156◆音声機構の開発◆



 音の録音・再生ができることがわかったため、俺の研究開発にさらに熱が入った。ステラとジョイの成長イベントを楽しむのもあるので、国王様や各辺境伯には「今、最高におもしろいの作ってるから巡遊はなし、冬の王都にも行けないので、ごめんね」と手紙を送っている。


 ちなみに、そのステラとジョイだが、この2人もなかなか熱い。何がかというと言葉を話すようになってきているからだ。ちなみに最初に覚えた言葉は、「ママ」「パパ」「まんま(ご飯)」とかではなく、「だぁおん」「ういおん」だ。意味はそれぞれドラゴン、グリフォンだ。うちの子達は大丈夫だろうか。





 制御ができるようになったことで、開発がはかどりまくった。音系で初めに作ったのは、簡単な再生のできるものだ。前世だと、ボタンを押すと2つか3つの音声を再生できる涙型のおもちゃがガチャガチャでもあった。ほとんどそれと一緒だ。


 録音は、映像を録画するVRゴーグルみたいな器具の耳版を作った。夜の魔石に録音するので、夜属性の魔法適性がある人でないと扱えない。ヘッドフォンの形状をしているが、耳を覆う形ではなく、半円状のパーツを耳の後ろからあてたような、集音する、より音が聞こえる構造になっている。前世でいけばガンマイクという握りのついたマイクなどもあったのだが、魔法、そしてイメージが優位なこの世界では、耳で聞こえたものがそのまま録音されるという、録音技術者がわかりやすい形をとることが大事だったので今の形になった。


『だぁおん!』


『ういおん!』


『きゃっきゃっきゃっ!』


「という感じで真ん中のボタンを押すと、録音した声が順番に再生されるんだ。仮だけど、『ボイスピット』という名前で考えてる」


「すごい!ステラとジョイの声が聞こえます!」


「この間の魔物のおかげですね!リュード殿、こ、これはうちの子が喋ったときに、ぜひ!」


「ハイマンずるい!あたしも欲しい!リュードさん、いいよね!?」


「もちろんだよ、っていうか、やばいよね、かわいいよね。うちの子達」


「いやいやいや、私とミュカの子こそ至高でしょう」


「馬鹿ね、誰もが自分のところの子どもが可愛いに決まっているじゃない。ねぇ、パイロ。一番はあなたですよー」


 最初に作ったのは、ステラとトイの声が聞こえる再生機だ。我ながらいいものができたと思っており、レイレも手を叩いて喜んだ。『スタープレイヤーズ』の皆も、喜びつつ、自分達の子どもの録音も頼んでくる。ちなみに、全員自分達の子どもの姿を録画した『メモリースター』は当然のごとく持っている。





 次に開発したのは、1曲分まるっと音楽を聞くことができるアイテムだ。この世界では生演奏が基本で、裕福な貴族でお抱えの楽団とかでもいない限り、好きなときに音楽を聞いたりすることはできない。ちなみにそのお抱えの楽団をもつ代表的な貴族と言えば、エリザリス西辺境伯だ。変身ものの演劇をやる前から、西辺境伯はお抱えの楽団も持っていて、音楽方面における文化を推し進めている。


 できあがった音楽再生機は『サウンドフラワー』と名づけた。夜魔石1つでは、録音時間が足りなかったので、中央に制御用の魔石を配し、その周りに6つのメモリー用魔石をつないで、直径10センチほどの平たい花のような形にしたためだ。先々では前世にあった音の圧縮などを制御系に組み込みつつ、もっと大容量の音楽媒体にしていければと思っている。


 この『サウンドフラワー』は中央の魔石の上に、百合の花の形をした拡声管と風魔石を一緒にした再生機を置くことで、音楽が流れるようになっている。その姿は前世で古い時代に合った蓄音機やレコードのミニチュアのようだ。ちなみに、再生機には制御機構を入れてあるので、リピート再生も可能だ。


「「「「「…!!!!!」」」」」


 『サウンドフラワー』から流れる音楽を、信じられないものをみたという顔つきで、皆が口を開けたまま聞き入っている。今流れているのは、王国内で平民から貴族まで皆が一度は聞いたことのある子守唄だ。


「この再生機を別の『サウンドフラワー』の上に置くと、他の曲も再生できるよ」


 俺は、数枚用意したうちの1枚の上に再生機を置いてスタートボタンを押す。そこからはギターの旋律と手で打つリズムにのせた、力強く語りかけるような、叫ぶような声が響いてきた。冒険者の悲喜こもごもと、その先にある希望をテーマにした良い歌だ。なんかいい録音ネタでもないかなと領都の食堂に繰り出したとき、いつか王都で聞いた吟遊詩人の2人組のユニットを発見したので、その場で事情を話し、録音させてもらった。歌声の後ろには食堂の喧騒もミックスされており、臨場感に溢れている。再生して気づいたが、これ、この世界発のライブ音源ってやつだ。


 皆の反応はどうだろうかと伺ってみると、最初は不思議な顔をしていたが、けっこう良い反応を返してくれたので、近いうちに屋敷によんで他の曲も録らせてもらうことに決めた。





 さらに映像系で制御を組み込んだ試作も作った。ただの水晶玉のように見えるアイテムだが、天頂にのぞき穴が付いている。手に持ってのぞくことで、穴の中に、様々な景色が再生される仕組みだ。俺が見てきた景色を10枚以上ランダムで再生されるようにしており、前世のおもちゃで言うなら観光地で売っている子どもデジカメ(中は海の生き物とかがフィルムで映し出される)の豪華版だ。


 映像は、冬景色の北辺境や、スカイランタン祭り、西の劇場の様子、東の武闘大会、南の海、海産物の料理などが詰まっている。量産して、観光馬車ツアーの受付時に、お客にのぞいてもらって期待値を上げてもらえるかとも思っている。『アイ・スフィア』と名づけ、皆に披露したがこれも反応は上々だった。





 『ボイスピット』『サウンドフラワー』『アイ・スフィア』の3つは、各辺境伯と国王様分を作成した。俺がこうやって作る試作や作品を、彼等は寄り子の貴族や部下に見せて自慢すると以前話に聞いた。


 自慢された貴族達も面倒くさいことだろうと思っていたら、新しいもの、面白いものをみることは楽しい上に、そこから生まれた量産品などが辺境伯達から何かの折に褒美として与えられたりすることもあるので、彼等からすると俺の試作を持ってこれる親分は素晴らしいとなるそうだ。


 そういった事情を踏まえた上で、俺は国王様の『アイ・スフィア』にだけ仕掛けを1つ施した。見れる映像の中に、低確率で湯煙り美人を入れておいたのだ。湯煙美人は、温泉の縁に腰掛ける美女が映っており、大事なところは湯気でギリギリ見えないようになっている。表向きは「国王様が喜ぶかと思いまして……」と答えるつもりだが、内心では、寄り子に見せて笑われればいいと思っている。双子の成長を見守る機会を俺から取り上げた仕返しだ。いや逆恨みだということは自分でも理解している。



 季節は既に冬に入っていたが、今から発てば冬の中頃、社交シーズンには充分間に合うため、俺は身支度をして試作と一緒に領都を出た。『スタープレイヤーズ』の他のメンバーはいない。開発部のモービィと、小盾使いのリント、モヒカンと舎弟と一緒に王都へ向かった。この4人はせんだっての魔物退治をがんばってくれたので、冬の間に王都観光でもして羽を伸ばしてもらおうと思っている。


 本当は、テイカーに試作を持って行ってもらって、3辺境伯と国王様に説明をしてもらうと同時に、テイカー自身の売り込みにもなればと思っていたのだが、それをやると子どもの成長を見守る機会を奪ってしまうのではと思いなおし、泣く泣く自分で持っていくことにしたのだ。


 一通り、試作を渡して説明した後、数回社交パーティに出席し、俺は冬のうちに王都を出て、また領都に戻ってきた。湯煙美人で国王様に怒られる前に帰りたかったのと、まだまだ開発をしたいものがあったからだった。



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