第4話 そのビラにはこの町の教育委員会主催で

 そのビラにはこの町の教育委員会主催で、新設する道路工事に伴う発掘調査の作業員の募集が書かれている。興味を引くように埴輪クンのイラスト付きだ。まあ、今回の発掘現場は今から約四〇〇〇年前の縄文時代の遺構で、埴輪じゃなくて土偶が時代的には正解なんだが……。細かいツッコミは無しだ。

 そこで、手を挙げた吹戸。さすが関西出身。コミ症の多い文学部には貴重な人材だな。このゼミのムードメーカーに任命しょうか?! などと考えつつ吹戸を指さした。

「先生。オチは?」

「はあ~?」

「先生、オチは無いんでっか?」

「普通、オチなんかないぞ。しいて言えば埴輪じゃなくて土偶が正解だな。この函館市で発掘された道内で唯一の国宝『中空土偶の茅空(かっくう)』の発掘されたところよりやや海よりの恵山岬の方の発掘現場だ」

 これだから関西の奴は! オチはお前の埴輪顔だろうが! むっとする俺に助け船が……。

「先生、ウ・ケ・ル・」

 抑揚のない平坦な助け船だ。開戸洋『双子の兄』の方か! ギャグに対してシビアな関西人が関東人に言われて一番気分の悪い言葉が「ウケル」らしいが、関西人じゃない俺も気分が悪くなる。別に笑いを取りに行ったわけじゃないのに、なんでお前から上から目線で評価されなきゃいけないんだ。

「全く、何が「ウケル」のか。そこに書いてある通り、興味のある奴、金がない奴、暇な奴、大募集だ。

 調査隊の隊長は俺だ。授業で発掘調査報告書のまとめもやるから、考古学で食っていこうって奴は参加した方がいい。発掘作業はお宝探しじゃないからな。掘るだけじゃなくてこういう文章作成こそが重要なんだ!」

 少し強い口調で云う。考古学をインディージョーンズのような大冒険をイメージしてやってくる奴もいる。また、手先の器用な奴は発掘された土器の破片から復元することが仕事だと思っている奴もいる。しかし、監督者となると、文章を書くことが一番の仕事なのだ。デスクワークより、外の体を動かす方が性にあっていると飛び込んだ考古学の世界は、レポートの山というのが実態だった。

 俺のそんな思いなど気にせず、渡したビラを飛ばしているヤンキー娘。

「自分、熱心にバイトを薦めるんやけど、うちらのバイト代、ピンハネするんちゃうん? 知らんけど」

 根戸、知らんかったら云うな。ネタでも事実ぽく聞こえるやろうが! それに相手のことを自分っていうな。と言っても、万葉の時代であれば、二人称を自分と言うのは正しい。大勢を相手にするときは一人称が自分、二人しかいないところでは二人称が自分、それが時代を経へると、一人称の自分だけが残り、二人称の自分は関西でも京都、大阪あたりでしか残っていない。

 とマメシバ雑学を披露したところで、ツッコミが……。

「先生、御託はいいから授業を進めてください。私は占いで吉と出たら行きますので」

 瀬戸の優等生発言にはっと我に返る。瀬戸の怒りを押し殺したプレッシャー。でも、来るか来ないかは占い頼みとは……。そこは笑うところですか?


「ああっ、悪い。それじゃあ授業に入る。発掘作業に興味が湧く話をしよう。

 縄文時代とは縄目の模様が付いた土器が作られていた今から1万5千年前から2300年前までの1万年以上続いた時代だ。

 今回発掘調査をする場所は、地層的には四〇〇〇年前ぐらいの縄文時代の中世期。火焔型土器やアクセサリーなど、後期には実用的になっていくこれらも、この中期ではおしゃれでゴージャス。派手な文化が花咲いた時代と言える。

 教科書では縄文時代の服装が鹿の毛皮で、石斧持ってウホウホって生活をしていたように書かれているけど、服はちゃんと布の衣服を着ていたし、アクセサリーはヒスイやべっ甲、それにサメの歯などで作られたペンダントやネックレス。漆塗りのたて櫛やシカの角のかんざしや土器のピアスまであったし、髪型だってお団子にしたり編み込んだり、トレッドヘヤーの人もいて、多種多様だ。

 実際、縄文時代にはそういった装飾専門のクリエーターがいたみたいだ。狩り採集なんかしないで、一日中、そういったことを試行錯誤していたみたいだ。縄文時代の代表的な火焔型土器があるだろう。あの燃え上がる炎を模したゴージャスなファイヤーパターンとフォルム。実はあの土器を再現する技術は現代でも大変難しいものだ。

普通に作ると途中で壊れてしまったり、飾りが取れてしまったり、それぞれの工程で    どんなタイミングで行っていたのか不明な部分が多いんだ。


 粘土の特性を知り尽くしたクリエーターがいたと考える方が自然だろう。

 どうだ、そんな火焔型土器やアクセサリーを発掘してみないか。一度そんな埋蔵物に取りつかれると沼にはまること間違いないぞ。先ずは今週末の土曜日、恵山発掘現場に行ってみないか?」

 毎年新たな受講生にかますありがたい講話だ。自分も早くこんな発見ができればいいなという願望そしてツリだ。そういうわけで、毎年その気になる奴は必ずいる。

「ええなぁ~。国宝級を発掘して、いきなりメジャーデビューで一角千金。わいユーチューバーを目指してるんで、発掘現場をビデオに撮ってもええですよね」

「ああっ、元々、記録用に撮ってるから別に構わんよ」

 その気になった吹戸に許可を出す。ただし内心は(こっちとら学生の頃を含めれば一〇年間、地道な作業を続けて、宝くじを当てることはできなかったんだそんなに甘いもんじゃない)と牽制しておいた。

 まあ、いずれにしろ、考古学の楽しさや発掘調査の重要性は、十分に生徒たちに理解できたであろうか(いや、そんなはずはない)……。敢えて反語表現にしてみたが、俺の言いたいことは言えた。後は生徒たち次第。こうしてファーストコンタクト、最初の一限目を終えたのだった。


◇ ◇ ◇


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