157◆観光馬車と国王様からのお便り◆
冬が過ぎて、また1年が始まった。家族と過ごす以外の日々は、商会業務は全てテイカーにまわして、俺はひたすら研究開発に没頭している。制御系のおもちゃが作れるようになり、映像と音も作れるのであれば、携帯液晶玩具もいけると思ったからだ。
前世では、パターン液晶と呼ばれる、複数種類の決まったデザインパターンを点灯することでゲームを遊べる『ゲームヲッチ』や、『ミニテトスリ』というパズルゲームが大流行した。それが発展し、世界的大ヒットとなったペットを育てる『たまごっぴ』を筆頭に、いろいろな携帯液晶玩具が世に出た。
俺は、携帯液晶玩具……中でも『たまごっぴ』は、玩具としての完成形の1つだとで、『たまごっぴ』の先はないと思っている。無理やりその先にあるものを上げるのなら携帯ゲーム機となり、それは玩具の枠を越えたものとなる。
その完成形の1つである『たまごっぴ』のような液晶玩具を、俺はこの世界で作ることにした。
ところがここで問題が1つあった。技術的なものではなくモチーフの問題だ。この世界ではペットを飼う習慣がない。犬と猫という2大生物がいないのだ。山猫やイタチ、狼みたいな魔物はいるが、飼って愛でる対象ではない。『たまごっぴ』は宇宙生物とかだった気がするが、その概念もこの世界の人には分かりずらく受入れにくいはずだ。謎生物としてもいいが、魔物と思われたらどんな風に言われるかわからない。一応この世界のエヨン教は魔物を打ち倒してなんぼの宗教だから尚更だ。
技術的に開発できるかどうかに加えて、モチーフや世界観も考えねばならなくなり、必然的に開発は長期間に及んだ。
◇
「ようこそ!東の領都ユーガッズへ!」
夏のとある日。領都の高級宿屋の前で、十数人の楽隊が観光馬車隊を華々しく出迎えた。花びらを散らし、降りてきたお金持ちのお客さんを気づかいながら宿の中へと案内していく。
昨年は試験ツアーだったが、今年から観光馬車ツアーが本格稼働している。その第1弾が到着したのだ。
降りてきたお客さんは若者から老人と幅広い層で、全部で20人。ツアー費はかなり高額なので、当然全員が富豪だ。これから領都内の高級宿屋を数件、順に宿泊しつつ、スーパー温泉施設『イーストスパランド・ザナドゥ』でゆっくりしたり、東辺境伯のお城ツアーをしたりと観光を楽しんでもらう。
俺は食堂で、お客さんを出迎えて話をしつつ、道中のヒアリングをする予定でいる。
「皆さん、ようこそ東のユーガッズへいらっしゃいました!私は『スタープレイヤーズ』の代表、リュード・サプライザーです」
「おぉ、あなたが巡遊伯爵ですか!」
「まさかお会いできるとは!」
「本日は皆様に、この食後のお時間をいただきまして、道中の我が商会の差配などはいかがであったかなど、お話をお伺いできればと思います。そしてこの観光馬車ツアーで皆さまにお配りする特製アイテムも私から、お渡ししたいと思います」
ツアー中は途中の町で宿泊する以外にも、風光明媚な場所であえて野営をしてもらう。全員に『ポケットファイア』を配っており、自分で火を点ける体験からの特製バーベキューや煮込みを作るアウトドア体験だ。客によっては、行商時代を思い出すねとしみじみすることもあれば、初めての体験で楽しんでくれたりもする。
馬車の幌には『スタープレイヤーズ』のロゴが大きく描かれており、屈強な冒険者の護衛達もいる。馬車の幌の上に登ればルーフバルコニーから眺望が楽しめ、寝るときは馬車の中は2階建て構造になっており、1回のカプセルベッドのようなエリアで、野営とは思えないほどゆっくりと休むことできる。
食材とシェフを積んだ専用の馬車もついているし、エヨン教の癒しの魔法を使える人間も一緒にいる。水などもこのために水魔法の適性がある人間をスタッフに入れているし、現時点でこの世界における最高の旅だと思っている。
「いやぁ、道中の食事や寝るところですが、あれですね、町で宿屋に泊まるよりもよっぽど楽しかったです。もう少し野営を増やしていただいてもいいぐらいですよ。ハハハハ」
「帰りの道も野営をするタイミングがありますのでご安心ください。しかも帰りには、このユーガッズで養殖している白身の魚の料理もお出しできると思いますよ」
「それは楽しみです!!」
「ご婦人方で、男の私に言いにくいことなどがある場合は、あちらの『スタープレイヤーズ』のミュカにお伝えください。可能な限り対処させていただきます」
何人かの女性がミュカの方に行く。後で確認したらトイレ事情だった。試験ツアーの時にも問題が出たので超有能なゴミ分解魔物のスライム式トイレの馬車をつけた。ただ少し不満があったようなので、女性達の意見を取り入れて改善の指示を出しておいた。具体的にはトイレ馬車は男女別で用意するのと、トイレ休憩を少し多めに設定するように指示を出した。
「それで巡遊伯爵、このツアーの特製アイテムというのは…」
「そうですね、お待たせしました。皆様、既にご存じの通り、このツアーにご参加いただいた方には、幾つか我が紹介の商品をツアーのプレゼントとしてお渡ししております。出発前にお渡しした『ポケットファイア』もその1つです。そして今からお渡しするのは、これです!」
俺が皆の前に出したのは、フィギュアだ。なんのフィギュアかと言えば、この観光馬車ツアーの馬車そのものだ。馬と御者、お客さん人形と冒険者もセットになっている。馬車の幌部分はカバー上になっており、取り外せば中身の2階建ての構造もわかるようになっている。少しデフォルメをかけているので、全体のイメージとしてはかわいいものになっている。
前世のおもちゃで上げるなら、森の動物のドールハウス遊びなんかが近い。
「まぁ、かわいい!」
「これは、私達の乗ってきた馬車ですね」
「今回の旅の記念にということで。お1人につき1セット差し上げますので、あわせると馬車隊も作れますよ。ちなみに馬車隊は、東と西と北で、幌の色とデザインが異なりまして、これは東専用のものです。他のルートもこの記念品になっているので、よろしかったら西と北にも観光に行ってみてください」
「巡遊伯爵、『スタープレイヤーズ』商会は以前から商売上手だと思っておりましたが、今回の旅で、さらに深くそう思いました」
「全くです。商会長の座は息子に譲り、今回のツアーに参加しましたが……、王都に戻ったら、ちょっと息子に喝を入れんとならんです」
「その前に、王都に戻ったら北と西のツアーにも申し込まねばなりませんな」
「予約取れますかしら?今回の東も抽選で当たったから来れたのですし」
「馬車隊の出発時期や台数も徐々に増やしていく予定ですので、もう少しお待ちください。とりあえず明日は領都を観光いただき、明後日は東の名物の『イーストスパランド・ザナドゥ』で宿泊となります。温泉は最高に気持ちいいですよ!……では東の旅をご堪能ください」
観光ツアーも変なトラブルもなく、好評でよかった。馬車の使い心地や実地でのテストは俺が東と王都を行き来するごとに行っていたが、昨年の試験ツアーは一緒に行くことができなかったし、ツアーの本番にも俺は参加できていない。なので、ずっと不安には思っていたのだが、それが解消された。俺は満足して宿屋を後にした。
◇
国王様からお叱りの手紙が俺の屋敷に届いた。何に対してかのお叱りかと言うと、先日国王に渡した『アイ・スフィア』だ。『アイ・スフィア』は、水晶玉のようなアイテムで、上部にあるのぞき穴から見ると、王国各地の風景が静止画で再生されるものだ。いろんな景色が見えるが、国王様のものにだけ、湯煙美人が低確率で再生されるようになっている。手紙の内容は要約するとこうだ。
『リュードへ。昨年の冬、お前から渡された品々はとても良いものだった。それは感謝している。おもしろかったし自慢もできた。だが、1つ言いたい。何か仕込んだんだったら事前に言え。湯煙美人が出てくるのはいい、あれは素晴らしい。もう少し見えてもいいくらいだが、それはいい。ただな……あれを王妃が見た。よりによって王妃だ。なんと言われたかわかるか。『こんなものを作らせて、あなたは何をしているのですか』だぞ。結婚以来の1番の冷えた目だった。今度王都に来たとき王妃に会え。そして『あれは全て私の責任で作りました、決して作れと言われたわけではありません』と言え。だがモノには罪はない。湯煙美人は確実に需要がある。湯煙美人だけが見える秘密の品を作ってもいいくらいだ。そのときは俺の資産から支払う。わかったな』
手紙を読み終えて、何言ってんだ、このおっさんと思いつつ、この手紙を王妃に見せたらどうなるだろうかと想像したら笑えてきた。
前世でも、ビデオテープだったり、インターネットだったりの普及はエロが牽引したとも聞いた。このメディアを進めていくのに、こういう路線も必要かもしれない。ただ俺しか作れない技術なので、今そういう商品が出来たら全て俺が作ったとばれてしまう。記録器具をセットにしたデジカメみたいなものを開発・生産して、あくまで俺以外から、その発想でてきたことにしよう。そうしないと俺もレイレが怖い。
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