『のけ者ども』
ルイーザは馬上で興味深そうに見守っている。ジルトも余裕を持って二人のやりとりを聞いているようであった。
ショックを受けたようすのフィミアダに、ティリオは何か言葉を継ごうとした。
「で、でも」
その前にフィミアダが抗弁しようとする。
「あたしが足手まといというなら、置き去りにしてもかまわないので……」
「まずそれをやめろ」
ティリオの表情は一層厳しいものとなった。
「……それ……?」
「自分一人を犠牲にすりゃうまくいくみたいなのをやめろ」
そう聞いて彼女の頭をよぎったのは、幼い自分が姉に菓子をゆずっている一瞬の光景であった。
かっとフィミアダの顔が紅潮した。恥じ入ったのではない。激昂したのだ。
「そうしないと仲間に入れてもらえないじゃないですかっ」
さらに頭をよぎるのは、成長した自分が『錆びた盾亭』でひたすら座っている日々。
ティリオ……有名なパーティーにいたという人に、『傷移し』はすごいと言ってもらえた。評価された。呪術のすごさをわかってもらえた!
この人なら――パーティーを組んでくれるんじゃないか。
仲間に入れてくれるんじゃないか。
……そう思ったのに。
「それはパーティーじゃない」
と、ティリオは言った。
「パーティーは一つの生き物だ。どこか一ヶ所ばかりに負担が偏るとバランスを崩す。片足立ちで歩き続けるのは無理なんだ。ギリギリの判断で誰かを犠牲にすることはあるが、最初から切り捨てるためのメンバーなんかいないんだよ」
たとえ他の部位が勝手に動き回っても、一つの生き物としてパーティーが機能するためにティリオは心を砕いてきた。剣だって習った。
だから、フィミアダがそういう考えでいるうちはパーティーを組む気はない、とそう言う。
「若いねぇ」
ティリオのパーティー論を聞いてジルト・ウォンドは独りごちた。
実際には、メンバー全員が一体となって動くパーティーなどめったに存在しない。欲得や好き嫌いでつながり、つつけばすぐにバラバラになるのが冒険者パーティーだ。その証拠にティリオ自身が切り捨てられたではないか。
だから理想論にすぎないことはジルトにはよくわかっている。
ジルトの呟きにはしかし、あくまで理想を求めるティリオに対して、揶揄のみならず羨望の響きが混じっているようでもあった。
そんなパーティーが組めたらな……という。
「……じゃ、じゃあ、バランスが取れるならいいんですか」
フィミアダはまだ踏みとどまる。
「それならパーティーを組んでくれますかっ」
挑みかかるような口調だった。
「あたしだけが傷つくわけじゃない『傷移し』、あります」
そう言うと、ティリオは意外そうに、
「あるのか?」
実は『傷移し』は、あらかじめセッティングしたメンバーの中でなら、誰から誰へでも傷を移すことができるのだ。ただし一度移した傷は再度移すことはできない。
セッティングをしていない場合は、誰かから自分へ、というパターンしかできない。先日のミエリのケガがそれにあたる。
そうなると話は変わってくる。フィミアダばかりが傷つくこともなくなるのだ。
「そういうのがあるなら、なんで先に言わないんだ」
「ティリオさんみたいな人にはわからないと思います」
「どういうことだ?」
「誰もがパーティーの効率第一に動くと思うなよ、ってこった」
ジルトが口を挟んだ。
その通りである。
ケガしたわけでもない自分が、なんで他のやつの傷を引き受けなきゃいけないんだ。そう思う者は多い。たとえパーティー全体にとってはそのほうがいいとわかっていてもだ。
呪術師に興味を保ってくれた冒険者も、この話を聞いたら嫌がって去っていった。
「自分の傷をおれたちに押しつける気だろ」
なんて言われたこともあった。
しかも、それだけではない。あらかじめしておくセッティングには、体の一部が必要なのだ。
フィミアダは、懐から小さな木箱を取り出した。
これを言ったら、余計にパーティーに入れてもらえなくなるだろう。だが、ティリオに対して腹を立てている彼女は、半ばやけになって説明した。
「……この中に全員の体の一部を入れるんです。そうすると『つながり』ができて、相互に傷を移すことができるようになります」
それを説明したらどうなるか、フィミアダは予測できた。
怖がってパーティー結成を断るに決まっている。
なぜなら呪術師は、誰かの体の一部があれば、その人に対して『傷移し』だけでなくいろいろな呪術をかけることができる。
死の呪いをかけることだって可能なのだ。
だから呪術師は忌避される。
フィミアダが『錆びた盾亭』で座っていた時期、ほかの条件はすべて呑んでくれた勧誘者が一人だけいた。が、彼も体の一部を差し出すことだけは絶対に拒否し、フィミアダを恐れたように去っていった。
しまいには味方に呪いをかけるなどという噂まで立てられたのだ。
ある意味仕方がないといえる。長い付き合いでもないのに全面的に呪術師を信用するのは無理というものだろう。
だからまず呪術師は信用を得る必要があるのだ。
どうやって信用を得るのか?
『傷移し』で自分だけが傷つくことをいとわない、自分を犠牲にしてパーティーメンバーを生かす献身的なところを見せるしかないではないか。
なんでフィミアダの先生が『傷だらけの』ガリシア、と呼ばれているのか。
そういうことなのだ。
それを、偉そうに自己犠牲はやめろ、などと。
フィミアダの心中の怒りがまた燃えてきた。
ティリオだって、きれいごとを言っていたけれど、呪術師に体の一部を渡すリスクを考えたら、フィミアダだけが傷つくほうを選ぶに決まっている。
(どうせ断るんでしょ)
フィミアダは、前髪の奥からティリオを睨みつけるようにして反応を待つ。
ティリオは……。
「あの速度で、相互にダメージをやりとりできるのはすごいぞ……!」
予想にまったく反して、まるで新しい餌場を見つけた鹿みたいに、新しい遊びを考えた子供みたいにひとり興奮している。想像の中で呪術を使ったシミュレーションをおこない、その結果にさらに興奮を増している。
勢いよくフィミアダに目を向けた。その目が輝いている。
「髪の毛でいいのか? 箱に入れるの」
「えっ、あ、はい……」
フィミアダはティリオの勢いに押されて思わずうなずいていた。
(……本気なの?)
うそだろう、とフィミアダは念を押す。
「い、いいんですかそんな、渡しちゃって。呪術師ですよ」
「なんできみが慌ててるんだよ」
ティリオはおかしそうに笑った。ナイフで自らの髪を切り、差し出す。フィミアダが呆然として受け取らないので、苦笑してティリオは自分で小箱の中に髪を入れた。
フィミアダはまだ半信半疑であっけにとられている。
「ほんとに? ほんとうに……?」
こんなに、あっさりと……?
「ひょっとして、三人で分けたりもできるのか?」
ティリオは小箱を覗き込みながら聞いた。『傷移し』は一〇の傷を分け合って五対五にするわけだが、三人で三対三対四みたいにできるのかどうか、という質問だ。
「どうなんだ?」
「は、はい、できます」
「それもできるのか……! 誰だ、呪術師が冒険者に向かないなんて言うやつは? おっさん、おっさんも入るよなパーティー」
テンションの高いティリオはジルトにも箱に髪を入れるよう促した。
「おれもかい。勝手に……」
突っ込みを入れつつもまんざらでもなさそうなジルト。
「どうして彼はあんなに興奮しているのかしら」
ティリオを見ながら、不思議そうにルイーザは首を傾げた。
「それだけすげえってことですよ。呪術が」
冒険者でなければわかるまい、と思いながらジルトが答える。
冒険者でもわからないやつはいるだろう。
それには、この世界の回復魔法の性質が関わっている。既知の回復魔法では、どんなに上級のものでも瞬時に効果が現れることはない。
安静にして数分たたないといけないのだ。
「大賢者ヴィントロックなら瞬間回復の魔法を使えたかもしれませんがね」
ジルトは五〇〇年前の伝説の人物の名を挙げた。つまり現在にはそんなものはないという意味だ。
これがたとえば家での治療であれば二、三分は大したことのない時間だが、戦闘中となるとそうはいかない。モンスターと戦っている間に数分間の安静などできようはずもなかった。
回復魔法とは、戦闘が終わってからかけるものなのだ。戦闘中に治療をしようと思ったら、止血など最低限の応急処置か、鎮痛薬でごまかすなどするしかない。
だからヒーラー、回復魔法を専門に学ぶ魔法使いは、魔法以外にも医療や薬の知識を必須とするのである。
ところが呪術『傷移し』は、全快はしないもののほんのわずかな時間で効果を発揮する。重傷を負っても中程度から軽傷になって戦いを続けることができるのだ。他のメンバーがその分傷つくとはいえ、一人が大ダメージを受けた状態よりは三人が小ダメージのほうが継戦能力は段違いに高くなる。
「欲をいやあちゃんとしたヒーラーがもう一人ほしいところだけどなぁ。ま、お前さんのしょぼい符で我慢するさ」
ティリオをからかいながら、ジルトは抜いた髪を小箱に入れた。
最後に震える手でフィミアダが自分の髪の毛を入れて、箱を閉じる。
「ほ、本当にいいんですか。だって、あたしがもしお二人のことを傷つけるような呪術を使ったら……」
「使うのか?」
「使いませんけど、でも……」
「ならいいじゃないか」
なぜ、この二人はこんなにも軽くフィミアダを信用するのか。わけがわからなかった。
先生が言っていた。
「呪術師がパーティーに入るのに『傷移し』専門のお試し期間を設けないやつがいるかもしれない。それは、おそろしいほどの考えなしか、考えたうえでのバカかどっちかだよ」
この二人はどっちなのだろうか。
「考えなしのほうは価値がないが、もういっぽうは……もしかしたら最高の仲間になる相手かもしれないよ」
安堵のような、高揚のような、そんな息を吐いて、フィミアダは顔を赤くした。これは激昂しているのではない。
「……ありがとうございます」
前髪が邪魔だったので、彼女の目が潤んでいることを誰も知らなかった。でも、声の震えは全員が聞いた。
ここに、ようやくパーティーが結成された!
「おめでとう」
ルイーザが拍手で三人をたたえた。これで、デュバリで働いてくれる冒険者三人が確保できたと満足しているのだろう。
「パーティー名は『
と、ひとり決めしてしまった。
「『のけ者ども』ってことだな」
A級になるパーティーを追放されたティリオ。
メリヴォーの部屋から追い出されたジルト・ウォンド。
子供のころ家族に置き去りにされ、パーティーへの加入を拒否されつづけたフィミアダ。
さらに、パーティーメンバーではないが王子から婚約破棄を言い渡されたルイーザ……。
「おれたちにはお似合いの名前じゃないか」
ティリオはにやりと笑った。
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