第9話 開戸さん、ほかには何か書かれていないか

「開戸さん、ほかには何か書かれていないか?」

「そうですね。この地に流れ着いたニンスンとギルガメッシュに付き従う十三人は、火を噴く筒を持っていたらしくて、それらが火を噴くと号砲が鳴り響いたそうです。それに、ギルガメッシュの方はまだ、乳吞み子にもかかわらず、不思議な言葉を使い地震や雷を起こし、自然を操ったと書かれています」

「なるほど、鉄砲みたいなものを持ってきたわけだ。まだ、石斧や石包丁の縄文人じゃ太刀打ちできないよな? それに赤ちゃんが言葉をしゃべり、自然を操る不思議な力を発揮したんだ?!」

「先生、その呆れたような物言い……、信じてないでしょ!! 本当にそう書いてあるのに!! それで、結局一年ほどで墳墓は完成し、エンキドゥを埋葬した後、ルガルパンダ王の意志を継ぎ古代蛟龍を探す旅に出たとのことです。その一年の間に、色々とシュメール文明を伝授されたみたいで、言語やクサビ型文字もその一つみたいですね」

「開戸さん、ありがとう。そこに書かれていることが事実なら大変なことだけど……、開戸さんの言葉を事実だと裏付けるためには、これらの遺物をさらに調査しないとだめだろうな。さて時間も時間だ。今日の作業は終わりだ。ところで……」

 俺は手の甲に浮か んだ鱗型の紋様について聞こうとしたところで、三人の手の甲はなんの痕跡も残っていない。おかげで訊きそびれてしまった。あの紋様と彼女たちの力とは何か関係があるのか? 

 この発掘現場は、調査を始めてからもう1年近くが経っている。ここは道路工事のために行った緊急調査個所だ。後2か月ほどの調査が終われば埋めてしまう場所だ。

 俺的には大した遺物も出ないで、何事もなく調査が終わる予定だった。それが今日、オーパーツらしき物が出てきてしまった。放射性炭素年代測定が終わり、これらの遺物が四千年前ものだと認定されれば……、この恵山発掘現場も有名になるだろうし、その現場で指揮をとる俺もこの世界でメジャーの仲間入りだ。

 そこでハタと気が付いた。この幸運は訳の分からんチートを持った三人娘のおかげじゃないか?! 彼女たちの能力が神隠しや手の甲の紋様によるものだと、俺より注目を集めるに違いない。

 ここは彼女たちに媚びを売っとく?! いや、そうじゃなくて、知りたいのは彼女たちがどうしてこんな力を身に着けたかだろ? できれば俺もそんな力を身に着けたい。

 俺は会話が盛り上がっている吹戸に声を掛けた。

「吹戸、今日、この後このゼミの歓迎会をするんだろ? 俺も参加していいか?」

「先生、どうしたんです? あんまり興味なさそうやったのに」

「俺も今日の発見に祝杯を上げたくなったかな」

「ちゃうちゃう。うちらの誰かと付き合おうちゅう魂胆やないの?知らんけど」

「根戸さん、心外だぞ。俺は同じゼミ仲間としてもっと結束を固めようとだな……」

「思ったより今年のゼミ生は優秀ですからね」

 唯一静かだった助手席の瀬戸さんが冷静に返してきた。

「んっ、瀬戸さん、その通りなんだ。瀬戸さんを始め、今年はゼミ生に恵まれたよな。幸先のいいスタートも切れたし……」

「じゃあ、今日は先生のおごりで」

 開戸兄の抑揚のない喋りは冗談に聞こえない。というか、コミ症の開戸兄は相手の立場に立って物事を考えられないから、相手を怒らせるよな。

「あのな……」

「先生、今日の発見のおかげで、テレビやら講演会やら引っ張りダコ、本も出版して印税ガッポガッポですやん。ここは投資や思うて、女性陣の機嫌をとっとかんと」

 俺の言葉をぶった切って、吹戸が何とも魅力的なことを言ってくれる。世間ではこういうのを捕らぬ狸の皮算用って云うんだろうけど、大丈夫。勝算はある。

 十年前に世界中で新種ウイルスのバンディミックが起こり、その経済打撃からいまだ立ち直れないこの国は、一人当たりのGDPもお隣の国に抜かれ、先進国と言うのもはばかれるほど国力が低下、過去の栄光にしがみ付く政治家の無策のため、国内に閉塞感が漂っている。そんなときに起こったのが縄文ブームだ。

 遅れていると思われていた縄文文明が、実は世界的にも進んだ文明だったことで再評価され人気はうなぎ昇りだ。その縄文文明は、大洪水を逃れたシュメール人の末裔によって世界最古の文明シュメール文明がもたらされたことを俺が発表する。世界に先駆けた文明を引き継ぐ優秀な民族、いわゆる選民思想を刺激して、この国の人を力づけることになる。

 そうなれば売れるに違いない。日ノ本民族は選民思想が大好きだ。知らんけど……。

 まあ、色々思惑渦巻く駆け引き?だったけど、結局このメンバーで飲みに行くことになった。


 場所は……、俺のおごりなら、行きつけの安居酒屋で十分か。

 みんなを引き連れてやってきたのは、大学から1キロほど離れた海鮮の雑多なメニューが売りの大衆酒場だ。入口で知り合いのおかみさんに声を掛けると、都合よく座敷が空いていると案内された。

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