開拓農園への視察
なぜ王国西部が辺境と言われるのか?
同じく辺境と言われる北東地方は、切り立った山が連なり、一年中強雪交じりの風が吹きすさび、さらに凶悪なモンスターが闊歩している。
林業も農業も、狩猟も絶望的だ。険しい地形、厳しい気候が、人類の定住を拒み続けている。
西部はそうではない。デュバリを見ればわかるだろう。気候は温暖、行き来も道が整備されていないだけで困難ではない。
土地だって痩せているわけではない。ちゃんと開墾して通常の農法を施せば十分に収穫が見込める。
ではなぜ未開拓なのか?
その答えは、現在ルイーザが指差している先にある。
「あちらが、西。――魔王領」
そう。王国の極西部は魔王領に接しているのだ。
大陸の西の一部分を領有する魔王領には、五〇〇年前に人類と一大戦争を繰り広げた大魔王の子孫とその軍勢が住んでいるはずだ。
とはいえ、危険があるということではない。
ジルト・ウォンドが手をかざして、ルイーザが指した遠くを見やった。
「ここからじゃほんとにあるのかどうかもわかんねえな。『大障壁』」
『不可視の大障壁』――。人魔大戦の最末期、大魔王に人類が蹂躙されそうになったとき、大賢者ヴィントロックが自らと、さらに魔法使い一〇六人の命を犠牲にして打ち立てた完全障壁である。
それによって大魔王たちは大陸の一部に閉じ込められ、今もなお出てくることができない。
興味深そうにティリオが応じる。
「近くまで行けば線状に草木が生えてないからすぐわかるって聞いたことはあるが」
『大障壁』は命あるものを通さない。アンデッドも負の命であり、障壁を越えることはできない。
だから魔王軍が急に攻めてくるということはありえないのである。
「あ、あんまり近づきたくないです……」
フィミアダは及び腰だ。
壊れないことはわかっていても、ひょっとしたら何かのはずみでモンスターの一匹くらい障壁を抜けてくるかもしれないし、魔王領に近づくだけで魔王の瘴気みたいなものが流れてきて体に害があるかも……、などという根拠のない恐怖を拭えない人は多い。
だからみんな『大障壁』には近づかない。
それが、王国極西部が辺境である理由なのだ。
「そんな漠然とした恐怖も、きっちり土地を開拓し、町を発展させていけば薄れていくはずよ」
この土地を任された知事ルイーザはやる気十分なようすであった。
そのためにも、開拓農場のようすを見にいくのは重要な仕事だ。
デュバリは伝統ある町ではない。先祖代々同じ町に住む同胞というよりも、各地から来た者たちの寄せ集めでできた町である。
むろん西部出身の者が多数だが、他の地方から来た者たちもいる。多数派と折り合いが悪くなったそういう連中が、デュバリから西に半日ほどの距離に開拓農園を作って暮らしている。
デュバリの町の周囲にも農地はあるが、森の開墾があまり進んでいないため手狭になってきている。
その点、開拓農園は最初から開けた土地を選んだので収穫量はかなりのものだ。居住者は二〇名ほどである。それでデュバリの町約一〇〇名に匹敵するほどの生産量がある。現在さらに拡大中であり、うまくいけば将来的にはメインの農地になるだろう。
開拓がうまくいっているなら、どんどん奨励していけばよい。移住希望者を募って規模を大きくしていくことも考えられる。
いずれにせよちゃんと農園の現状を見てからだ。
「さあ、そろそろ着くわよ」
草に埋もれるような道。町との行き来が頻繁でないことがわかる。
そしてその先に見えてきた開拓農園のようすといったら……。
一行の顔が驚きに変わった。
まるでそこにだけ嵐が吹き荒れたようなありさまだったのだ。
木の柵は倒れ、畑はそこかしこが掘り返されて、植えてあった芋などの作物が散乱している。
四方の畑の中央に、住民が全員暮らしているのであろう大きな母屋があるが、そちらは無事のようだ。だが隣接した倉庫は入り口が破壊されており、中も荒れているようであった。
開拓農村の住民たちはのろのろとその破壊の後始末に動いている。
「一体何があったの……?」
それを見たルイーザの顔がこわばっている。血の気が失せて、手綱を握る手の力が強い。理由はティリオにはわからないが、よほどショックを受けたと見える。
住民の何人かがこちらに気づき、一人の男に知らせた。その男は手にした鍬を持ったままこちらへやってきた。
小柄なフィミアダよりもさらに頭二つ低い身長ながら、そのがっしりとした体格は、まるでジルトほどの大男をぎゅっと縮めたような密度を感じさせる。
そして膝まである長い髭。
ドワーフだ。
「なんじゃあ、おまえらは」
ドワーフは警戒の表情で、さりげなく鍬をかまえる。おそらくこの男ならば、農具でも戦士並の働きを見せるに違いない。背後の住民たちがじっとこっちを観察している。
「私はデュバリ知事ルイーザ・レオスノール。開拓農園を視察に来たのだけれど」
「知事だぁ?」
ドワーフは警戒を解かぬままに髭を撫でた。
「視察が一日遅かったな」
ドワーフはヴェガルドルと名乗った。
「何があったの?」
硬い声でルイーザが聞く。
「オークのやつばらよ。急にやってきおった。昨晩な」
憤怒を内に沈めたような声であった。
「一〇〇匹はいたぞ」
と、話を聞いていた男が口を挟んだ。その時の恐怖に震え上がったままのか細い声だった。
「一匹はしとめたがな。焼け石に水よ」
とヴェガルドルが言う。
ティリオは冷静に考えた。暗い夜だし、こういう場合は恐怖で多く見積もってしまうものだ。半分として五〇、あるいはさらに半分の二五、そんなところかもしれない。
仮に二五体としても、この農園の人びとにはどうしようもなかっただろう。一体倒せたのがすごい。
「それで、見ろ、このありさまよ!」
ヴェガルドルは捨てばちな口調で、無残な状態の畑を指ししめした。
それで感情を刺激された女が泣き崩れる。夫らしき男が彼女の背に手をやるが、彼の顔も暗く沈んでいた。
「オークはよく出るのか?」
ティリオの問いに、ヴェガルドルは低くうなった。
「今まで見たこともなかったわ。くそ、よりによって収穫直後に……」
「被害はどれくらい?」
「見てわかろうが! 根っこそぎよ! 残ったのも使い物にならん」
ヴェガルドルは鍬を投げ捨てた。
「今年の収穫はぜんぶおしまいよ」
少し離れていたジルトが戻ってきた。
「死体を見たけどな……」
と言う。ヴェガルドルが仕留めたというオークの死体を見にいっていたらしい。
「ありゃコモンオークじゃねえ、オーク・オークだ。どこかにオークの森があって、そこから来てるんだと思う」
それを受けてルイーザがヴェガルドルに聞く。
「オークのやってきた方向はわかる?」
「ああ。あっちからよ」
指差す方向は、小屋の中でよくわからないが、南西方向であることが判明した。たしかに木の柵もそちら側が最も破壊されている。
「腑に落ちねえのは、オーク・オークは今の時期オークのどんぐりたらふく食って腹いっぱいのはずなんだよなぁ」
ジルトが首を捻る。
「どんぐりが食えなくてエサを求めてやってきたってことか?」
「理由はわからねえけど、そうなるわな」
ヴェガルドルが疲れた顔になって、
「あんた、本当に知事だっていうんなら、オークどもをどうにかしてもらおう。でなけりゃもうここで畑はやれん」
「わかったわ」
ルイーザはうなずいて、声を張り上げた。農園の住民全員に聞かせるためだ。
「デュバリ知事ルイーザ・レオスノールの名において、この冬食べるに困らないだけの援助を約束するわ。農園の修繕で人手が必要なら言ってちょうだい。デュバリから人を出す。オークの件については……」
ティリオを顧みて、
「冒険者『追放されし者たち』に依頼するわ。受けていただける?」
(また断りにくいタイミングを選ぶのがうまいお嬢様だな……)
住民の控えめな、おずおずとした期待の目がティリオに集中している。
もっとも、ティリオは最初からやる気だった。だが他のメンバーはどうか。
フィミアダに目をやると、熱心にうなずいている。農園の惨状に心を痛めており、助けてあげたいと考えているのだろう。ただ、自分がオークの群と対決することになるというおそろしい可能性については考えが回っていないようにも見える。初心者によくある気負いというやつだ。
だが、やる気があるというのはいいことだ。ティリオは彼女にうなずき返した。
ジルトに目をやる。こちらはさすがに経験豊富で、すでに必要な物資や、どの程度の困難になるかを冷静に推し量っているようだった。依頼に反対はしていない。
ならばよし。
ティリオは依頼主のルイーザに向けて、ひいてはヴェガルドルや農園の住民に向けて、明確に返事をした。
「依頼を受けよう」
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