第11話 あのね、お兄ちゃんは仙台の

「あのね、お兄ちゃんは仙台の表早秋津神社で見つかったんだよ。なんか見つかった時にブツブツ言ってて、よく聞くと軍歌を歌っていたって」

 まあ、当時10歳の子供が迷子になって、自分を勇気づけるための軍歌なのか?

「先生、なんか全然違うことを想像しているみたいだけど、軍歌ってクサビ型文字の言葉とすごく似ているの」

「――!! ちょっと待て、今日、石板に書かれた文字を読んだ言葉はとても日ノ本語に聞こえなかったぞ!」

「考古学者ともあろう方が?!」

「そ、それってどういう意味だ?」

「だって、あの言葉は大和言葉よ」

「嘘だろ? 平安時代の「いとをかし」とか「あわれ」とか……、確かに親しみのあるリズムとテンポだとは感じたけど……」

「昔の発音は今の日ノ本語と発音が違うの。母音は八つ以上あるし、濁音の前にはンがつくしね。言葉は長い年月をかけて簡素化していくものなの。兄は軍歌を神代の発音で歌えるのよ。もっとも軍歌しか翻訳できないけど、歌としては一見の価値があるよ」

 一見じゃなくて一聞だろ?! そう考えたが余計なことは言わない。でないと……。

「三流考古学者、我(あ)が前に頭(こWうンべ)を垂(つわうれ)よ」

 なるほど、それが大和言葉の発音か?! ローマ字のヘボン式も伊達じゃないということだな。でも、人との距離感がつかめないコミ症は相手にしないに限る。

「開戸兄、ごめん。大した特技だ。今度ゆっくり聞かせてくれ。きっと、発掘にはなんの役には立たないだろうけど……。最後に残った吹戸はどうなんだ? 何か特別な力を神隠しの時に授かったのか?」

「ワイは奈良の息吹神社で見つかったんやけど……、気が付いたときに地脈に突き刺さる楔が見えたわ。ごつう荘厳な光景やったで~、なにせ地面が半透明で、地脈を流れるマグマみたいなエネルギーが竹の楔で滞ってたんや!! おかしなもんが見えるようになったんかって思うたで?」

「地脈を流れるエネルギーねぇ~、風水でいう大地のパワーが通る龍脈みたいなものかな。だけど、それが竹の楔で滞っているのは、良くないことなんだろうけど、それが考古学とどう係わるのか?」

「グワーッ~、我が右目に宿どりし邪眼が!!」

「じゃあ落ち着いたら、一度みんなが神隠しに遭ったという神社のペトログリフを見に行くか?」

「先生、そこは突っ込んでください!!」

「ウケル!!」

 吹戸は俺にツッコミを求めるな! それで開戸兄はなにが受けるのかホント、ムカつく奴だ。もはや、まともに聞いていないようだな。

「ハイハイ、みんな、かなり酔っぱらっているみたいだな。そろそろお開きにするぞ」

 飲み始めてもう二時間を超えている。三〇分前にこっそりオーダーストップしている。頼んだ酒やアテが来ていないことさえ気が付いていない。もうみんな満足しただろ? 俺も大体聞きたかったことは聞けたし、今の現場が終わったら、実際にこいつらが神隠しにあった神社に出向いてみるのもいいかとまで考えている。

 そうして立ち上がり、座敷から出ようとして、前を歩いていた根戸がふらついてコケそうになって、思わず抱き留めた。

「やだ~、せんせぇ~! どこ触ってのよ?」

「いや、腰を支えただけだろ?!」

「後ろから、がっついて!! 先生って三〇にもなって童貞なん? 」

「な、なにを!!」

 思わず、言葉に詰まったところで、根戸の決めゼリフがとどめを刺す。

「ちゃうのん、知ってたけど!! ワハハハハッ~」

 ノリはキャバクラ譲かよ!! でも、後半、セリフが変わっているけど……。

 ただし、真面目な瀬戸はそうはいかなかった。俺から根戸を引きはがし、ジト目を向けてきたのだ。

「先生、ごちそうさまでした。それじゃあ私たちはこれで失礼します」

 そういうと、二人は急ぎ足で行ってしまった。

「私らも!」「ワイもや」

 二人を追って開戸兄妹と吹戸も出ていく。

 会計のところにポツンと残された俺。

「せんせぇ、3万円になります。現金?それともカードで? 分割払い、いっとく?」

 にっこり笑って請求してくるおかみさん。知り合いだから学校まで押しかけてくる。学生時代に何度かやられて恥をかいたことがある。

「(奢らされた……)おかみさん……、3回で……」


◇ ◇ ◇


 形代ゼミの初飲み会から1か月近くが経っている。

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