呪術師フィミアダ
フィミアダは商人の家の子であった。上に姉が二人いるが、姉たちとは母が違った。フィミアダはめかけの子であった。フィミアダが産まれてすぐ、父は彼女を引き取り、めかけとの関係を解消した。フィミアダは母の名も顔も知らない。
引き取られたフィミアダはひいきも虐待もされなかった。少なくとも表面上は、普通の姉妹として育った。
だが、めかけの子、という言葉は端々から耳に入ってくるし、特に父のいないところで、わずか――紙一枚ほどのわずか、義母や姉たちとは違う待遇を受けることもあった。使用人がフィミアダの椅子を引く速度が、姉たちよりほんの少し速くて乱暴な気がする、といった程度のものだったが。
それを敏感に感じ取ったフィミアダが引っ込み思案に育つのも無理はなかった。
また、幼いうちから、フィミアダは率先して家のことを手伝った。やることがなければ使用人に聞いてでも熱心に手伝おうとした。
珍しいお菓子があれば、姉にゆずった。かわいい服や楽しいおもちゃがあれば、それも姉にゆずった。無理強いされたわけではない。自分からゆずるのである。
「お姉ちゃんたちが喜ぶのがうれしいから」
と、笑いながらフィミアダは言うのであった。
家族仲は良好だった。少なくとも、表面上は。
父が死んだ。病死だった。フィミアダが一〇歳のときのことである。
葬儀を済ませ、しばらくたってから、家族で旅行に行くことになった。温泉で有名な観光都市グリンプスへ向かった。
楽しかった。おそらく人生で一番楽しい時間だった。姉たちはいつもよりフィミアダにかまってくれたし、これまでどことなく他人行儀だった義母は優しかった。
そして、フィミアダはそのままグリンプスに置き去りにされた。
・
デュバリの町、食堂の二階にある寝室にフィミアダとティリオはいた。
三日が経っていた。
彼女は毛布をめくって、包帯が固く巻かれた右脚をあらわにしている。包帯の上にはティリオの『治癒』符が貼ってあった。
ティリオはベッド脇に座って符に魔力を補充している。男性の前で脚をさらすのは恥ずかしいが仕方ない。
補充しながらティリオは語った。
事故の時に荷車に載っていた石材は、ミエリの家を建て替えするためのものだった。ちょうど空き家を解体したので、再利用できるものを運んでいたのだ。
で、今、その建て替えが行なわれているところである。
専門の大工がいるわけではないので、住民たちが参加する共同事業のようなものだ。
その参加者の中に、ティリオとジルトもいた。
「ジルトもこの町で冒険者やるんだと。石を運んだり積んだりするのは冒険者の仕事じゃないけどな。この町でやっていくなら住民に親しんどくに越したことはない」
とティリオは言った。
「それにお嬢様から日当も出るしな」
ルイーザは、赴任してからずっと住人たちを訪問して話を聞くことに努めている。デュバリの現状、実態を把握するためだ。知事としては奇特な態度といっていい。
だがやはり、知事という官吏、しかもルイーザは貴族ということで偉さも二倍となれば、住民たちもそうそう気を許しはしない。
その点、冒険者のほうが気安く接しやすい。
「特にあなたたちは初日に活躍したから、好意的に受け入れられやすいでしょう」
ティリオとジルトは、住民たちとの話の中で、不満点とか改善点が見つかったなら教えてほしい、とルイーザに依頼されていた。
それ込みの日当なのだ。
そういうことを、フィミアダは言葉少なに聞いている。その顔にはある決意があった。
ティリオ。
フィミアダは彼の顔をちらちらと見やる。彼に抱き上げられたのを思い出して、気恥ずかしさが込み上げてくる。フィミアダは人知れず毛布を強く握った。
そんな羞恥の念とともに、ティリオに対して心強さのようなものを感じていた。
一ヶ月の旅の間は、大した話もせずに過ごしたけれども、彼の腕の中にいたわずかな時間でフィミアダは彼の内面に触れたような気がしたのだ。
この人なら、とフィミアダは思った。
この人なら、あるいは――。
彼女の脚を隠すようにティリオは毛布をかけ、立ち上がった。
「よし。これでまた一日保つ。そろそろ傷口もふさがるころだろ」
「は、はい。痛みももうほとんど」
「それはよかった」
今こそ言うときだ。フィミアダは一つ深呼吸して、
「そ、それで……ティリオさんはこの町で冒険者を続けるんですよね……?」
「まあ、今のところは」
「だったら」
フィミアダは両拳を強く握っている。声が震えないように頑張る。
「パ……」
「ぱ?」
「ティリオ君はいるかしら?」
ちょうどそこへルイーザが登場した。侍女と護衛を一人ずつ引き連れている。
侍女は若いほうの、丸顔の子である。護衛は年かさで髭が生えているほう、旅の間はティリオらの馬車を操縦していた男だ。
「あら、お話中?」
「い、いえ、どうぞ」
フィミアダはうつむいてティリオとの会話を譲った。
「そう? じゃあ行きましょう」
「たぶん明日には包帯取れるぞ。じゃあな」
ルイーザに連れられるようにして、ティリオは部屋を出ていった。
食堂の階段を下りながらルイーザが単刀直入に切り出す。
「――明日、仕事があるのだけれど」
「おれだけ?」
「あなたと、ジルト・ウォンド氏に。フィミアダさん、彼女はまだケガ明けでしょう。町の外に出ることになるから、今回は誘わないつもり」
「知事が町の外に用があるのか?」
「開拓農園があるのよ。一度は見にいかなければ」
部屋の中では、フィミアダが溜め息を吐いている。
せっかく振り絞った勇気もしぼんでしまった。
やっぱり怖い。
「パーティーを組みませんか……?」
と、ルイーザが来なければ言えただろうか……?
たぶん言えなかったかもしれない。
でも、次こそ言うんだ。そして自分が、呪術師が、役立たずではないとみんなに知ってもらうんだ。
フィミアダは頑張るぞ、と拳を握った。
・
翌朝。
準備を整えたティリオらを率いて、ルイーザは出発した。
すると、誰かが町の入り口にいた。
フィミアダだ。唇を引き結んだ決意の顔で、こちらを待ち受ける。
彼女はは立ちはだかるようにして、口を開いた。
「あ、あたしも行きます。一緒に!」
ルイーザが馬上から……彼女だけ馬に乗っている……声をかけた。
「あなた、脚の傷は?」
「治りました。おかげさまで……」
傷口はふさがり、立って歩いても、跳んでも走っても痛みはなく、ひきつれもない。傷痕は完全には消えないだろうが、もう完治したと言っていいだろう。
「ありがとうございます」
礼を言ってティリオに『治癒』符を返却した。
「そ、それで、ですね……」
昨日の続きだ。言い淀むフィミアダ。勢いを付けるように息を吸い込んで、
「パーティー。……組みませんかっ」
言った。勇気を出して言った。自分から何かを提案することなんて滅多にないことだ。心臓がドキドキしている。
こんな辺境で、わずか三人しか冒険者がいないのだから、わざわざ正式にパーティーを組まなくても、必然的に共同で仕事に当たることになるだろう。
だが、フィミアダにとっては正式にパーティーを組むかどうかというのは重大事なのだった。
初めてのパーティーだ。
ティリオはシビアな表情になった。フィミアダはどきりとした。でも、それは真剣にパーティー結成を検討している証拠だ。表面上にこやかにして社交辞令で返す話題ではないと思ってくれているのだ。
「あの、この間見てもらったと思うんですけど、『傷移し』の呪術が使えます。戦いは得意じゃないけど、みなさんの傷をあたしが引き受けます」
あのときはティリオも感心していたし、きっと評価されるに違いないと、内心自信があった。
だがティリオは厳しい表情で首を振った。
「だめだ。それじゃパーティーは組めない」
「……えっ……?」
無慈悲に切って捨てるような予想外の態度に、フィミアダは絶句した。
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