9 大団円

「えぇっ!?」

「へっ!?」

「なんでっ!?」

「嘘っ!?」

「なんでなの〜⁉」


 俺の発言にその場のみんながざわめいた。


「ビョードルは血を分けた俺の兄です。

 家族の不始末は家族でカタをつける。それがリンダール家ですから」

「そ、そこまでしなくても」


 団長も大慌てだ。


「いえ、そうじゃないと俺の気がすまないんです」


 俺はきっぱりと伝えた。

 あんなバカが身内にいるだけでも家の恥だが、その恥を晒した責任は俺を含むリンダール家にある。


「俺は絶対に曲げません」

「そ、そんな。き、君はヨハンナを救った恩人だし、か、歌劇団の家族だ。

 ど、どうして君がやめるんだい?

 君のデザイン画も貰ったばっかりで、これからなんだよ?」


 団長の言葉に俺が口を開いたその時。


「エーベルハルド」


 顔面をボッコボコにやられた親父が、俺たちの前に姿を表した。


「親父!」

「おじさん、ボロボロだよ?」


 エミリが少し引いている。


「親父……。母さんにやられたのか?」


 俺の言葉に親父はこくりとうなずいた。

 我が家のヒエラルキーのトップは母さんだ。

 親父は感情的に俺を追い出したことへの制裁を、母さんに下されたようだ。


「エルのお父さんなの⁉エルそっくりなの〜!」

「エルくん、将来イケおじですわね!」


 突然の親父の訪問にまわりが色めき立つ。

 なんとも気恥ずかしい。


「もう少しあとにしようと思ったが、ビョードルを北方湾へ送る」


 親父は思いがけないことを告げた。


「北方湾へ!?」


 俺どころか周りもざわめく。


「団長があまりの恐怖に泡を吹いて気絶しちゃった!」


 マルティナが慌てて声を上げた。

 周りの人がそっと団長を邪魔にならないところへ寝かせる。


「噂でしか知らないですけど、派遣されたが最後。

 死ぬか発狂しないと帰ってこれない地獄……ですよね?」


 ヨハンナの言葉に、親父が重苦しくうなずく。


 北方湾は、北から吹く海風のせいで草木も生えない不毛の土地だ。

 海からは強力な魔物がでてくるし、周りは一面荒れ野という。

 最悪の環境。

 しかし国境警備のために騎士が派遣されている。


「ほっぽうわん?」


 エミリが首を傾げる。

 エミリはそもそも他国の出身らしいので、この国にうとい。


「北方湾は高級なお魚が取れる有名な漁場ですわ。

 でもあんな魔境へいく漁師は、一攫千金を狙うクレイジーですわよ」


 モニカが説明する。

 モニカの言う通り、美味しい魚が取れる漁場でもある。

 しかし漁師はゴロツキのようなやつばかりで治安は最悪。

 最悪の環境に犯罪者のような漁師たち。

 まさにこの世の掃き溜め、地獄とも呼ばれる場所なのだ。


「そんなところにビョードルが行くなんて」


 当然の結末だが、やはり驚いてしまう。


「18歳で成人するまでは面倒を見ようと思っていた。

 乱暴な気質だが最前線では頼りになるからな。

 とはいえ、人を守るはずの騎士が丸腰の少女を襲うなど言語道断。

 欲に溺れるやつは何度でも溺れる。

 ……真に反省しない限りはな」


 親父は捕縛されているビョードルに会ったという。

 ビョードルはというと、憎しみを込めて親父をにらみつけていたらしい。

 ビョードルの更生は難しい。

 それは人生経験が浅い俺にもわかった。


「リンダール家としての責任は果たした。

 エーベルハルド。お前がどういう選択を取るかは、お前の自由だ」


 親父の言葉に俺は頷いた。


「ちなみに騎士なんてどうだ?」


 なんて往生際がわるい親父だ。


「俺は裁縫で身を立てる」

「はぁ……。お前なら騎士として大成できただろうがなあ……。

 もったいない。他の息子たちへ託すとしよう」


 分かっていた答えに残念がりながら、親父は帰っていった。


「エルくんって騎士の家系なんだね」

「うん。お針子をやる上では必要ないからね」

「騎士にならなくて良かったの〜?」

「うち兄弟多いから。俺じゃなくてもいいんだよ」


 親父は俺に跡を継がせたかったらしいが、俺は今でもそう思っている。


「いいな〜きょうだい!なんにん?」

「二十人くらい兄弟はいるはず……。

 あれ?三十人だったかな?」

「お、多すぎません?」


 モニカが絶句した。


「親父は頼まれたら断れないんだ。

 知り合いの貴族に、一族に未亡人がいるから結婚してくれって頼まれるし、戦地で困っていたシングルマザーを書類上の奥さんにすることもあったな。

 だから連れ子がものすごく沢山いる」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 あれ?変な空気になったぞ?


「あ、でも相手に良い人ができたら離婚することもしょっちゅうだよ。

 俺の母さんみたいなレギュラーメンバー以外は入れ替わりが激しい」

「…………血が繋がっている兄弟は、何人?」


 何かを確認するようにヨハンナが聞いてくる。


「病気とか戦死とかで減ったけど……。

 父親が同じなのは十人くらいかな。

 母親も同じなのは四人。

 あ、ちなみにビョードルは母親が違う」

「貴族の世界は不思議なの……」

「思ったより色々とハード……」


 ベロニカとヨハンナが呆れている。


「騎士の家だからね。魔物狩りとか戦争とかすぐに派遣されるんだ」

「エルくん、ハードなのはそこだけじゃないよ……!」


 マルティナが俺にツッコむ。


「じゃあエルくんも、おくさんたくさんもらえるね!」


 エミリが無邪気なことを言うので俺は苦笑した。


「親父が特殊なだけで、俺は一人のお嫁さんで充分だよ」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 ……ん?みんなの目の色が変わった?



「エルくんは、結局ベーレンス歌劇団を本当に辞めるの?」


 マルティナが確認しに来た。


「うん。けじめはつけるよ」

「そっか……。じゃあ、私が専属お針子で雇ってもいいよね!」

「え?」


 マルティナはいま、なんていった?


「マルティナずるい!あたしもやとう!」

「お給金だすのは簡単じゃないわよ。私も雇うわ」

「私も雇いますわ!」


 エミリ、ヨハンナ、モニカも乗り気だ。


「ね、団長?」


 お願いモニカが炸裂した。


「“いいよ〜なの”」


 ベロニカがまだ気絶している団長に隠れて、団長のマネをしている。


「なんなんだその茶番は」


「ちなみに私も雇うの〜」

「えぇっ!?」

「お金にガメついベロニカが!?」

「明日は雪ね」

「エルくん、すごいよ!」

「えぇ?うん」


 なんだかよく分からないが、ベロニカがお金を使うのは珍しいことらしい。


「じゃあ明日からよろしくね!!」


 そんなこんなで俺は、国一番の歌劇団で超絶人気の踊り子たちの専属お針子として雇われるそうです。


 完



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騎士の家系に生まれた俺、ギフトが裁縫だったので家を追放されました。でも国で超絶人気の踊り子たちの専属針子をやっています 三桐いくこ @ikukokekokko

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