すときも、

「是非とも頑張ってちょうだい」

 固い顔でそう言っていた。


 荷を外してパンを取り出しながらティリオが答えた。

「農園があのありさまだったわけだし、知事としてなんかいろいろ大変なんだろ。援助するとか言ってたし」

 ティリオは、政治向きの話はよく知らない。

「お嬢様はおれらの成功を祈ってると思うぜ。おれらがうまくオークを退治すりゃ知事様の加点になるもんな」

 と言いながらジルトはティリオから手渡されたパンを食う。

「逆に、失敗したら知事にヘイトが向くけどな」


「ところで、オーク・オークっていうのは、どんな……?」

 フィミアダがおそるおそる聞いた。答えたのはティリオだ。

「オークの木に住んでるオークだ。普通のオーク……コモンオークに比べて体格が大きく、色が白いのが特徴」

 知識としては知っているが、ティリオも実際に対峙したことはなかった。

「コモンに比べたら頭もいいらしいぜ」

 パンをあっという間に食べ終えたジルトが、蜜鉱をなめながら補足する。


 蜜鉱とは石のように硬いハチミツだ。洞窟に巣を作るハガバチが生産する。あまりに硬いので、本物の鉱石のようにたがねやツルハシで採取する。採掘するといったほうがふさわしいかもしれない。何百年も前の蜜鉱脈を掘り出した、というのも珍しい話ではない。

 王国の西部でよくとれる。西部の料理が甘い味付けなのは蜜鉱を入れるからだ。


「何が原因だろうなぁ」

 オークがどんぐりを食えずに農園までやってきた理由のことである。

「……オークの木が枯れたとか……ですか?」

「それも考えられる。あとは他のモンスターに追われたとか」

 ティリオがそう言うと、ジルトはなめている蜜鉱が塩に変わったみたいなしかめ面になった。

「出てくるのはオークだけにしてもらいてえもんだがな」

 それはティリオも同感だ。オークを追い払うモンスターとなればオークより強いに決まっているからだ。そんなのを相手にするのは面倒だった。


 フィミアダにもパンを渡したが、口をつける気配がない。緊張して喉を通らないのだ。

「水で流し込むんでもいいから、食べとかないと続かないぞ」

「わっ、わかりました」

 意を決してパンにかじりつく。弱音を吐く気配はなかった。

 ティリオはなつかしそうに彼女のようすを見ていた。冒険者は、こういうのを少しずつ経験して初心者でなくなっていくのだ。


   ・


 翌朝、歩き始めてまもなく獣道らしきものを見つけたので、それをたどっていくことにした。

 それが正解だった。しばらく歩いたのちにティリオたちは大きなオークの木の前に出た。

 今までの森を圧倒するほど巨大なオークが立ち並んでいる。季節にふさわしく一面の紅葉だ。それぞれの幹に空いたこれも巨大なうろには残らず枯れ草が敷きつめられ、オークのねぐらになっているらしいことが見てとれた。

 ここがオーク・オークのすみかに違いない。


 ただ、オークの姿はなかった。

 あちこちにどんぐりが落ちているから餌がなくなったわけではないはずだ。

 慎重に周囲を見ながら、ティリオはさらに奥へ踏み出した。

 風切り音。

 ティリオの足元に矢が突き刺さった。


「何者だ」

 どこかから声が届いた。姿は見えない。声色を変化させているようで、人間の声というより風の唸りのような響きがある。

(風の魔法か?)

 ただ、そんな魔法はティリオの知識になかった。


 ティリオは油断なく目を左右に走らせながら、足元の矢にも視線を落とした。

 インスタントに木で作った矢だ。矢羽根の代わりに葉を噛ませてある。これでは狙いも安定しないだろうに、ティリオの足元に狙いあやまたず射たのだとしたら、その技量はすさまじい。

(それとも、当たってもいいと思って射たのか……)

 だとしたら外れた幸運に感謝するしかない。


 矢の刺さった角度からして、地上ではなく樹上からの射撃であることは間違いないようだ。

 だが、相手が何者なのかはさっぱりわからない。オークではないことくらいしか。

 ティリオは、相手の問いに答える。

「おれたちは冒険者だ」


「冒険者とはなんだ」

 ティリオの眉がひそめられた。王国に暮らしていて冒険者を知らないとは信じられない。どんな辺境でもその存在くらいは知っているはずだ。

 おかしい。いったいこの相手は何者だ……?

「そちらは誰だ?」


 返答はなかった。答えの代わりに、

「質問はこちらがする」

 という言葉が二本目の矢とともに降ってきた。一本目とほぼ同じ場所に突き立つ。

 つまり最初の矢はまぐれではない。相手は弓の名手だ。

 ティリオは矢が飛んできた方を素早く見上げたが、葉は色づいているもののまだ落ちていないため、枝の上はほとんど何も見えない。


 と、そこへ!

 四方から一斉にオークの鳴き声が響いた! 大量のオークの群が姿を現す。

 あとでわかったことだが、このオークたちは謎の声の主(その正体ものちにわかる)に住処を追われていた。そのせいで村にオークが出没するようになったわけである。

 オークたちは集まってこの場所を取り返しに来たのだ。

 だからティリオたちは悪いタイミングで居合わせただけのとばっちりだ。


 しかしオークたちは異分子を見逃さない。大勢のオークが手に棍棒をひっさげて向かってきた。それはまさに動物の群が暴走するかの如くであった。

「ギャギャギャギャギャ!」という、古い車輪が軋むような耳障りな鳴き声がオークの森に轟きわたる。

 ――戦闘だ!

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