第51話 打診

 さりげなく意中の人は目の前の人物であると切り出すにはどうすればいいだろうと考えをめぐらしているとナタリーが先に口を開く。

「それでしたらお妃付きの護衛の方も必要になりますね?」

 やや意表をつかれた質問だったがアーデバルトは歓心を買おうとした。

「ああ。当然だ。妻の安全を図るのは夫の務めでもある。安心できるように人選には心を配るつもりだ」

 それを聞いたナタリーが我が意を得たりとちらりと笑みを漏らす。

 アーデバルトは胸が高鳴った。

 か、可愛い。

 わずかな笑みではあったが滅多に見られない貴重なものだ。それを目にすることができたアーデバルトは幸せと言えるだろう。

 心が浮き立ち高揚感に包まれる。腕の中でこの笑顔を独占することをアーデバルトは胸の中で誓った。

 その思いを打ち砕く無慈悲な言葉がナタリーから発せられる。

「それでしたら、私をその任に当てて頂けないでしょうか?」

 ナタリーからすれば精いっぱいの媚びをみせた。将来の就職先を手に入れるために必死である。

 自分の姿態でアーデバルトを懐柔できるとは思ってはいないが、不愛想にするよりはいいだろう。

 アーデバルトの脳にゆっくりとナタリーの言葉が浸透した。

 妃の護衛になりたい。

 婉曲的な表現ではあるが、アーデバルトのことを拒絶しているということだった。

 目の前がぐるぐると回る。

 少々艶めいた幸せな想像にふけっていたアーデバルトは不意打ちに狼狽した。一体私の何が気に入らないのだろうか?

 額にしわを寄せて真剣に考える。

 ベルティア教国との戦いでもここまで頭を悩ませたことはなかった。

 ドーラスの町からの饗応は如才ないゲオギロスに任せているので手抜かりはないはずだ。今日のお茶会だってもてなしの内容に問題はない。先ほどまで美味しそうに食事をしていた。となるとやはりこの私に魅力がないということなのか?

 嫌がらずにもう少し体を鍛えておくべきだったかもしれない。今のままではナタリーを抱えて寝台まで運ぶのは無理だろう。それとも自分より背が低いというだけでときめかないということなのか?

 千々に乱れる気持ちにアーデバルトは自分の外見が険しいものになっていることに気が付かない。

 目の前の顔がみるみるうちに曇るのを見てナタリーは自分の望みが叶えられないことを悟った。

 妻を迎えるにあたり護衛の人選は済んでいるに決まっている。もしかしたら先方への打診も終わらせているだろう。

 そんな状況にのこのことやってきて大事な護衛の仕事を与えてほしいと言われれば呆れない方がおかしかった。

 あの四人の姫君たちと自分の関係がしっくりきていないということも報告されて聞いているに違いない。

 面倒くさがらずにもう少しへりくだっておけば良かったという後悔が浮かぶ。

 しかし、もう過ぎた話だ。

 ナタリーは笑みを消して頭を下げる。

「殿下。不躾なことを申し上げたことお許しください。お忘れいただければ幸いです」

 心の整理がつかず言葉を探しているうちにナタリーの表情が平板なものになるのを見たアーデバルトは悟った。

 婉曲的に断りを申し入れた以上はもう笑顔を見せるつもりもないのだ。

 内心の歯ぎしりを隠しつつ鷹揚に答える。

「いや。突然の言葉に驚いただけで他意はない」

「お心を騒がせて申し訳ありません。ベルティアとの戦いでお疲れのところに変な申し出をして恐縮です。そういえば、此度の戦では大活躍をされたとか。ぜひお話を伺いとうございます」

 戦勝という景気のいい話は無難な話題だ。

 お互いに砂をかむような思いを味わいながらも、お茶会は表面上は和やかなうちに終了した。

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