第5話 時間はすぐに過ぎるもので

 時間はすぐに過ぎるもので、週末の土曜日はすぐにやってきた。

 ワンルームの下宿に住む俺の部屋は散らかっている。万年床の横に一人用のこたつ台。トースターに食パンを突っ込み、スイッチを捻る。焼けるのを待つ間にインスタントのコーヒーを入れ、テーブルで一息。俺は寝間着代わりのスエットから座椅子の背に掛かっている作業服に着替えたところで焼けたパンにマーガリンを塗り、口に頬張る。

 俺のいつもの朝食スタイルだ。

 そして、スマホで天気とメールをチェック。雨の心配もないし、工事現場の監督からも問題になるような報告は入っていない。

 さて、ユンボで、目的の遺跡のある地層まで掘り下げてきたところだ。遺構も発見できた。おそらくこの遺跡は、今から4千年から3千年前ぐらいの縄文時代の集落で間違いないだろう。あとは規模だが……、まあ、これは掘ってみてからだな。

 そんな風に今日の予定を考えながら、コーヒーを啜る。

 どうせ、ゼミの連中は来ないだろうから……、まずは大学に行って道具を積んで……、作業車のバンで現場にいくか。

 一日のスケジュールが決まると腰を上げ、下宿を出ていく。

 ママチャリで函館五稜郭大学に向かう。函館五稜郭大学はこの函館市に校舎がある。さらに、今日出かける恵山岬は、北海道と本州の間の関門海峡の左右に飛び出した岬の右側の岬の東側の出っ張りにあたる。反対の西側には函館山のある大鼻岬がある。ざっと地形を説明してみたけど……、どこを顔に見立てて大鼻と言っているのか俺には理解に苦しむところだ。

 俺が校門の見えるところまで来たところで、見たことのある顔を認めた。俺に気が付いたのか?占い少女の瀬戸さんが手を振ってきた。スポーツブランドのジャージは体の線がはっきり出ていて、彼女は思っていたよりずーっとスタイルがいい。

 こんな美少女に手を振られて悪い気はしない。俺は挨拶代わりに小さく手を挙げる。

「来た来た。みんな、先生が来たよ!」

 瀬戸さんの声に、後4人、校門伝いの壁の裏から姿を現したのだ。

「金くれるっていうから、来ちゃったよ。ちゃうのん?」

「大丈夫だよ。きっとポケットマネーから上乗せしてくれるよ。ね、可愛い教え子だもん」

 瀬戸さんに続いて口を開いたヤンキー風貌の根戸ルリは作業服というより特攻服(とび職人)ふうで、ロリっ子の開戸ミヒロはだぶだぶの作業服を着るというより着られている感じがほんわかしている。

 俺が講師になって最高のハイスペックギャル女の子全員が参加とは、これは俺の人徳か? 

「先生、この前の授業が終わった後、親睦会をやろうゆう話しになったんやけど、なかなか集まる機会がなくて、仕方なく発掘作業の後に打ち上げを兼ねてやろうやちゅう話しになったんや」

「朝から酒を飲むのは学生として不謹慎だから、暇つぶしで先生に付き合うだけなんで……、青春には常識っていう壁が付きものだし」

 うん。人徳は関係なかった。吹戸はムードメーカーでまとめ役らしく、このゼミの親睦を図るべくみんなに声を掛けたんだ。俺にはなかったけど……。

開戸洋……、お前らが仲良くなるための障害がこの常識人の俺様なんだ。――絶対超えられない壁になったろうか?!

「形代先生、そういうわけで全員参加や。酒代も稼がなあかんし、これからどうするん?」

「――、ああっ、そうだな。車をあそこの倉庫の前に回すから、道具を積んでくれ。発掘調査場所はここから1時間ほどの折津川の河口だ」

 吹戸の問いにそう言い残して、俺はバンを止めている駐車場に向かう。ゼミのみんなは反対の方向の倉庫にぞろぞろと歩いていった。

 自転車を自転車置き場に置き、大学名の入った旧式のタウンエースに乗り込み、倉庫の前に車を回す。

 そしてみんなに指示して、ジョレンやスコップ、それに細かい作業をするためのシャベルやクギ、それに発掘した遺物を入れる籠を積み込み、みんなを車に乗せると一路、恵山発掘現場に向かったのだ。


 座席順に運転席に俺、助手席には瀬戸ミズエ、2列目には開戸ミヒロと洋の双子の兄弟、そして3列目には根戸ルリと吹戸主人の関西コンビだ。この座席順は大正解だった。しゃべり続ける関西二人を遠ざけることで運転に集中できる。

 ドアミラーを確認するたびに目入る瀬戸はスマホをいじったまま、後ろの会話には入ろうとしない。少し気まずさを感じ瀬戸に話しかけた。

「瀬戸さんは苗字からして、海の近くの出身かな?」

「うん。実は父親が函館の出身、今は両親は東京に住んでいて私だけがこの函館に下宿しているけど、小さい頃はこの辺に住んでいたよ」

「そうか、瀬戸さんだけが里帰りした感じか~」

「里帰りって、函館はあまり好きなところじゃない。10歳の時行方不明になって、2日後に神社で見つかったらしいんだけど、その間の記憶がないの……。とにかく怖かった思いしかなくて……」

 とんでもない話が飛び出した。余計に気まずくなりそうだと言葉を選んでいると……。

「嘘でしょ。私たちも10歳の時、神隠しにあって地元の神社で発見されたんだよ」

「マジか! わいもや」

「マジ! うちもやし~、知らんけど」

 瀬戸のカミングアウトに、他の四人にも同じような過去を訴えてきたのだ。

 それにしても……、行方不明に神隠し? そんな経験を持つ五人が揃ったなんて?! とりあえず、初めに話した瀬戸に話を振ってみた。

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