君の言葉

第6話

　　雨は3日間、灰色の幻のような夢を見続けた。

　　晴れの日の色を忘れさせてしまうほどの悪天候だった。

　　天気予報によると、大型の台風が接近しているようで、これを乗り切れば晴れるとのこと。

　　振り返ってみると、大雨はほとんど降らないのに、霧のような霧雨が降り続く不思議な夏だった。

　　おかげで、その時々で、洗濯機とベランダを何度も往復しています。

　　この1週間で傘をなくし、風で壊され、折り畳み傘を盗まれました。

　　何もない日常で、雨がもたらしてくれたものは、それくらいです。

　　雨のせいなのか、図書館にはあまり人がいなかった。

　　本棚はカビ臭かったが、管理人は全く気にしなかった。

　　いつものように図書館にやってきて、記憶療法について読みました。

　　新しい手がかりはなかったが、学術的な文献より興味深かった。

　　夜が更け、言葉を追いかけるのに疲れた私は、少し休憩しようと本を置き、自動販売機で缶コーヒーを買うために立ち上がった。

　　相変わらずの静かな雨の夜を眺めながら、私は図書館を出て、帰りに缶ビールを買って歩きながら飲むことにした。

　　木道を散策してアパートに戻り、家に帰って冷凍餃子を作り、シャワーを浴びて一日の疲れを取り、満腹になって寝ました。

　　ビールの空き缶や箱の中で、年月の移り変わりを実感するのがやっとだった。

　　これがなかったら、昨日と今日の区別がつかなくなるんじゃないかと思うくらいです。

　　生活は改善されず、昨年の今日、自分が何をしていたのかさえ思い出せない。

　　しかし、縄勘助の証言、クラス担任の証言、中学・高校の卒業アルバムと、証拠は揃っていたのです。

　　ユンシは本当に存在しないし、架空の幼なじみという判断も間違ってはいなかった。

　　ただ、自分の正体を認めさせるための証拠を目の前に並べられるのを待っている。

　　すべて終わってしまう。連鎖に歯止めをかけるために、缶ビールを開けた。

　　しかし、私が彼女を追い出した日以来、彼女は姿を見せなかった。

　　私が2階に上がる前に彼女の家の電気はついていたので、まだそこにいるはずなのだが、他に目立った動きはない。

　　もう私に嘘をつきたくないからでしょうか？ それとも、何か複雑な準備があったのでしょうか？

　　ただ急いで終わらせようという意図があったのなら、それはそれでよいのです。

　　終わったらチップを取り出します。

　　夜通し飲んで、明け方に気を失い、8時間後に風の音で目が覚めた。

　　嵐がやってきて、窓の隙間からパチパチと音がする。

　　テレビをつけたら、ちょうど台風上陸のニュースが流れたところだった。

　　お酒を飲んだせいか、頭と喉が痛くなった。

　　台所まで行ってインスタントコーヒーを入れ、ゆっくり飲んでから布団にもぐりこみ、テレビの音と雨の音に耳を傾けた。

　　雨の日に布団に潜り込んで、雨の音を聞くのが楽しみでした。

　　図書館から借りてきた本を開いてみると、主人公が初恋の人を探して日本を旅するという、つまらないエッセイ集だったが、文章はまあまあだった。

　　30分ごとに休憩を取りながら、読書を続けていました。

　　時々、窓の外に強い風が吹き、雨がガラスをたたく。

　　時間がどんどん過ぎていき、午後3時頃、強い虚無感に襲われた。

　　人間性を奪われたように、豚のように腹が減った。 全体に麻酔がかかったようで、お腹から激痛が走った。

　　本をベッドに置くと、冷凍餃子は食べ尽くされ、冷蔵庫は空っぽになっていた。 酒を飲むことを否定した以上、何か買わなければならないのだ。

　　傘はあまり役に立たなさそうなので、ラシャを被り、目を覆う帽子をかぶり、スリッパを履いて嵐の中に出かけました。

　　夜中の2時、3時のような暗さで、道路には風で飛ばされたゴミや枝、壊れた傘が散乱している。

　　風が吹くたびに体がふらふらする。

　　スーパーは、例年になく、とても寒かったです。 それでも冷凍餃子とビールを買い、買い物袋をしっかり結んで、雨がさらに強くなったところで帰りました。

　　雨を避けるように、私はフェンスに沿って歩いた。

　　その時、私は思わず足を止めた。何かが私を覗き込んでいたのだ。

　　それは人間ではなく、オレンジ色の猫だった。

　　私はゆっくりと近づいていったが、オレンジ色の猫は全く動かず、彫像のように私を見つめている。

　　フラットに戻ると、洗濯機に服を放り込み、シャワーを浴びた。

　　シャワーから上がり、餃子を焼こうとしたとき、虚無感が霧のように消えていることに気がつきました。

　　私はソファに横になり、買ったばかりのビールを味わいました。

　　リビングは涼しく、ソファもラフで快適でした。

　　降り続く霧雨が、街の物語を洗い流していく。

　　私は道ばたの猫のことを思い出し、そして記憶の中の幽霊のことを思い返した。

　　......

　　5歳の夏、私は幽霊に出会った。

　　実は特筆するほどのことでもないバカげた話なのだ。

　　まず、その幽霊は本当は幽霊ではなかったのです。

　　第二に、「架空の記憶」からの物語であり、実際に起こったことではないということ。

　　その幽霊は別の団地に住んでいて、窓際に立って独房を覗いていたのだ。

　　それは、髪の長い、細身で色白の、いつ見ても憂鬱そうな少女の幻影であった。

　　私が近くを通ると、窓に押し付けられるように顔を出し、じっと私を見つめている。

　　その家族の中で、以前亡くなった子供だったのだろう。

　　同情すると同時に怖い。

　　生きている同年代の子どもたちに嫉妬して、私に同類になってほしかったのかもしれません。

　　無表情に私を見つめているが、その無色の瞳孔は生者への憎悪に燃えていたのかもしれない。

　　幼い女の子の幽霊に会うのが怖くて、毎回その道を早足で渡っていました。

　　そんな時、数年前にこの近辺で行方不明になった子供の話を聞いた。

　　だから、通りを眺めている病弱な少女を幽霊と勘違いしてしまったのだ。

　　私の想像力というより、常識のなさでした。

　　それから水泳教室に通いましたが、通うと言ったら、実は強制的に通わされたんです。

　　幼稚園の夏休み、家でずっとテレビを見ているのは嫌だと思った母が、水泳教室に通わせてくれました。

　　幸い、プールは歩いて10分と遠くなく、生徒も私を入れて全部で5人でした。

　　あの4人は元々友達だったようで、私だけが仲間はずれにされました。

　　しかし、私は10代の幽霊にしか興味がなかったので、何の問題もありませんでした。

　　プールは30年以上前に作られたもので、とても古かったです。

　　帰り道、幽霊の窓を避けることはできない、彼女はたまたまそちらを向いていたのだ。

　　迎えに来てくれる親も、一緒に通う友達もいない私は、いつも一人で前を向いて歩いていました。

　　教室に行くときはまだ明るかったのですが、帰ってくるころにはほとんど夕方になっていました。

　　薄闇の中で少女の幽霊のような視線に出会ったとき、私の体は凍りつき、恐怖に襲われた。

　　それでも、視界から離れるたびに、その瞬間に何か非日常的なことが起きているような気がしていた。

　　窓の前を通った後、何度も振り向いたが、少女はまだそこにいた。

　　日に日に乙女の幽霊との出会いが増えていった。

　　もし秘密があるとすれば、彼女は私の水泳教室のタイミングを見計らい、何か計画を練っているのではないでしょうか。

　　その思いはある意味的中し、やがて彼女は私を見るたびに笑顔を見せるようになった。

　　無邪気な笑顔だったが、私は恐怖にとらわれ、肉食獣の冷たい笑みを感じただけだった。

　　そして、その笑顔は私だけに見せているようで、他の子どもたちが通っても表情を変えることはなかった。

　　それは悪霊で、可愛らしい少女の姿をしているが、その正体は魂を貪る餓鬼の姿であった。

　　そして、私は知らず知らずのうちに彼女に狙われていたのです。

　　恐怖心が私を蝕んでいた。どうすれば霊を一人にすることができるのか？

　　そんなことを考え続け、寝ても覚めても、少女の顔が浮かんでくるのである。

　　その場合、ほとんど片思いのようなものだが、心の底では深い恐怖を感じていた。

　　いつ彼女が迎えに来るかわからないし、あの窓が開いたら、私を連れて行くのだろうか？ 毎晩、悪夢にうなされました。

　　父にも相談したのですが、父は冗談としか思っておらず、最初から本気では考えてくれませんでした。

　　"勘違いでしょう、深く考えないでください、誰でも似たような経験はあります、あなたにとっては些細なことです。" 父はいつもそう言っていた。

　　1ヶ月のトランス状態を経て、水泳教室の最終日が終わり、インストラクターに別れを告げ、バッグを持って一人帰宅した。

　　長時間の水泳で体は疲れきっていた。

　　"これでやっと解放される" "もうあの窓を通らない" "10代の幽霊と会わない" そう思うと、幸せな気持ちになりました。

　　幽霊の家が見えてきたとき、私の心臓は高鳴った。

　　夕陽のため、遠くから窓の向こう側が見えないのだ。

　　それでも、今日も彼女はそこにいて、おそらくぼんやりと目をそらし、私のシルエットを見つけると微笑むのだろうということはわかった。

　　案の定、幽霊は出てきた。

　　しかし、今日の彼女は何か様子がおかしい。私を見て全く動かず、笑顔もない。

　　最初に通りかかったときと同じように、彼女はただ冷静に私を見つめていた。

　　彼女が泣いていることに気づいたとき、恐怖は完全にひっくり返りました。

　　変身は一瞬で、この瞬間にはもう幽霊のイメージは存在しない。

　　その時そこにいたのは、人間の顔をしたただの少女だった。

　　窓の向こう側には、何らかの事情で家に閉じ込められ、そのために外界を眺めている哀れな幽閉された乙女が立っているだけであった。

　　あの華奢な体が、ほんの少し小さくなったような気がした。

　　以前はこんな弱い女の子に恐怖を感じていたのだろうか。 なんという才能のなさだろう。

　　同時に、なぜ彼女は泣いているのだろうという、単なる疑問が私の心の中に湧き上がってきた。

　　恐怖心がなくなった今、私の心の中には、これまでの騒ぎの恥ずかしさと、若い娘への好奇心が残っていた。

　　ドーマーの窓は、道路からせいぜい1メートルほどの高さにあった。私はそこに行き、そっとノックした。

　　彼女は雷に打たれたように背筋を伸ばし、慌てて窓を開け、そしてこの距離で初めて顔を見合わせたのです。

　　8月末の夕暮れ時、蝉の鳴き声が響く。

　　少女の目には涙が溢れ、物憂げに微笑んだ。

　　"幽霊じゃないだろうな？" と聞いてみた。

　　"今は生きている" 彼女はそっと瞬きをして、鼻で笑い出した。

　　そして、私の左手を心臓に押し当て、心拍を確認するようにした。

　　それが、私と蘊蓄との出会いの場面だった。

　　それから10年、私はそのくだらない質問で何度も彼女にからかわれた。

　　そして、あの日、彼女が泣いた理由は、結局、私には語られなかった。

　　7歳の私にとって、「喘息」は聞き慣れない言葉だった。

　　それでも、外に出られない理由がよくわかりました。

　　"いつ襲ってくるかわからないから、なるべく家にいるようにしないと" 喘息の話になると、"人に迷惑をかけたくないから "と、医療用語を連発し、とても流暢な口調だった。

　　"外出すると症状が出るの？" と聞いてみた。

　　"激しい運動をしたとき、不浄な空気を吸ったとき、精神的に動揺したときなど、ごくたまに。" 若い女の子は、"とにかく、外で発作が起きると大変なことになりますよ "と優しく説明してくれた。

　　彼女の言葉を理解した私は、"どうして窓の外ばかり見ているのですか？"と尋ねた。

　　彼女はすぐに涙をこらえるように黙って下を向き、唇を死ぬほど噛み締めた。

　　どうやら話してはいけないことに触れてしまったようなので、"ちょっと散歩に行こうか "と提案したんです。

　　少女はゆっくりと頭を上げ、信じられないような顔で私を見た。まるで、今説明したことが理解できなかったかのように。

　　"行かんでいい、俺のバイクで連れてってやるから待ってろ "と。

　　私は急いで家に帰り、何気なく廊下に鞄を置き、自転車に乗って彼女の家に戻りました。

　　見送りの時のポーズを守って、立って待っていた少女は、笑顔で戻ってきた私を見てほっとしたようだ。

　　私はバイクを止め、後部座席を指差し、"乗れ "と言った。

　　「勝手に外出するとママに怒られるから......」と、ためらいながら言っていた。

　　"大丈夫、すぐ戻るから、外に出たいでしょ？" と聞いてみた。

　　"外に出たい" 彼女の頭はガラガラと音を立てて揺れた。

　　ティーンエイジャーは靴を持参して窓からそっと飛び降り、地面に落ちそうになった。

　　彼女は自転車の荷台に抑え気味に座り、私の肩を無造作に握った。"それではお願いします。"

　　私はうなずいたが、ふと彼女の名前をまだ知らないことに気づいた。"What's your name?"

　　"ユン・シー" 彼女はそれに答えて、"私の名前はユン・シー、あなたは？"と言った。

　　"ヒデキ"

　　"ヒデキ、なんて素敵な名前なんだ"

　　"ヒデキだ"

　　"よし、ヒデキ" 彼女はしどろもどろになりながら、私の名前を繰り返した。

　　ちょっと不思議な感じでしたが、自分のことをそう呼ぶ人は生まれて初めてだったような気がします。

　　それまでは、自分の名前が嫌いで、無知だったんです。

　　当たり障りのない名前だと思っていたのですが、ウンソクが「ヒデキ」と言った瞬間、自分の名前がヒデキであることに心の中で感謝しました。

　　ヒデキ、いい音してたよ。

　　今思えば、もし彼女がどんな名前でも呼んでくれたら、それは素晴らしい気持ちを運んでくれるでしょう。

　　"準備しろ" 後ろから尹子さんが言った。

　　私は戦々恐々としながらペダルを踏み、少しづつパワーを注入していった。

　　二人を乗せたバイクはゆっくりと発進した。

　　ユンシは、頬の温もりを感じるほど強く私を抱きしめた。

　　"気分が良くなったか？" と聞いてみた。

　　"ああ、発作が起きそうで嬉しい" 彼女は笑顔でこう言った。

　　慌ててブレーキを握り、次の瞬間には近所の人に助けを求めようと思った。

　　"騙された、全然平気、出てきて良かった" 彼女は鼻で笑った。

　　少し無力だった私は、彼女が私の腰にしがみついたので、わざと自転車を斜めに走らせた。

　　この時、私は嬉しそうに微笑んだ。

　　......

　　この記憶を近所のおじさんに確認したところ、おじさん曰く、幽霊少女など存在しないとのこと。

　　7歳で水泳教室に通ったのは事実だが、窓際に乙女はおらず、オレンジ色のネコがいた。

　　また、ジュニアの運動会でリレーの最終走者に選ばれたのも事実です。

　　しかし、励ましてくれる女子はおらず、バトンを受け取ったとき、最初に挑戦した3人のおかげで1位を獲得することができたのです。

　　そして、歓声も慰めの言葉ももらえなかった。

　　結局、同級生たちは、最初の3人がとてもよく走ったので、前にアドバンテージを貯めていたことを除けば、もともと期待はしていなかったのだ。

　　記憶を辿ってみると、「幼馴染の尹子」を前提に書かれた物語が多かった。

　　嘘は最小限に抑えられていたので、蘊蓄の記憶もほとんど違和感がない。

　　そう思うと、嬉しいような、残念なような。

　　その思い出がパラレルワールドで幸せであったなら、その中で充実した人生を送っていたならと思います。

　　だからこそ、真実は残酷に見える。もし、最初から手に入らないとわかっていたら、どうせ自分には手に入らないのだからと、簡単にあきらめることができただろう。

　　しかし、あと一歩のところで手に入らないものは、フェチのままです。

　　記憶療法によって、幸せと不幸せは紙一重であることがわかりました。

　　会うか会わないか？ 天国と地獄の違いのように。

　　"ミスター・メイ、抑制剤は今朝、あなたの階下の貯蔵室に入れました。後で飲むのを忘れないでください。" 医師の友人が電話口で言った。

　　"飲んだらどうなる？" と聞いてみた。

　　"飲んだらチップは無効化されます。もちろん、効果が出るまで30分ほどかかりますが、1週間後にはチップを取り外すことができます。" 医師の友人が言った。

　　凡庸とはよく言ったもので、目の前に並べられた鮮明な記憶が、たとえそれが真実ではないとわかっていても、あきらめたくないと思わせるだけなのだ。

　　決心したつもりが、実際は自分の心を隠していただけだったのです。

　　今思うと、私は誰かに愛を注ぎたかったし、それ以上に誰かのヒーローになりたかったのだと思います。

　　5歳から20歳までの記憶を消そうとしたのは、手の中の空虚感から逃れるためだったのです。

　　食欲はないものの、また虚無感に苛まれるようになった。

　　階下から抑制剤の箱を取り出し、一人キッチンに立ち、静かに鍋をコンロの上に置いた。

　　お湯が沸く前に、炊飯器から火をぼんやり見つめて沸騰を確認し、冷蔵庫から冷凍餃子を取り出そうとした時、床に落ちていた新しい付箋に気がついたのです。

　　最初はレシートかと思ったのですが、手に取ると文字が書いてあり、誰が書いたのか考えるまでもなく、「これだ！」と思いました。

　　"秀樹が元気でいてくれることを願う" メモにはそう書いてあった。

　　私は紙切れを握りしめたまま動かずに立っていた。

　　思わず、「ゆんしー」がその言葉を書いたシーンを想像してしまった。

　　その直後から、息苦しいほどの悲しみが襲ってきた。

　　喜び、怒り、愛情、虚無感、罪悪感、喪失感、あらゆる感情が絡み合っていた。

　　私の胸を激しく引き裂き、隅々までえぐり、切り裂いた。

　　空っぽの心には、裸の悲しみしかなかった。

　　自分を見てください、とてもらしくないです。

　　テーブルの上に氷水が入ったグラスがあり、私は何も考えずにそれを飲み干し、次に医者からもらった抑肝散を飲んだ。

　　ミント味のモルトキャンディーを食べているうちに、眠気に包まれ、ソファーに沈み込むような感覚とともに、意識を失ってしまったのだ。

　　落ちる音が耳に響く。

　　目が覚めてから、寝起きなのか現実なのか、金属音に思いを馳せた。

　　それが現実だったのでしょう。

　　では、その音はどこにあったのか。

　　ドアの外

　　横目で聞いていると、台風は過ぎ去ったようで、隣は何もガラガラしていない。

　　壁に耳を押し付け、目を閉じて耳を澄ませたが、聞こえてくるのは風の音だけだった。

　　風の音がだんだん人の呼吸に似てきて、喘息の発作のときの呼吸音に似ていることに気がついた。

　　尹志のことを忘れてはいないようだった。

　　どのくらい眠っていたのだろう。

　　そして、蘊蓄の思い出を羅列してみた。

　　長い髪、白い肌、黄色い花柄のドレス、細い体、キス、王様と乞食、駅伝、研究と記録、窓の幽霊、速い呼吸音、床に転がる薬のしぶきの音。

　　インヒビターが故障したのでしょうか？

　　"医者が言うには、気圧の変化が原因だった"

　　白いナイトガウンが頭に浮かび、ネックラインから覗く鎖骨、華奢な手首が

　　"ほら、台風が来て気圧が急激に下がり、その後に発病したんだ"

　　心の底から、記憶の声が聞こえてきた。

　　彼女は攻撃を受けて倒れたのだろうか？

　　喘息は悪化したのでしょうか？

　　床に倒れて動けなくなった？

　　またしても、記憶と実記憶を混同してしまったのです。

　　確かに、蘊蓄はひどい喘息に悩まされていたが、隣の部屋の蘊蓄と2人である。

　　そもそもユンシという少女は存在しない、それを名和閑蔵に確認したはずだが？ 卒業アルバムにも、彼女の名前はなかった。

　　しかし、いくら根拠を示しても、私の体は納得してくれなかった。

　　心臓が破裂しそうなほど警鐘を鳴らしていた。

　　視界がゆらぎ、指先がしびれ、全身の筋肉が痙攣し、一瞬呼吸を忘れてしまい、慌てて深呼吸をしました。

　　もう限界だった。裸足でびしょ濡れの廊下に出て、震える指で隣の家の呼び鈴を鳴らす。

　　無反応。

　　何度やっても反応がない。

　　ポケットから携帯電話を取り出して彼女の番号にかけたが、やはり応答はない。

　　そこで私は、ドアを激しく乱暴に叩いた。

　　それでも反応はない。

　　"ユン・シー！" 正気に戻った私は、彼女の名前を叫んでいた。

　　まだ、答えはない。

　　私はドアに手をつき、頭を低くしていた。廊下の窓の外が雨で濡れているのも知らずに。

　　ほどなくして風が止み、私は少し落ち着きを取り戻し、急に自分の行動を恥じた。

　　返事がないのは、彼女が出かけてしまったということで、それでおしまい。

　　実は、玄関を吹き抜ける風の音だったんですね。

　　人が倒れる音ではなく、もしかしたら風が何かに吹かれた音？

　　私は一人微笑むと、濡れた廊下に尻もちをつき、深くため息をついてから壁に寄りかかり、目を閉じた。

　　なぜ、こんなに彼女のことが気になるのだろう。

　　もうどうでもよくなってしまったのです。

　　今は何が何でもユンシの顔が見たくて、それがどんなにばかばかしいことか分かっていても、どうしても安心できなくて、ユンシの無事を確かめたかったのです。

　　まぶた越しに、光を感じた。

　　窓の軒先から雨が滴り、淡々とした足音が耳に入ってくる

　　幻覚でも聞き間違いでもない。

　　目を開けると、ユンシが身を屈めて私の顔を覗き込んでいる。

　　"私が消えたとでも？" それとも、私が喘息の発作を起こして動けなくなったとでも思ったの？

　　言い返すこともできず、言い訳をすることもできず、ただただ平静を装うのが精一杯だった。

　　"いつ来たんだ？" 私は思わずほっとして聞いてしまった。

　　"秀樹がドアをノックしたときから今まで" 彼女は少し私に近づき、長い髪を私の肩にかけました。"また、私のことをユンシと呼ぶのね "と。

　　"聞き違い "だろ？ 私は硬い口調で反論した。

　　"フン、聞き違いだ" 彼女は憤慨して私を見て、"それで何と言った？"と言った。

　　私が何も言わないと、蘊蓄（うんちく）が鼻で笑いました。

　　"インヒビターを変えたか？" と聞いてみた。

　　"ふーん" 彼女は大胆に認めた。"私はあなたに忘れられたくないから "と。

　　私はあまりの驚きに何も言えず、ただ彼女を見つめた。

　　"もう1つ質問してもいいですか？" 彼女はささやくように言った。

　　"何？" 私は少し目を見開いた。

　　"なぜ足をつった？" と彼女は言った。

　　ちらっと手を見ると、なぜか太ももが赤いアザでつつまれている、まったく無意識の行動である。

　　彼女は嬉しそうに目を細め、「覚えていますか？ ミント味のモルテーゼは耐えられない」。

　　寝る前に食べた麦芽飴を思い出した。

　　女の子だから臭いが気になる？

　　いずれにせよ、私の潜在意識は長い間、彼女をユンシと思い込んでいたのである。

　　"大丈夫、今は喘息が治ったから、ミントの匂いはあまり嫌いじゃないんだ" 蘊蓄は書斎でやったように、私の肩にそっと寄りかかり、私たちはレコードの音が耳元で鳴るように寄り添った。

　　そして、囁くように「大丈夫、突然いなくなったりしないから」と言った。

　　......

　　その夜、私は蘊蓄の手料理を味わった。

　　美味しかったけど、それ以外に考えることはない。

　　テーブルで両手を頬に当て、料理の評価を期待するかのように私を見つめる蘊蓄に、私は "なぜ、私にそこまでしてくれるの？"と尋ねた。

　　彼女は、"ベストを尽くしたいから、ベストを尽くす "という答えとは思えないような言葉を発した。

　　私はため息をついて、"つまり、明らかに私たちの間には物語がなかった、その記憶はフィクションだ "と言った。

　　ユンシは「フン」と不満の声を漏らした。「だって、約束したんだもん」。

　　"約束しただろ？"

　　"はい、約束通りです" 彼女は頷きながら柔らかな笑みを浮かべると、"つまり、私は秀樹に身を捧げるつもりだった "と茶目っ気のある口調で言った。

　　思い出そうとしたが、「約束」については何もなかった。

　　これまでは、彼女が「記憶」したとおりの行動や言動をしていたのだ。

　　私の心はさらに大きな渦の中に飛び込んでいった。

　　......

　　古い夢は優しいもので、よく見るのですが、その都度、内容が大体似ているのです。

　　例えば、夢の中に自分にとって大切な人、同い年の女の子が出てきて、その子を亡くしてからずっと夢が続いていたんです。

　　私は彼女を追いかけた。彼女は私の手をしっかりと握り、私のそばで微笑んでいたところだと知っていたからだ。

　　しかし、私が目をそらして手を離したとたん、彼女の姿は霧のように消えてしまった。

　　彼女はどこに行ったのだろう？

　　と、隣の人に聞いてみた。 XXをご存じですか？

　　私自身はその名前を知らないのですが、彼女は私にとってとても大切な人でした。

　　すると誰かが、「○○なんて知らないよ、誰のことだい？ 大切な人がいるのに...？ 失うとか言って、あの子は最初から存在しないんでしょう！？

　　まさか、本当に今ここにいたのか、と私は言い返した。

　　でもすぐに、その子の顔だけでなく、声も手も、何一つ思い出せないことに気がついたんです。

　　ただ一つ感じたのは、大切なものを失ってしまったということです。

　　やがて、この感覚も輪郭を剥ぎ取られ、指の隙間から落ちていく。

　　一瞬の空白の後、すべてが空中に消え、喪失感だけが残る。

　　夢の場面は、ある時は昔の家、ある時は学校の教室。

　　周囲からは疑いの目で見られている。

　　この人は誰だ」「なぜここにいるんだ」と声をそろえた。

　　必死で名前を名乗ったが、言葉は出てこない。

　　自分の名前が思い浮かばず、ずっと頭を悩ませていたのですが、知らない人だと言われました。

　　その時、誰かが私の耳元でささやいた。「あなたも実在しない人間で、誰かの想像上の記憶に過ぎない。

　　すべてを失った私は、足場を失い、眼下の深淵へと果てしなく落ちていった。

　　いくら気にしない振りをしても、記憶とともに捨てた過去は、常に私の心に影を落としていたのです。

　　古い夢から覚めたとき、現実は比較的良い場所になった。

　　夢の世界とは対照的に、現実の世界には救いがある。

　　昔の夢は私を苦しめ、現実が私に恵みをもたらしてくれたかのように錯覚させた。

　　本当に気が遠くなるのは、幸せという夢です。

　　現実の価値を完全に奪い、良い夢で経験した計り知れない幸福のために、目が覚めた時には人生が灰色に変わっている。

　　夢の中の思い出が良ければ良いほど、現実の世界が惨めになる、その痛みは私もよく知っている。

　　なぜか、昔の夢に迷い込んだ少女が隣にいて、まばたきしない目で私を見つめている。

　　"なぜそんなことを？" 彼女は首をかしげた。「あなたが期待を抱いている限り、私はあなたに身を投じることができます」。

　　目を閉じ、耳を塞いでも、その姿と声をはっきりと感じ取ることができたのです。

　　彼女は悲しげに微笑み、その微笑みが描かれるだけで、私の幸せは大きく損なわれてしまったのです。

　　だから、幸せの夢を見るのが恐かった。

　　ゆんしー」を迎える至福の夢が恐ろしかった。

　　そして、疑いと謙遜の殻に閉じこもり、自分を守ることだけを考えるようになった。

　　このため、このやり方では、先々、一生後悔することになる。

　　なぜ、彼女の言葉を信じられなかったのですか？ 自分の心に素直になってみてはいかがでしょうか。 もっと優しく接してあげたらどうでしょう。

　　毎晩のように一人で泣いていた。

　　彼女が差し出した手は、救いの手であると同時に、救いを求める手でもあったのだ。

　　過去を悔やんでも無駄だと言われます。

　　失ったものを嘆いても仕方がない、忘れてしまえ！」。

　　しかし、それは優しい笑顔から生まれる幸せに対して、否定的な態度だと思います。

　　忘れる」という行為は、ちょっと橋が架かっているようなものでしょう。

　　......

　　翌朝、蘊蓄はリビングルームのソファに正座してテレビを見ていた。

　　"君はよくやっている" と言ったのです。

　　"何？" 彼女は眠たそうな顔で私を見返した。

　　昨日、必死に「ユンシー」と連呼して自分の醜態をさらしてしまったので、彼女の前でハッタリをかましても仕方がないのだ。

　　"本当に「ゆんしー」ちゃんがいるんじゃないかと錯覚するくらい、すごかった" 私は正直に言いました。"何度もリハーサルしたんでしょう "と。

　　"そうでした" 彼女は嬉しそうに何度もうなずいた。"何度も練習したおかげよ "と。

　　舌が滑ったようにも見えなかった。

　　"すべて嘘だったと認めるか？" と聞いてみた。

　　「いや、何度も言うけど、私はあなたの幼馴染なんだけど......」彼女は唇に手を当て、少し考えてから人差し指を立てて、「ところで、北風と太陽って知ってる？ "

　　"それで？" それは今でも知っている程度です。

　　「こうしよう、私が本当に嘘をついていることにしよう、つまり今の私は嘘つきで、あなたは嘘に意味を見出すために必死で私と連絡を取り続けているのだ」と。 自分の嘘が見抜かれているとわかっていても、計画を完遂するために下手な演技を続けてしまう。" 彼女は、"もしそうなら、あなたはまだ私のそばにいるのが心地よいですか？"と言った。

　　"なんだこれは" 私は、彼女の言っていることが理解できなかったようです。

　　"あなたがふてくされる姿が見たいから" 彼女はにっこり笑って言った。

　　私はそれを見て、"病気か？"と嘲笑した。

　　彼女に必要なのは、幼馴染を演じなくて済むような、免罪符のようなものだと思う。

　　狼と同じように、嘘をついていた羊飼いの少年も死んでしまい、その死によって村人たちは狼が本当に来たのだと確信した。

　　疑問を持つ人を安心させるためには、「正直者」を名乗るよりも、自分の無害な嘘を告白したほうがいい。

　　"ほら、この服装だと幼なじみに見えるでしょ？" 彼女は、肩を出した純白のドレスの裾をめくって言った。

　　そのポーズは、大自然の中のバレエ少女を思わせるものだった。

　　"あなたはとても愚かです" と彼女は言った。

　　"それは言い過ぎだ" 私はうんざりした表情を浮かべた。

　　"でも秀樹は実はそれが好きなんでしょう？" さらに彼女は続けた。

　　"ああ、好きだ" 私の心を知っている人の前では、虚勢を張っても無駄だと、しぶしぶ認めた。

　　"かわいい "ですか？ 彼女は再び尋ねた。

　　"素敵" 私は慌てたように繰り返した。

　　"ほのぼの"？ 彼女は私にゆっくりと近づいてきた。

　　"ハートウォーミング" 私は機械的に繰り返した。

　　"でも、素直になれない？" 彼女は、わずか30センチほどの距離で立ち止まる。

　　"はい" 頬が熱くなった。

　　"明らかに堅苦しくなる必要はない" 蘊蓄は挑発的な笑みを浮かべた。

　　彼女は間違っているだろう、私は堅苦しくなかったんだ。

　　目の前のユンシは確かに魅力的だったが、7歳のユンシ、9歳のユンシ、15歳のユンシが同時に見え、記憶の姿も重なっていたのだ。

　　"記憶の一部を忘れたが、私に真実を語るにはまだ早いようだ。" さっきの彼女の言葉を引用して、"前回もそう言ってたよね？"と。

　　"そうだった" 雲石は簡潔に断言した。

　　"何をもって準備完了とするか" と聞いてみた。

　　"さて" 彼女は悩んだ表情を浮かべたが、答えは最初から用意されていたのだろう。

　　"私を安心させるために" 彼女は肺を確かめるように左手を胸に押し当てて言った。"何を知っていても、自分を見捨てずに生きていけると証明できたら、すべてを教えてあげる"。

　　彼女は証明の方法を工夫した。"今日から私が決めたルールに従って生活しなさい "と。

　　"ルール"？ と問いかけました。

　　"そう、人生のルール" 彼女は机の上の日記を手に取った。"ヒデキ、大学はいつから始まるの？"

　　"9月5日"

　　"その日までにルールを破らなければ、資格があるとみなされる" 一行一行、得意のペンでルールを書き込んでいく。

　　1行目には、「家庭での生活指針」と書かれていました。

　　1.規則正しい生活を送る

　　2.バランスの良い食事に気をつける

　　3.外に出て適切な運動をする

　　4.ケガや病気に注意する

　　5.家事の手伝い

　　6.アルコールなし

　　"一滴も "ですか？ 私は無意識のうちに冷蔵庫に目をやった。

　　"まあ、いいや" 彼女は真剣に頷いた。

　　"1つもできないの？" 私はもう一度尋ねた。

　　"まあ、いいや" と彼女は言った。

　　"難しいな" ドリンクを与えないのは、単に頭が痛いだけだと、頭をかいた。

　　"不正をしないように、私が監督します" と、ユンシは小さなあくびをしながら言った。

　　まだ夜の10時だというのに、彼女はすでにパジャマに着替えて、学校での日課と同じように寝る気満々の様子だった。

　　彼女はまたあくびをした。「そろそろ寝る時間ね、朝迎えに来るわ、おやすみなさい」。

　　彼女は肩に近いところで手を上げ、手を振って自分のところに戻っていった。

　　おやすみなさい......。 した。

　　私は低く「おやすみなさい」とつぶやいてみた。

　　優しい響きでした。

　　そして、彼女の夏休みは私と一緒に始まった。

　　......

　　それ以来、次のようなルーチンを繰り返しています。

　　午前6時00分

　　毎朝、尹詩が起こしに来てくれるんです。

　　肩たたきでもなく、枕元にしゃがみこんで、"起きないなら、顔をつねるぞ "とささやいたのだ。

　　記憶の中にあるのと同じだった。

　　5日目には、眠くて聞こえないふりをした。

　　数分躊躇した後、恐る恐る布団に入り、私が寝たふりをする間、彼女は緊張しながら私に抱きついてきました。

　　あれは演技なんですか？

　　"おはようございます" 彼女は私の頬をこすりつけ、甘く微笑んだ。

　　7:00

　　ユンシが作ってくれた朝食を一緒に食べる。

　　料理は得意だが、朝食の作り方は普通。

　　面白いのは、平均的な朝食にもかかわらず、食欲が湧いてくることです。

　　日頃の運動が関係しているのかもしれません。

　　とにかく、料理に比べれば、彼女のスープは格別に洗練されていた。

　　"今は冷凍餃子禁止" そう言っていた。

　　最近はあまり食べたいと思わないので、言われるがままに食べています。

　　8時00分

　　私が顔を洗い、歯を磨いている間に、蘊蓄はすでに皿を洗っていた。

　　特に何もないので、もう少し寝ていたかった。

　　私が眠りそうになると、横から監視して耳を引っ張られる。

　　しばらくは、本を読んだり、文章を書いたりするくらいしかすることがなかった。

　　まだ10時前なのに、もうお昼だと思うこともしばしば。

　　もしかしたら、時間が重力に引っ張られて、時計を見るたびに時針に当たってるのかもしれない。

　　10:30

　　掃除や洗濯の時間。

　　洗濯物がなくなり、部屋がきれいになったら、ゆんしーが持ってきたジュークボックスで音楽を聴く。

　　プレーヤーは記憶の中のものと同じモデルで、レコードもすべて同じものです。

　　オールドタイム・ミュージックを聴いていると、まるで穏やかな草原の中にいるような気分になります。

　　このまま寝てしまっても、ゆんしーが起こしてくれることはないだろう。

　　というより、時々眠ってしまい、いつも私の肩に寄りかかってくるのです。

　　呼吸のリズムから彼女の存在を感じることができる。

　　12:00

　　昼食を一緒にとるのですが、もちろん食事はすべて自分で作り、毎回余るほどの量を作っています。

　　なぜそんなに作るのかと尋ねると、彼女は笑顔で "脂肪を食べてほしいから "と言うのです。

　　しかも、食べる量は私の半分。

　　食後はお茶を飲んで、しばらくダラダラしてしまうのです。

　　開け放った窓から、公園で遊ぶ子供たちの声に耳を傾ける。

　　......

　　　　13:00

　　いつもはこの時間に学校に行くのですが、学部生はまだ授業が始まっていないのに、いくつかのトピックは続いているのです。

　　私はこの時、自分のアパートを出て、ユンシは自分のところに戻っていく。

　　この時、彼女が何をしていたのか、私にはまったく予想がつきませんでした。

　　おそらく浮気調査の計画を練り直し、バルコニーでチューリップに水をやっているのだろう。

　　学校がないときは、自転車で郊外に連れて行っています。

　　彼女が書いた「ルール」には「適度な運動」とあり、どう入力しても、もはや過剰なのだ。

　　交通警察に捕まらないように目立たないルートを選んだので、人通りの少ない道路をたくさん横切りました。

　　しかも、後ろに蘊蓄があるので、バランスをとるのに神経を使い、余計にエネルギーを消費してしまう。

　　私がバランスを崩すたびに、ユンシーは私にしがみつき、注意をそらすのです。

　　その感覚は、心が疲れるほどだった。

　　私にしがみつくたびに、彼女の心は笑いに包まれ、唸った。

　　一番遠いところまで行った時には、足が完全に痺れてしまい、しばらくまともに歩けませんでした。

　　やかんの中で冷めてしまった麦茶を飲みながら、川辺のベンチで20分ほど休んだ。

　　川向こうには第一人民病院があり、窓に映る人々のシルエットが大きく迫ってくる。

　　病院の中の様子が気になるのか、蘊蓄は来るたびに首を突っ込んで病院内を覗き込んでいた。

　　体を休め、再び自転車に乗り、無心にペダルを漕ぐ。

　　平地に近づくにつれ、日が暮れかけてきた。

　　夕陽の下、電柱と街路樹しか見えない世界は、夕暮れの風だけが心地よく、ぼやけているように見えた。

　　　　18:30

　　シャワーで汗を流した後、近くのスーパーに食材を買いに行きました。

　　人に恩を売るのは嫌いなので、ここでお金を払います。

　　蘊蓄はやや渋いのだが、"そういうことならそう言ってくれ "と言う。

　　彼女は食材をそっと買い物かごに放り込みながら、無邪気な笑顔で「これで新婚さんみたい」と言った。

　　スーパーを出るころには、空腹感だけが残っていた。

　　道端の小道から、数種類の夏虫の鳴き声が響いてくる。

　　ユンシは気まぐれに私の手から買い物袋を奪い、空いた手を自分の腕にかけた。

　　彼女の腕は細くて柔らかく、意外と冷たかった。

　　そんな中、一度だけ、金城武さんにお会いしたことがあるんです。

　　私の手を握っているユンシを見て、呆然と私を見つめたのです。

　　そして、蘊蓄の顔に気がつくと、何かを発見したように目を丸くして蘊蓄に近づき、その顔を恐れず見つめるのである。

　　蘊蓄は眉をひそめて、"おい、どうしたんだ？"と聞いた。

　　しかし、金程武は何も答えず、彼女の顔に穴を開けるかのように見つめていた。"雲石、あなたは目の下にこんなクマがある......"。

　　その言葉が終わろうとしたとき、彼はまた何かに気づいたような顔をして、慌てて口を閉ざした。

　　そして、昔の自分に戻って、"よくやった "と私の肩をしっかりと叩いてくれたのです。

　　そう言って、金城武は去っていった。

　　"なんだこれは？" 私は驚いて彼を見た。

　　ユンシは私の耳元でそっと囁いた。"だって、よくやった "と。

　　19:30

　　Yun Shihとディナー。

　　夕食の料理は絶妙な味付けです。

　　お酒が飲めたらよかったのに。

　　　　21:00

　　昔なら一番リフレッシュできる時間だったのですが、今は眠くてたまりません。

　　最後は、いつものようにゆんしーが解説をしてくれます。

　　日記には、日付、天気、その日の出来事などを書いている。

　　そしてメモ欄に「秀樹は日焼けした」「秀樹はご飯を2杯おかわりした」と、つまらない内容ばかりを書き込んでいる。

　　まるで小学生が書いた日記のようなセリフでした。

　　そして、「おやすみなさい」と言って、部屋を出て行った。

　　シャワーを浴びて、布団に入って、10分もしないうちに寝てしまった。

　　本当に素敵でした。

　　......

　　ゆんしーの「一行日記

　　8月23日 尹秀州はそわそわしていた。

　　8月24日 尹秀州は慌てないふりをする。

　　8月25日 春秀樹が飲みたいというので批判した。

　　8月26日 Haruhidekiさんがボウルを2つ追加しました。

　　8月27日 祐英時、起き上がらず。 そこで、彼はイタズラをした。

　　8月28日 曇り 子供たちにダブルロードをからかわれた。

　　8月29日 クリア とても疲れました。

　　8/30 曇り 今日は何事もなく良い天気でした。

　　8月31日 クリア、ただのヒデキです。

　　09月01日 晴天のヒデキが日焼けしている。

　　9月02日 曇天の秀樹は、友人のような顔をしている。

　　9月03日 春 英機は恥ずかしがり屋（訳注：原文では下線部）。 ユンシに騙されたのだ。

　　09月04日 はる あと少し。

　　09月05日 今日、春秀樹は学校に教えに行き、家に帰ってから勝手に夕食を作りました。

　　06 9月 晴 夕焼けがきれいだった。

　　9月07日 クリア ヒデキはとても渋かった。

　　09月08日 秀樹の曇天のお詫び。

　　09 9月 クリア ヒデキさんはとても優しい方でした。

　　9月10日 Rainy 私は幸せです。

　　9月11日 「ゆんしー」タイムクリア。

　　......

　　"あなたを強く抱くとき、私は王よりも豊かである"

　　9月10日 夕方から雨という予報の中、街の広場にはまばらな屋台が並び、スクエアダンスの音楽が耳に飛び込んできました。

　　その日はバイクで出掛けず、午後は部屋でのんびり過ごしました。

　　太陽が西に傾き始めた頃、フラットを出て、街の広場に向かう。

　　幸いなことに、まだ雨は降りそうもない。

　　蘊蓄は言うまでもなく、想い出と全く同じ黄色の花柄のロングドレスを着て、ワインレッドの髪飾りをつけていた。

　　ポラロイドを買って、ユンシがカメラでいろいろな距離や角度から私を撮ってくれたんです。

　　なぜ携帯電話やデジカメを使わないのかと尋ねると、「証明写真だから」という言葉にならない答えが返ってきた。

　　きっと、自分がやりたいからやったんだろう。

　　夕暮れに慣れた私の目は、その閃光に目がくらんだ。

　　広場に着くと、屋台をぶらぶらと見て回りました。

　　そして、それぞれが食べたいものを買い、静かに座れる場所を探した。

　　幸いにも人が少なかったので、薄暗い街灯の横のベンチに腰を下ろした。

　　光に照らされて、信じられないほど美しい蘊蓄の横顔を見ることができた。

　　どこかで勘違いしていた可能性が高い。

　　確かに、街を歩いていても視線を集めるほど美しい顔立ちで、妖精のように華やかで、ほのぼのとした雰囲気でしたね。

　　もちろん、思い出というフィルターがかかっているだけかもしれませんが。

　　その時、蘊蓄はこう語った。「しっかり抱いてくれ」。

　　15歳の允士と20歳の允士が重なった。

　　"私が本当の嘘つきでないことを確かめよう" ユンシは、"失われた記憶が呼び覚まされるかもしれない "と、あっさり話していました。

　　"それで復活するなら、もう再起不能になってるはずでしょ？" 私もあっさり返事をしました。

　　"わかった、わかった。" "抱擁しなければ、物事は進まない" 尹子さんは私と向き合って目を閉じた。

　　それは、真実を明らかにするために必要な行為にすぎなかったのです。

　　結局、キスなんてそもそも大したことないんです。

　　そうやって自分を納得させた後、私はしぶしぶ彼女を抱きしめ、彼女が記憶の中でしていたようなキスをしました。

　　今度は唇を離した後、何事もなかったかのようなふりをすることはなかった。

　　"どう？" 今度は彼女が、"何か感じましたか？"と聞く番だった。

　　"確かにそうだ" それしか答えられなかった。

　　"すごい" 蘊蓄は両手を組み、"秀樹、フランクになったな "と睨んだ。

　　"嘘は無駄だから" と言ったのです。

　　"久しぶりのキスに私もドキドキでした" と彼女は言った。

　　"また嘘？" 私は彼女を見たが、私の心は呟きで溢れていた。

　　"高校卒業後、あなたと別れてから一人暮らしをしています。" "やはり、幼なじみでした。" 彼女は嬉しそうに言った。

　　その後、長い間、物販で買った串揚げを黙々と食べていた。

　　立ち上がってゴミを捨てようとしたとき、彼女は突然沈黙を破った。"なんだ、ヒデキ"。

　　"何？" 私は思わず足を止めてしまった。

　　"心配しないで、明日太陽が沈む頃には、私はあなたの前から消えていますよ。" 彼女は唐突にこの言葉を口にした。

　　ゆんしー』的なジョークかと思った。

　　でも、表情や口調からして、彼女は真剣そのものだった。

　　"私たちにはもう今日しかないのだから、明日までこの嘘を続けてくれたら嬉しい" そう言って、彼女は私の肩に自然に寄りかかった。

　　"ところで、あなたの目的は何？" と、余談を述べた。

　　"いつか分かってくれるだろう、理由は複雑だが、私のことを理解してくれると思う" と彼女は言った。

　　予報より2時間遅れで雨が降ってきた。

　　すぐに雨が降ってきて、歩いて帰るのは問題外だったので、途中のバス停で雨宿りをすることにした。

　　その様子は、まるで恋愛ドラマの象徴のようでした。

　　9月の雨は、8月の雨と違って、明らかに涼しい。

　　ホームに駆け込む前からびしょ濡れで、雨は徐々にお互いの体温を奪っていく。

　　華奢な体型の允士は、身を包むように寒さに耐えていた。

　　私の中の「私」は、彼女を抱きしめて温めることを切望していました。

　　しかし、このまま心を許してしまうと、一生その記憶から離れられなくなるのではないかと、感情を抑えたのです。

　　その代わり、"寒くないですか？"と聞いてみたんです。

　　蘊蓄は数秒私の方を見た後、再び頭を下げました。"ええ、でも、あなたが私を温めてくれると思います。"

　　彼女の言葉は、私の心の中にあった暖かな泉を打ち砕いた。

　　雨で心が落ち着かなかったら、たぶんそのまま抱きしめていただろう。

　　"ごめんなさい、それはできません" と言ったのです。

　　"なぜ？ 怖いか？" 彼女は苦笑いを浮かべると

　　"怯える" と答えた。

　　駅の上から数十滴の雨が漏れ、静寂が訪れた。

　　彼女は柔らかく息を吸い、小さな声で呟いた。"明らかに良い子で騙されているだけだ、明らかに君が望むなら何でもあげるよ "と。

　　彼女の声は震えていた。

　　"あなたの望みを全て知っています"

　　その声は、さらに諦めに満ちていた。

　　私もそうでした。できることなら彼女に騙されたいと思っていました。

　　私もフィクションの優しさの物語に浸りたいと思いました。

　　夢でも、架空の記憶でも、幻でも、何でもいいから、ただ盲目的に彼女を愛し、盲目的に彼女に愛されたかったのだ。

　　彼女は私の欲しいものをすべて与えてくれる。

　　そのため、"嘘が嫌い "という一言にすべてを託してしまいました。

　　私は彼女をまっすぐ見て、そう言った。

　　表情はとても穏やかで、目は私を見るように見ているが、何も見ていない。

　　相変わらずの無邪気な笑顔。その瞬間、彼女の心の中で何かが崩れ落ちたような気がした。

　　彼女の頬を伝ったのは、ほとんど雨ではなかった。

　　"私は、嘘が好き" そう言って、彼女は涙を見せたくないのか、口を覆ってそっぽを向いた。

　　1時間ほど雨が降り続き、その間、背中合わせでほのかな温もりを共有した。

　　これが私、本当のヒデキです。

　　雨がやむと、私たちは無言でフラットに戻った。

　　そして、それぞれの部屋に泊まり、それぞれの朝を待ちました。

　　午前1時半、ユンシから「今でも、あなたは私のヒーローです」とメッセージが届いた。

　　誰もいない部屋でも、隅っこに隠れました。

　　"あなたは私を闇から救ってくれた" そして、「友達がいない私にいつも付き合ってくれて、発作が起きた時には数え切れないほど助けてくれた」と続けました。 あなたがいなかったら、私はたぶん絶望して死んでいたでしょう。"

　　彼女の言葉はあまりに大げさで、携帯電話の画面に向かって大笑いしてしまいました。

　　"本当だよ" 彼女はこう答えた。

　　"だから何？" "あなたに何かあったら 私もあなたのヒーローになる" と彼女は言った。

　　"女性にとっては、守護天使のような存在でしょうか"

　　"ああ、それで...................」。 その時は、私があなたの守護天使になります。"

　　そんな言葉には、まるで別のものが含まれているような響きがあった。

　　その翌日、彼女の姿は消えてしまった。

　　スペアキーは枕元に置いてあり、私が寝ている間に置いたのだと思います。

　　大雨の日以来、夕方の風は惨めなものになっていた。

　　半分死んだようなセミの鳴き声がだるく、道端のヒマワリは倒れた犬のように垂れ下がって、二度と頭を上げることはなかった。

　　夏が終わろうとしていた。

　　また一人で飲むようになり、一人で夜更かしするようになりました。

　　20日かけて築いた命のサイクルが、たった1日で崩れてしまったのだ。

　　建設が困難な分、崩壊は容易だった。

　　唯一良くなったのは食生活で、毎晩スーパーに食材を買いに行き、時間をかけて料理を作っています。

　　今では料理が娯楽になり、料理をしている間は静かに他のことを考えることができるようになりました。

　　料理の経験はなかったが、Yun Shihが料理をする姿を見て、自然といくつかの料理を覚えていた。

　　記憶をたどりながら、ひとつひとつの料理を再現していきました。

　　食べ終わって食器を片付けたら、またビールを飲んだ。

　　その後、彼女が残していったレコードプレーヤーで音楽を聴いた。

　　2人で聴くと居心地がよくて、1人で聴くと気持ちいいんです。

　　今は心地よい音楽に慣れてきたようです。

　　数日後、金城武から留守電が入った。

　　"ユン・シー "の真実を知りたいか？ 後でバーベキューで会いましょう" と言っていました。

　　私は携帯電話を枕元に置き、再び目を閉じた。

　　2時間後、電話がかかってきた。

　　シャワーを浴びて、新しい服を着て、バーベキューに急いだ。

　　......

　　"詳細な説明か、それとも短い説明か？" 金城武は、ビールを開けながら尋ねた。

　　私は数秒考えて、"詳しく "と言った。

　　真相を知るために必死ではあったが、できるだけ詳しく話を聞くのが一番だ。

　　"その場合、ずっと前から始めなければならない" 金城武は少しためらい、後頭部をかきながら、"もういいや、ここで白状してしまおう、どうせ終わったことだし "と安堵のため息をついた。

　　"少し緊張しています" 私はシャツの角を握りしめ、心臓の鼓動が速くなった。

　　"ユンシは幼なじみではなく、私たちのオリジナルプロジェクトの研究段階でのボランティアです。" 呉晋成は、「その思い出の品は、あなたが自分で書いたもので、私と数人の医師が移植を担当しました」と話し出した。

　　"私が編集した"？ なぜ？" と聞いてみた。

　　"完璧な思い出を作れる "って 言ってたから 金城武は「明らかに文章が完璧でなかった」と苦い顔をしていた。 チップを取り外すと考えることができるようになります。"

　　"彼女は私と協定を結んだと言ったが、詳細を知っているか？" と切実に訴えた。

　　"それはどうでしょう" 金城武はビールを一口飲んだ。"そういえば、ご両親はそのことを知っていて、みんなに隠してくれと頼んだそうですね"。

　　"みんなに隠してくれと頼んだのに？" 私は驚いて言った。よく考えたら普通だ、私のスタイルに合っている。

　　"もちろん、ひどい状況で、多くのことがうまくいかなかったので、記憶療法は完璧ではないということです。" 彼はため息をついた。

　　"ユンシはどうする？" 突然、衝撃の波が私の中に押し寄せ、私の魂は一瞬にして砕け散り、私は椅子に倒れ込み、物思いにふけった。

　　金成武は私に積極的に答えず、顔に喪失感の波を浮かべて、私に写真を渡した。"家に帰ったら情報を送るから、いつか別の抑制剤を受け取ってくれ、前のものは交換したと聞いた "と言った。

　　"あなたの家にスペアキーはありますか？" というようなことをふと思い出した。

　　"インアンドアウト" 金城武はぎこちなく微笑んだ。"とにかく、失われないように "と。

　　写真を撮ると、目の前に笑顔のユンシが現れた。

　　......

　　焼肉を食べて飲んで、あるときから焼肉屋は閉店に向かいました。

　　飲み過ぎて、全身が二重に気持ち悪くなり、目が充血し、めまいがして、喉が痛くなり、吐き気がして、余韻に浸りながら家に帰りました。

　　ひと眠りしたら、もう夜が明けていた。

　　お腹を鳴らしながら布団から這い出てきたが、残念ながら朝食を作ってくれた幼馴染の姿はもうそこにはなかった。

　　冷蔵庫を見たら、キャベツとオレンジジュースが少し残っているだけでした。

　　オレンジジュースを飲み干すと、かえって空腹感が増した。

　　私は寝直す代わりに、パジャマとサンダル姿で洗濯機の前まで歩いて行きました。

　　洗濯機に洗濯物を入れた瞬間、ドアの取っ手が動いたのがわかりました。

　　後ろ手でドアを閉めたまま、ドアが開くと無意識のうちに首をかしげていた。

　　それは、おそらく20歳くらいの女の子で、誰かのお葬式に参列したような服装で、長旅から帰ってきたばかりのような、やつれた顔をしていた。

　　手首は温かみのある翡翠のように白く、長く柔らかな黒髪が風になびいている。

　　そして、時が止まった。

　　彼女はドアを開けるポーズを、私は洗濯機のドアを閉めるポーズを、手を後ろに組んで行いました。

　　一瞬、言葉を失ったかのように、長い間見つめ合い、言葉は交わさなくとも、私の心はすでに千波万波を巻き起こしていた。

　　ついに私は沈黙を破り、彼女の名前をそっと読み上げた。"ユンシ？"

　　私は彼女の名前を呼んだ。

　　"あなたは誰ですか？" そして、彼女は私の名前を忘れてしまった。

　　レコードプレーヤーの音が止まり、リビングルームが静まり返った。

　　"終わったのか？" と小声で聞いてみた。

　　"そうだと思う" 蘊蓄は丁寧に答えた。

　　彼女はレコードプレーヤーに歩み寄り、そっとレコードプレーヤーの針を持ち上げると、慎重にレコードをめくり、再び針を置いた。

　　やがて、レコードプレーヤーの再生が再開された。

　　残念ながら、私たちはその質問に答えていませんでした。

　　ユンシが私にささやいた。

　　"A面の音楽が流れ終わったら、B面にフリップすること"