第23話 自信家の男

 声が聞こえているのかいないのか、ナタリーを見つめ続けるバクードの姿に部下はしびれを切らす。

「若。警備が厳しくて手を出しかねていたんですよね。潮が溢れれば、混乱するから今夜だって話だったじゃないですか。こっちに人手を割いているみたいだし、早く動かないと」

「じゃあ、お前が半数率いて適当に暴れて来い」

「そんな。半数じゃ誰かをかどわかすなんてできっこ無いですよ」

「そんなことは分かってる。適当に騒ぎを起こして引き上げろ。無理はしなくていいぞ。手付の半金はもう貰ってんだ」

「それで若は何するんですか?」

「そりゃ決まってんだろ。彼女にいいところを見せるのさ」

 バクードは片手を挙げて掌をくるくると回し手下に合図した。水がしたたる上着を脱ぎ捨てると港の方に歩み出す。

 着やせするタイプらしく、引き締まった上半身の筋肉を躍動させた。

 他の陰から数人の人影がにじみ出る。土嚢を置いてある倉庫に向かった。

「通りがかりの旅のもんだが手を貸すぜ」

 一糸乱れぬ連係プレーで土嚢を運び出す。

 いつもは金持ちの倉庫から金目のものが詰まった箱を運び出していた。物が違うが手渡しリレーでの物の受け渡しには手慣れている。

 ナタリーがその様子に目を止めると、にかっとバクードは笑った。夜目にも鮮やかな白い歯をひらめかせる。

 ナタリーが軽く顎を引いて認知したのを認めるとバクードは今まで以上に張り切り周囲に声をかけた。

「おい、もう少しだ。頑張ろうぜ」

 加勢を得て、ほどなく土嚢の堤が完成し、波止場を乗り越えてくる波は土嚢にぶつかって飛沫をあげる。

「どうやら間に合ったようだな。嵐もピークはすぎたようだし今夜を乗り切れればもう大丈夫だろう」

 港の荷役監督が胸をなでおろした。

 土嚢を保管してあった倉庫の一つに作業をしていた者の顔がそろうと荷役監督はねぎらいの言葉をかける。

「俺達だけじゃ、とても間に合わなかったろうぜ。大したもんはねえが、これで温まっていってくれ」

 蒸留酒のびんの栓が次々と開けられる。体を震わせていた連中が歓声をあげ殺到した。

 バクードはそれには目もくれず、他の者から少し離れた場所にいるナタリーに近寄っていく。

「姉さん。いい手際だったな。ほれぼれしたぜ」

 ナタリーは雨に濡れて服がぴったり張り付き体の線が露わになっていた。呼吸に合わせて丸みを帯びた形の良い膨らみが上下している。

 いい景色だぜ。バクードは心の中で賞賛した。

 あまり胸を凝視しないように視線をあげる。

 両手をあげて髪の毛から水気を絞っていたナタリーがバクードに向き直った。

「兄さんも一糸乱れぬ動き、大したものだったね」

「お褒めに預かり光栄だね。おっと、名乗りがまだだった。俺はバクード。隊商の頭をやってる。水もしたたるいい男だろ?」

「随分と自信家だね。私はナタリーだ」

 二人は握手をかわす。バクードは部下を手招きして、大きな布を受け取るとナタリーの肩にかける。

「今は熱いかもしれないが動かないでいるとすぐに体温が下がる。あまり体を冷やさねえほうがいい。それにその恰好はちょいと刺激的すぎる」

 ナタリーはバクードの精悍な顔に目を向けた。

「私の体だ」

「俺は嫉妬深いんでね。他の男の視線にゃさらしたくねえ。それで、こんな時間だが、もっと落ち着けるところでゆっくりと……」

 そこへ闇を切り裂いて、笛の音が響いた。応援に来ていた姫君の護衛たちに緊張が走る。緊急事態を告げる笛だった。その瞬間にはナタリーは表に駆け出している。バクードはぼやいた。

「あともうちょっとだったのに。間が悪すぎるぜ。まあ仕方ねえか」

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