路地裏の勇者(ルイーザの交渉術)
ティリオは、侯爵令嬢であるルイーザが旅の護衛にわざわざ冒険者を雇った、その本当の理由に気づいた。
親の反対を押し切ったから子飼いの護衛を使わせてもらえなかった……だけではない。
辺境の町に住み着いてルイーザを手伝う冒険者が必要だったのだ。
「おれたちをここまで連れてくるのが目的だったのか」
思わず漏れた呟きを、ルイーザは聞き逃さなかった。
「元々は人手不足だったのは本当よ。お父様からは侍女二名、護衛二名しかいただけなかったもの」
だが、デュバリまで仕事で連れてきたのはいいとして、ルイーザの思惑通りここに留まるという保証はどこにもない。
「未来の話をするには、まずは過去の精算が必要ではありませんか」
ティリオが言ったのは、要するにまず今回の報酬をよこせ、ということである。
まさか冒険者を鎖につないで働かせるつもりではないだろうが、デュバリに残らないと今回の報酬を払わない、などと言って手伝わせようとする可能性はある。それを警戒しているのだ。
ルイーザは手元の金が入った袋を、守るように掴んだ。その上でにこやかな貴族的社交的笑みを咲かせて言った。
「せっかくだし、『路地裏の勇者』グレオンの流儀でいきましょう」
貧しい生まれの冒険者グレオンは、旅の途中でモンスターに襲われた国王を救う。王の差し出すあらゆる報酬……地位、名誉、財宝、乙女……をグレオンは全て断る。
「だがそれではそなたの功に報いる術がない。何か欲しいものはないのか」
では一つ、とグレオンが要求したものは、王の前でも跪かず、へりくだらず、対等の立場で話すことであった……。
要するにルイーザはタメ口で話せと言っているのだ。
ティリオは後方の侍女と御者の表情をちらりと見たが、特に難色を示すようすはない。主への信頼があるのか、それともあきらめられているのか、ルイーザの人の上に立つ者としての資質はうかがい知れなかった。
「ではグレオンでいくが、報酬はちゃんと支払われると考えていいんだろうな?」
「もちろん! そこまで悪辣ではないつもりよ」
値切られたり不払いになったりというトラブルはままある。今回の仕事でいえば、一ヶ月の間にモンスターと出会ったのが一回だけで、戦ったのはティリオだけ、となれば他の二人の報酬が下がる可能性はあった。とくにこすっからい商人が依頼人の場合はありがちだ。
が、ルイーザはそういうことはしないと言う。
「契約通り払うわ。道中がどうであれ」
というのは、ルイーザのちょっとした皮肉だろう。口調が軽いので深刻な嫌味には聞こえない。
「さすがは貴族様、知事閣下」
皮肉が効いているのかいないのか、平気な顔でジルト・ウォンドが追従を言った。道中の働きで点数をつけるなら彼が一番減点対象になるだろうから、定額支払われると聞いてほっとしたらしい。
「先ほどの私の提案を了承していただけるなら、さらに色をつけるわ。冒険者としてデュバリに残ってくれるなら、ということだけれど」
「それはどれほどで?」
興味を引かれたジルトの問いに、ルイーザは即座に答えた。
「二倍」
ジルトは、口笛を吹きかけて危うく自制したようであった。
「さらに、今後一年間は衣食住の保証もするし、知事からの依頼として仕事も回すわ」
手厚い待遇をたたみかける。
ここでルイーザはいったん落ち着き、前のめりになっていた姿勢を正した。
「実を言うと、今回の依頼にはもっと多くの応募があった。その中で私は、ちゃんと経歴まで調べた上で、あなたがた三人を選んだのよ。冒険者なら誰でもいいというわけではないの」
まず彼女の視線は巨漢の戦士に向けられた。
「二〇年以上の冒険者生活で王国全土を渡り歩いた、ジルト・ウォンド。あなたの経験と知識は宝と言っていい。この町には必要不可欠だと考えているわ」
「ずいぶんと高く買ってくれてるみたいで」
一見ジルトは軽薄に喜んでいるようだが、本心はわからない。
「酒くれっつって酒が出てくるならいいかもしれねえけど」
ジルトはいつものように軽い調子ではぐらかすように言った。さっき店主に無視されたのを根に持っているのか、それともそういうポーズなのかは知らないが、この町に好印象は持っていないようだ。
それに、ティリオの見るところジルトは都会のほうが肌に合うようで、旅の途中でも人の多い町に停まったときのほうが生き生きしていた。娯楽の少ないデュバリに留まる確率は低いように思えた。
「フィミアダ。たしかに経験は少ない。けれども、あの高名な『傷だらけの』ガリエラの直弟子。その将来性には大きな期待をかけている」
「で、弟子……というか、少し教えてもらっただけですけど……」
フィミアダはフードでガードするみたいに顔をうつむかせた。
ティリオはガリエラという人物を知らなかった。過去の冒険者だろうか。
フィミアダはルイーザの褒め言葉をまともに受け止めたようで、消極的ながらやる気はありそうであった。
「あ、あたしは本当に必要なら……でも一人じゃ無理なので……」
助けを求めるようにティリオやジルトに顔を向けた。
求められているのはうれしいが自信がない、というところか。ティリオかジルトが残るのならば一緒にできるかも、という考えであろう。
「そして、ティリオ、あなたはA級に最も近いと言われたパーティーの陰の功労者だった。ウルフバグ二体をあっという間に倒す実力、剣も魔法もできるあなたがいればどんな種類の仕事でも安心できる」
ティリオは片眉を上げた。
(経歴を調べたというのは本当のようだな)
改めて三人を見渡して、
「無理強いはしない。けれど、是非とも私を、そしてこの町を助けてほしいの……! いっしょにデュバリを発展させましょう」
強く力を込めて勧誘した。
ティリオは感心していた。
単なる一本調子ではなく、ルイーザはさまざまな角度から説得しにきている。
まず自分の境遇、困難な立場を明確にして同情を引きつつ助けが必要なのだと訴える。
次いで高待遇で誘引する。
そして相手の能力を褒めて、あなたの力が必要だと強調する。
途中で敬語を取り払って親しみやすさもアピール。
これだけのことをやっている。大貴族の令嬢が、一介の冒険者に向かって対等に交渉しているのだ。
それだけ、ルイーザは冒険者の存在を真剣に欲しているということだ。
だが……。
ティリオは言った。
「おれはここにとどまる気はないな」
前のふたりと違って答えを明言したことで、場の緊張感が増したようであった。
「理由を聞いてもよろしいかしら?」
「――この町じゃA級パーティーにはなれない」
「なるほど」
ルイーザはティリオの言い分をうなずいて聞いた。提案を蹴られたというのに怒る気配はなかった。まだ交渉は続いているという認識なのだ。
「つまりデュバリでA級になれるのならば住んでもかまわないというわけね?」
「その可能性は薄いと思うけどな」
ティリオが言いたいのは、別にジルトやフィミアダが実力不足だからA級に上がれない、という意味ではなかった。そもそもこの二人とパーティーを組むかどうかすら決まっていないのだ。
そういうことではなく、こんな辺境では功績が評価されにくいということだ。
デュバリの近くで有名な古代遺跡や未踏破ダンジョンが発見されているわけでもない。ここに住んで歴史的に重要な発見をするのは難しい。
強力なモンスターの目撃情報もあまりない。
仮に強力なモンスターが出てそれを討伐しても、田舎だと功績と認められづらい。
同じドラゴンでも、人のまばらな田舎で暴れているものと大都市を襲っているものでは、後者を倒したほうが大きな功績になる道理だ。
だから、名を上げたい多くの冒険者は首都に集まるのだ。首都は人が多い。周囲に有名なダンジョンもあるし、情報も集積する。活躍する場は都会にこそある。
だからA級になるためには、ぜひとも首都へ戻らなければならない……。
「もうひとついいかしら。あなたはなぜA級になりたいの?」
「きまってるだろ。それは……」
ティリオはそこで言葉に詰まった。
たしかに、ずっとA級パーティーになりたかった。それは間違いない。
……だが、なんのために?
ティリオは、自分がそもそもの動機を忘れていることに気づいた。
何かあったはずなのだ。A級を目指す理由が……そしてそれ以前に冒険者になった理由というものが。
それはいったいなんだっただろうか?
過去の思い出が喉元まで出かかった。
「それは――」
店の外から何かが倒れるような大きな音、悲鳴のような声が続いて聞こえた。
次いで人びとのざわつき、走る気配。
田舎の町が一気に騒然とした。
「大変だ!」
男がパニック寸前の形相で店に駆け込んできた。
「荷車が壊れて、ミエリが下敷きに……!」
ティリオはその瞬間に疑問を脇に置いて立ち上がった。
意外だったのは、ジルトも同時に席を立ったことだ。一拍遅れてフィミアダも立つ。
誰よりも素早い反応を見せた冒険者たちは、お互いを一瞥し、事故の現場へと急行した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます