8 その後、安堵
「俺を振った女を服従させたかった。
お高く止まったアホ女が、この俺を振るなんてありえないだろ」
この街の治安を守っている騎士に縛られたまま、ビョードルはそう白状した。
さらに色んな人に証言を求めると
・握手会で「俺の愛人にしてやる」と意味不明なことを言った。
ヨハンナは冗談だと流したらしいが、ビョードルは振られたと思いこんだそうだ。
これがすべての始まりになる。
・ヨハンナに宛てた悪口を書き殴ったの手紙を送った。
・関係者ゾーンではないがテントの周りを探るようにうろついていた。
と、様々な迷惑行為を繰り返していたようだ。
「身内ながら恥ずかしい……」
俺は痛む頭をおさえた。
ビョードルはどうでもいいとして、心配なのはヨハンナだ。
そんな身勝手な感情に振り回されたヨハンナ。
どれだけショックを受けているのか、と思ったら。
「誰が高慢ちきで高飛車なプライドだけが高い女ですってぇぇえ!」
すべてを聞き、激怒したヨハンナは右ストレートをビョードルにかました。
縛られたまま転がるビョードル。
踊り子をやってるだけあって、しなやかな体の動きを生かした良いパンチだった。
「そこまで言ってないぞ」
ついビョードルをフォローしてしまった。
「私、貴族が大嫌いなの。
特にあなたみたいな権力を笠にきた人がね」
ヨハンナは絶対零度の視線でビョードルをみすえる。
「はぁ?庶民以下の分際でナマイキ言ってるんじゃねえぞ!
顔以外に取り柄がないクセにふざけやがって!!」
縄を引きちぎる勢いでビョードルが悪態をついた。
ビョードルを縛っているのはギフト封じの捕縛縄だ。
なので引きちぎって逃げることはない。
だが、あまりに無礼な言葉に胸糞悪くなった。
「埒があかないな。連れて行くぞ」
俺と同じように、ビョードルの酷い悪態に顔をしかめた騎士たちは、さっさとビョードルを牢屋へ連れていった。
「ヨハンナ……。すまない。うちの兄が酷いことをした」
俺は心の底からヨハンナに頭を下げた。
「別にエルくんのせいではないわ。あれはあいつが悪いの。
それに、私は平気よ」
ツンとすました顔でヨハンナは言う。
「でも、ずっとマルティナのテントに泊まってたんだろう?
ご飯の量も減ってるってマルティナが心配してたぞ?」
いつも元気いっぱいのマルティナは、実は気づかいの名人だ。
ヨハンナの様子がおかしいことに、いち早く気づいてずっと心配していた。
嫌がらせについてヨハンナから問いただして、団長に警備員を増やすように頼んだのもマルティナだそうだ。
マルティナ本人は嫌がっているが、実質トップ5のリーダーと言われているのにはそういった理由がある。
「なっ!?マルティナから聞いたの!?」
ヨハンナが顔を真っ赤にする。
どうやら知られたくなかったようだ。
「えっと、話の流れで……。
ヨハンナが差し入れのお菓子を食べないから、ヨハンナは甘いものが苦手なのかってマルティナに聞いたときに……」
すごい剣幕で聞いてくるから思わずしどろもどろになる。
不機嫌な女の子と向き合う訓練なんてしたことないから、こういう場面は苦手だ。
「あぁ……。マルティナ……恨むわよ……」
ヨハンナは天を仰いだ。
「ごめんな」
「何が?」
ヨハンナが俺に向きなおる。
「俺も貴族だから……」
貴族が嫌いな人間は多い。
俺はヨハンナのような子の近くに自分がいるのが、急に申し訳なくなった。
しかし、いつものすました顔でヨハンナは言った。
「誤解しないで、たしかに貴族は大嫌いよ。
でも命の恩人を嫌うわけ無いでしょう。
それを言ったら団長はどうなるの?
それに……」
そこまではツンとした顔のヨハンナだったが。
「“守ってやる”、なんて言ってくれる人を、嫌いになれるわけないじゃない……」
ほんのりと頬を赤くして、目をそらしたヨハンナ。
俺はめったに見られないヨハンナのいじらしい姿に、うっかりときめいてしまった。
「そ、そっか、そうだよな。変なこと言ってごめん」
俺へ頬をぽりぽりとかきながらぎこちなく謝る。
「そ、そうよ。反省なさい」
ヨハンナもどこかぎこちない。
……なんだか、妙な空気だ。
「だ、大丈夫かい!?」
そんな気まずい空気を壊してくれたのは団長だった。
犯人の引き渡しや事件後の処理などに動き回っていた団長が、ようやくヨハンナと俺のもとへやってきたのだ。
団長の後ろにはトップ5のメンバーや団員がいる。
「ヨハンナ!」
マルティナがヨハンナに抱きつく。
「もう!マルティナは心配性なんだから」
口ではそう言いながらも、ヨハンナはマルティナを抱きしめかえした。
そんな二人を微笑ましく見ていると、団長が俺に話しかけてくる。
「エルくん、ヨハンナを助けてくれてありがとう。
心からお礼をいうよ」
そういうと団長は俺の手を力強く握りしめた。
団長がどもらずに話してる!
しかもなんだか堂々としていてカッコいいぞ?
「……!と、当然のことをしたまでです」
いつもと違う様子の団長に返事が遅れてしまう。
「うちの団長、やるときはやりますわよ」
こっそりと俺にモニカが耳打ちした。
いつもおどおどした団長だが、対外的にはベーレンス伯爵として立派に仕事をしているようだ。
そういうところはさすが貴族である。
「……俺の
げんこつを食らったからか覚えてない。
ヨハンナを抱きしめていたマルティナが俺に向き直る。
「私からも、ヨハンナを助けてくれてありがとう!」
「エルくんすごいの〜」
「ふたりとも無事でホッとしましたわ」
「ヨハンナだいじょうぶ?」
マルティナ、ベロニカ、モニカ、エミリが口々に俺、もしくは俺とヨハンナへ声をかける。
「心配かけてごめんなさい」
頭を下げたヨハンナ。
「あんたが悪いんじゃないよ。顔をお上げ」
「大事がなくてよかった」
「ふたりとも無事で安心したよ」
「心配かけやがって」
みんながヨハンナにあたたかな言葉をかけている。
そして一部は俺にやたらテンション高く話しかける。
「エル、強いな!」
「そうだビックリしたよ!」
「剣を持った相手に立ち向かうなんてスゴイな!」
俺は男性陣に囲まれてチヤホヤされる。
とても嬉しいけどちょっと違う。
まあ、女性陣は絶賛ヨハンナを慰めているからしょうがない。
「そうだ、団長」
俺は居直ると、団長へ声をかけた。
「な、なんだい?」
「団長。俺、ここを辞めます」
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