第8話 これは……、石版か?!
「これは……、石版か?!」
「うん。正確には粘土版にクサビ型文字が掘られてるの」
確かに、素焼きの粘土版にクサビ型の彫りがあるが……、これを文字と言っていいのか?
「開戸さん、何でこれがクサビ型文字だと断言できるんだ?」
石板と呟いた妹の方に投げかけた疑問だったけど、兄貴の方が答えた。
「早秋津(はやあきつ)神社の奥院にある巨石に刻まれているクサビ型文字と同じ」
まあ、たまに口を開くと色々と重要な情報が省略されていて、相手に伝わらないコミ症っているよな。その何とか神社のクサビ型文字っていうのは……。
「洋の言う通りなの。私たちが幼いころ神隠しに遭って、洋の見つかったところが表早秋津神社、そして私が見つかったところが裏早秋津神社の奥の院。そして、その両神社では隠れご神体として私たちが見つかった奥の院に巨石が祀られていて、その巨石の表面にクサビ型文字でペトログリフが彫られているの」
「ペトログリフっていうのは、古代に象徴となる岩や壁にデザインや文字が刻まれた彫刻のことだろう。確かに日本でも数か所、発見されているけど、ガセネタや偽文字といわれているぞ」
学生相手にムキになっても……、だけど、その時代に日本には文字はなかったというのが定説だ。考古学者としてそこは譲れない。
「そんなことないよ。これはシュメールで使われていたクサビ型文字なの!!」
「そこまで言うなら、開戸さんたちはこの文字が読めるんだよね?」
荒唐無稽な発言に、俺は意地悪な質問でこの兄妹に無理難題をぶつける。アマチュアが色々とペトログラフやクサビ形文字を研究してはいるみたいだが、まだ解読できたという話しは聞いたことがない。だけど、この開戸妹は自信満々に答えた。その左手の甲には瀬戸や根戸と同じように鱗型の紋様が浮んでいる。
「うん、『×△◇・#%&“+>?』と書いてある」
「――あん?」
開戸兄を除く周りのみんなは、ポカンと口が開いていた。全く聞いたことがない言語。いや、どこか懐かしいイントネーションは雑音ではなく。親しんだ言語に近い。
「分からないの? この墳墓は、ウル王国から流れ着いたお妃様ニンスンを守った近衛騎士エンキドゥと、そのお妃様がしがみ付いていた方舟の残骸を埋葬したと書いてるんだよ」
自信満々に答えた開戸妹。本当にそんなことが書いてあるのか? クサビ文字が読めるっていうことも驚きだが、その内容っていうのが……、状況はまさに瀬戸の言った通り。さらに具体的な固有名詞まで? ウル王国って言うのは、シュメール神話にでてくる古代都市ウルのことなのか?
それに方舟っていうのは、旧約聖書のノアの方舟の元になったと言われるギルガメッシュ叙事詩に出てくる方舟のことなのか? 確かにクサビ型文字はシュメール文明で使われた文字だけど……。
「ウル王国っていうのは? 方舟っていうのは? 何かそこに書いてあるか?」
「ちょっと待って、そうね、ここに書かれているわ。
『!$“&#*{+ぃ目%#}』だって、つまり、ウル王国は海路で西に一万キロほどいったところにあった国だって。その国がアヌンナキっていう神に蹂躙され、最後は神の御業の大洪水で押し流された。その時、ウル王朝の王ルガルパンダは王妃のニンスンと子のギルガメッシュを方舟で逃がした。ニンスンはアヌンナキが恐れる古代蛟龍の封印場所を目指して東に海路を進んだ。
ニンスンの行方を追うアヌンナキの宙船に方舟は発見され、攻撃されて方舟は海中に沈んだ。その時、ニンスンを守って死んだエンキドゥのお墓って書いてある」
「ちょっと待て、ウル王国にルガルパンダだって?! 本当にそう書いてあるのか?」
俺の声が興奮で大きくなる。シュメール神話と一致する。しかも地理的にも西に一万キロで合っている。
ウル王国いうのは六〇〇〇年前、中東に現れたシュメール文明の王朝の一つで、ルガルパンダというのはその王国の最後の王だ。さらにルガルパンダの王妃の名前はニンスンだったはずだ。
さらにアヌンナキというのはシュメール神話の神で、アヌンナキが自らの遺伝子とサルの遺伝子を掛け合わせて人類を作り出した人類創造神話に出てくる神だ。
開戸妹が言っていることが事実だとすると、シュメール文明はアヌンナキが滅ぼしたということになるんだが……。史実では人類最古のシュメール文明は四千年ほど前に忽然と痕跡も残さずに消えている。でも、それはチグリス・ユーフラテス川を南下して、他の民族と融合したためだと学会では定説だ。
実はシュメール文明はアヌンナキに滅ぼされ、その王妃は方舟で厄災を逃れて、日本にやって来ていただと?
とんでもない出土品に頭が付いていかない。そんな俺に新たな発見の報がもたらされた。
「先生、粘土版の下にさらに粘土版があります」
「本当か!! それはなんて書いてあるんだ?」
故人のお墓なら、石板に残されるのは墓碑銘(ぼひいめい)だろう。この国だけでなく世界中に見られる風習だ。故人の偉業や軌跡みたいなことが書かれているはずだ。
「えっと『&%$」#)(&!*+{})*?+』かな。没年シュメール歴四千年7月20日、エンキドゥここに眠る。ニンスンとギルガメッシュ王子を方舟の爆発の衝撃から身を挺して守ったと功績を讃えるため、ギルガメッシュが建立すると書かれています。どうやら、ギルガメッシュはこの第五環状部落の長となり、墳墓の造成をこの地の人民に命じたようです」
「マジか?! シュメール文明が誕生して四千年後、いまから四千年前で地層的にもあっている? だが第五環状部落って?」
「この集落の名前みたいです。第五っていうのは……、五番目? 五種? どう表現すれば……、とにかく同じ目的の集落が五か所以上あるみたいなの」
この集落の環状っていうのは環濠集落(周囲に濠(ほり)を巡らせた集落)のことか? 第五っていうことは第五王朝って意味なのか? しかし、この集落の規模からして、三百人最盛期には五百人はいただろう。それらの民衆を流れ着いたわずかの間に制圧したのか? にわかには信じられない話だ。
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