155◆風と夜の魔石◆
「うわぁぁあ!たっ、たすけっ!!」
「おぉぉおおぃぃぃいい……」
森の奥に近づくにつれ、悲鳴や人の声の響く頻度が増していく。薄暗さも相まって、恐ろしいことこの上ない。俺を先頭にし、モービィ、リントと続き、モヒカンと舎弟はその後に、最後尾はハイマンだ。皆が頭上も含めて警戒してゆっくりと進んでいく。
ある程度進んところで、木立に反響していた悲鳴や声がぱたりと止んだ。後に残るのは恐ろしいほどの静寂。鳥のさえずりも無く、生い茂った頭上の木々は太陽の光を遮断し、昼のはずなのに忘れられた夜の中にいるようだ。あきらかな何かの気配はしないのだが妙な圧迫感がある。
「ちぃっ!」
小盾を構えたリントが尻もちをついており、頭を防御したその盾には、4本の爪痕ががっつりと刻まれていた。
「は、早いですっ!」
リントの声が聞こえた瞬間に、俺は首筋に熱を感じ、大きく上半身をそらした。同時に斜め上から俺の避けた空間を裂くように黒い影が通り過ぎ、目の前にサフッと柔らかい音を立てて着地した。
全身が深緑色の豹と狼を足して横に平たくつぶしたような姿をした魔物だった。頭の位置が俺の胸くらいのところにあり大きい。ネコ科特有の縦に長い瞳孔が、薄桃色の目の中に浮かんでいる。知能のある目だ。俺達を伺うようにじっと見ている。平べったい長い尻尾がゆらゆらと揺れている。探られている……そう感じた。
「う、うわぁあぁ~~っ!」
咄嗟に俺は、後ろを向いて逃げ出す。皆に何かを伝える余裕はなかった。背中を向けているこの状態は確実に無防備だ。後ろで気配が動く。長年苦楽を共にしてきた『スタープレイヤーズ』であれば俺の行動に気がついてくれるだろうが、即興のチームのため、どこまで連携が取れるか分からない。それでも、俺はチームを、仲間を信じた。
「っら!めぇ!ロスっ!」
興奮したモヒカンの舌ったらずなセリフと同時に、地面に前転飛び込みして魔物の攻撃を避ける。起き上がった俺が顔を上げると、地面に倒れこんだ魔物とその体に絡まる3本の網があった。網は、モービィ、モヒカン、舎弟が投げたものだ。慌てふためいて逃げる演技をしてよかった。こうでもしないと、この魔物は俺達の前から姿を消して、2度と現れなくなる気がしたからだ。
網は拘束できるような強度の強いものではないため、魔物もすぐに引きちぎって立ち上がる。だがメインはそれじゃない。網の先には、小さい卵のような球が複数ついており、中にはトウガラシ等の動物の苦手とする刺激的な粉末が入っている。俺達は、俺特製のマスクをつけ目と口と鼻を防いでいるが、暴れるたびに目と口に入る強烈な刺激は、魔物にとって相当きついはずだ。
木の上に駆け上がって、1度は逃げた魔物だが、数歩先でぎゃふぎゃふ言いながら落ちてきた。どれだけ賢かろうと、目も鼻も口の中もやられていれば、満足に動くこともできない。俺達は、暴れる魔物に今度は頑丈な網をかける。網は魔物の体にどんどん絡みついていき、すぐに魔物は身動きできなくなった。
「おぉぉおおおおーーー!」
「た、たすけてーーー!」
「もぉおおーーー!」
最後のあがきなのか、魔物から悲鳴や牛の鳴き声などでたらめに上がる。だがその口は動いていなかった。俺はハイマンにロングメイスで魔物の頭を、鳴かなくなるまで執拗に殴ってもらい、完全に動かなくなったことを確認してから、口に剣を差し込んで止めを刺した。
「ふはぁ!」
少ししてから皆でマスクをとって、深呼吸する。ただでさえ薄暗い中、マスクによって視界も防がれ呼吸も苦しく本当につらかった。皆で地面に座り込んで息を整える。
「いやぁ、すごかったっす!ちなみに、兄貴はあのとき、『だらぁ!てめぇ!殺す!』っていってました!」
「リュードさん、何なんですか、この魔物!死ぬほど怖かったです!!」
舎弟がモヒカン兄貴の通訳をし、リントが感想をもらす。感想には、俺も同感だ。特に最後の死ぬ間際にあげた人間の悲鳴やら牛の鳴き声やらの声は恐怖以外のなにものでもなっかった。
「いやぁ、本当に倒せてよかった。皆、お疲れさま…。3人が網を投げてくれてよかった。あぁしないと、たぶん逃げられてた」
薄暗い森の中で、俺達は少しの間、休憩をいれた。いつの間にか鳥の声も戻ってきている。倒れた魔物の死体を眺めるが、本当に不思議な、そして逃していたら不味い魔物だった。
「村に戻って解体してからだけど、モービィもだいたい種はわかってるでしょ?」
「はい、想像がつきます」
「よし、じゃあ、それ引きずって帰ろうか。モヒカンと舎弟とハイマンでよろしく。疲れたら交代するから言って」
「ういっす、まかせてください!」
◇
村に戻った俺とモービィは、魔物を丁寧に解体していった。そして胸部の真ん中に思った通りのものを見つける。
「ほら、モービィ、風と夜の魔石だ」
「ですね、写映石と同じってことですよね」
「そう、それの音版だ」
この魔物は、獲物となる生物の声を録音して、好きなときに再生することができる。森という自分の得意なフィールドに、その声で獲物を誘い込み襲って食べる。人間の声も録音されているという事実が、嫌な気分にさせてくれる。そういえば前世でも、狩りをしに地球を訪れた宇宙人が、人間の声を真似て獲物をおびき寄せる描写のSF映画があったのを思い出す。
「でもリュードさん、夜と風の合成魔石は、なんかもやっとした風が出るだけで、この魔物みたいなことはできなかったんですが……」
「あぁ。たぶんそれはね、そういう風にプログラ、いや、そういう風に組まれてなかったからだと思う。領都に戻ったら実験だけど、たぶん普通に音を録音して再生できると思う」
「夢が……広がりますね!」
「あぁ、おもしろいものがいろいろ作れそうだ!」
こうして、久しぶりに新種の魔物を討伐した俺達は、意気揚々と領都に戻ったのだった。
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