息先

何気なく終わっていく日々を

積み重ね続けた結果、

11月を手前にしても尚時間を貪っていた。

それに気づいたのは昨日。

いつものように夜中

スマホを弄りながら思ったのだ。

ああ、10月が終わる、と。


受験本番の日はみるみるうちに

近づいてきては濃く大きな影を落としてくる。

私はその波に呑まれながらも

残された時間で抗うように

もがくことしか出来なかった。


歩「…。」


思うように成績が伸びず、

感情に任せて自室にて

暴れてしまいたいと思う時すらあったが、

片付けが面倒なことが過り

不貞寝するようにベッドに転がった。

ショートスリーパーが故に

本腰を入れて眠ることは出来ず

悶々と悩み続けるのみ。

悩む暇があればさっさと勉強しろ。

そう何度も自分に対して口にする。

けれど、考えているふりをしていると

どうにも未来を見据えているような

気になってしまう。

そこから無理に抜け出すようなことも

しようと思わなかった。


気を紛らわせるように

溜まっていた使用済みの

皿を洗ってはまた席に着く。

そして少しだけ勉強しては

スマホに手が伸びた。

どの受験生も秋になると

必ずしも壁にぶつかると言っても

過言ではないと先生は口にした。

その意味が漸く身に染みて理解できた。

ころりと転がっては

無駄に天井を眺めて、

長々とこれからのことを考え、

時折これまでのことを振り返った。


こうも大の字になって

思い出すことといえば、

美月と共に閉じ込められた

あのマンションの一室だった。

特に、文字の泳ぐ四面。

どこを眺めても日記の文字が揺蕩っており、

留まることなく動き続けるものだから

酔ってしまうかと感じたほど。





°°°°°





最後に天井に流れる文字を

薄まる意識の中、視線でなぞった。


11月12日。


歩「……あ…。」


『暗い雰囲気、放っておけなかった。』


忘れるなよって

語りかけられているような感覚。


『感じたこと

 辛かった。』





°°°°°





11月12日。

2年後のその日は

もうすぐで訪れるらしい。





°°°°°





花奏「………………あの…さ。」


歩「何?」


花奏「…私、変われる…かな…。」


歩「…。」


花奏「幸せ、に……なれるのかな…。」



---



歩「全部変わるよ。」


花奏「…!」


歩「先ずは色々な事を声に出してもいいって知る事からかな。寧ろ今ここで言わない方が迷惑くらいに思っていいんじゃない。」


花奏「………ん…。」


歩「負けるな。」


花奏「……………ぅん…っ。」





°°°°°





歩「…よし。」


もうひと頑張りしよう。

あの時の小津町の頑張りを知ってる。

諦めずに頑張ってたことを知ってる。

なら、私だって負けてられない。

諦めてられない。

再度机に向かっては

暫く目を離すことはなかった。

朝焼けが部屋の隅を照らし出す。

今日も学校のある日だった。





***





歩「…。」


花奏「でな、そこで周り見たらさ、足元にあってん。」


歩「あんたの目が節穴なだけでしょ。」


花奏「いいや、充電器は一瞬神隠しに遭ってたんや。何回もそこ通っててんもん。」


歩「馬鹿馬鹿し。」


花奏「そんなこと言わんと、ほら、慰め待ち。」


歩「はいはい。」


小津町は相変わらず

私のいる教室に立ち寄った。

今は全授業も終えて

ホームルームすら終了しているので

皆帰りの準備をしていた。

人によっては既に

教室を後にしている人もいた。


時には長束も混じって

わいわいと騒ぎ出すものだから

変な気がして止まない。

これまでの2年間、

こんなことは1度たりともなかった。

こんなこと、というのも、

自分の席に誰かが集まってくるということだ。


花奏「あ、そや。今週末図書館行かへん?」


歩「ん、いいよ。」


花奏「やった!テストも終わったしモチベーション保ちづらかってん。」


歩「そう。」


花奏「歩はどう?最近。」


歩「ま、ぼちぼち。」


花奏「あはは。そっかぁ、一緒に頑張ろうな。」


何かを受け取ったのだろう、

軽く笑って明るく放っていた。

どうしてこのひと言で

何かを感じ取れるのか

甚だ疑問だったのだが、

よくよく考えてみれば

少しは納得がいった。

私であれば、調子が良ければ

それ相応に明瞭に

返事をするだろう。

回答をぼかしているあたり

あまり上手くいっていないのかなと

勘繰ったのかもしれない。


からり。

小津町が背負っている鞄が

彼女によってゆらりと揺らぐ。

その通学鞄には、

夏の滲む青いイルカのストラップが

ひとつ孤独に踊っていた。

ふと自分の机の上に置いてある

鞄に目を向けた。

すると、白いくまと目があった。

この2つのストラップは

目元や手触り等違うので、

作っているメーカーは違うと

勝手ながらに思っている。

だからこそ、ペアでつけているという

感覚はないのだが、

どこか心の中に繋がれているものがあった。

それを窮屈と思うのか、

心地よいと思うのかは私次第だろう。


花奏「じゃあまたね。」


歩「え。」


花奏「え、って?」


歩「もっとしつこく来るかと思ってた。」


花奏「あぁ…そうやねー…受験前やし、歩もやりたいことあるんやろうなって思って。」


歩「気ぃ遣ってんだ。」


花奏「純度100%の優しさやで。」


歩「はいはいどうも。」


花奏「受け取ってすぐ売らんといてや?」


歩「そこまで非道じゃない。」


花奏「それもそっか。」


少し理解に時間のかかる言葉を

するりと手から落としては、

彼女はそのまま教室を後にした。

教室からは数人分の机の上が

からからに空いており、

既に帰宅したと見て取れた。


私も鞄を肩にかけ、

学校に設立されてある図書館へ向かう。

そして、赤本を眺めては

今のところ気になっている

大学のものを手に取った。

確か学校での貸し出しがあったはず。

そんな情報を片隅に生息させておいて

よかったとつくづく思う。

赤本を買うとなると

結構な出費になるものだから

長い間渋っていたのだ。


回想はさておき、

赤本を借りては図書館を出る。

すると、窓からは緩やかに

日差しが差し込んでいた。

冬場らしい日差しの柔らかさで、

なんとも言い難い居心地の良さがあった。


歩「…すぅ………ふぅ。」


深呼吸をすると、

改めて学校の匂いを感じ取った。

こうも香りに対して

意識を向けるようになったのも

小津町のせい、またはおかげだろう。

これまでの私なら

確実に目を向けることのなかった現象だ。

近くにはいないタイプの

人間だったのだと窺える。


「歩じゃないですか!」


歩「…あ。」


声をかけられたと思えば、

聞いたことのある周波数で

すぐに誰なのか予想することができた。

特徴的であるからか、

誰もがその声を聞けば

あいつだとわかるのではないかと

思っている節があった。


羽澄「こーんにちは。わ、赤本…。」


歩「そ。」


羽澄「一般受験でしたっけ。」


歩「うん。あんたは?」


羽澄「羽澄も一般ではあるのですが、防衛大学校なので本番が早いんです。」


歩「ん?待って、いろいろ突っ込みたいところがあるんだけど。」


羽澄「へ?」


歩「防衛学校だっけ?」


羽澄「防衛大学校です。」


歩「って、何するところなの。」


羽澄「とてもざっくりいうと自衛官になりたい人が進学するところですかね。」


歩「なるほど。それで、受験本番はいつなの。」


羽澄「来週の土日です!」


歩「早。」


羽澄「学力テストと、後は口述、身体検査があるんです。」


歩「身体検査もあるんだ。」


羽澄「はい!こっそり自主練してたんですよ。」


歩「勉強の方は?」


羽澄「頑張ってます!」


歩「なら何より。」


関場は幾分か成長しているように

私の目には映った。

どこがどうと問われれば

何ひとつとして答えることは出来ないが、

強いて言うなら雰囲気だろう。

大人びた、又は未来について

冷静に考えることが

出来るようになったといえばいいか。


5月あたりの関場からは

考えられないほど

天真爛漫としており、

そして、明るい目をしていた。


歩「あんたが話しかけてくるなんて意外だった。」


羽澄「そうですか?」


歩「これまでなかったでしょうが。何でいきなり。」


羽澄「うーん…そうですね…何となくなんですが、今なら出来るって思ったんです。」


歩「そんなもん?」


羽澄「そんなもんです!多分、歩自身の角が少し取れたのもあるのかなって。」


歩「は?」


羽澄「あ、そういうところは変わってませんけどね。」


歩「余計な。」


羽澄「そんな刺々しないでくださいよ。」


歩「…まあ、あんたも変わったんだと思うよ。」


羽澄「そうですかね。」


歩「5月ん時よりは断然マシ。」


羽澄「あー…それはそうですね。」


関場は照れるように

首の裏へと手を持っていっては

数回掻いてだらりと力を抜いた。

皆、変わっていっているのだと

不意に感じることが多くなった。

ただと日常会話の中ですら、

立ち振る舞いの中ですらも。

そりゃあ時間が経ているわけだ。

私さえこんなにも変化があった。


気づかない間に未来へと向かい、

今を捨て去って変化しているのだと

思わざるを得ない。

同級生の皆は、受験に向かって

各々で努力しているのだと

手に取るように分かったのだった。


私も。

私も、それに続きたい。

そう思う力が確と強くなっていった。

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