154◆新種の魔物◆



 秋のある日、東辺境伯が俺に魔物の調査・討伐を依頼してきた。


「リュード、南との領境に行ってくれんか。見たことのない魔物が南で見つかって被害も出ているらしいのだが、どうも東辺境に流れてきそうだという報告があってな」


「見たことのない魔物?」


「うむ、ギルド長、説明してやってくれ」


「はい。巡遊伯爵閣下、ご無沙汰しております」


「うん、ギルド長も久しぶりです。というか説明にギルド長自ら?」


 俺の前にいるのは、領都ユーガッズのギルド長だ。冒険者ギルドには、俺もかなりお世話になっているが、依頼をこなすだけでなく、俺の屋敷の警護派遣や魔石買取などで、それ以上に貢献もしている。そのため関係は良好だ。


「はい、いずれギルドとして正式な依頼をだすことにもなるでしょうし、放っておける問題でもありませんから。ただし、それはその魔物が東辺境に入ってからで、最初は被害の出た地域の町のギルドからになってしまいます」


 ギルド長の説明によると、現在は南の領地にその魔物が出没していて、被害が増えているという。辺境の中でも山脈や魔の森が近い地域では、そういった新種の魔物がたまに出てくるそうだが南に出ることは珍しいという。


 その魔物は、深緑色の大きな体をもち、全身が剛毛に覆われていて剣や槍はあまり効かないと言う。森から森へと転々として、近くの人間や馬などを襲う。被害の前には、不審な物音や人の声などが森から聞こえてくることから、警戒するように村々に通達が回っている最中とのことだ。


「不穏な空気がする。今までに聞いたこともない魔物なのでな、リュードに依頼をする話になったのだ、さらに言えば、南の騎士はとにかく弱く、怖がりで被害は広まる一方だ。とはいえ、一番困っているのは領民だからな、対処できるなら東に入っていなくても構わん、南には何とでも話しておく」


 ちなみに南一帯は、国王一族の治める土地だ。領都は南の貿易港カプラードで、取りまとめ役は現王の弟の公爵となる。その息子の1人が西辺境伯の次女カタリナ姫と結婚しており、その姫の婚礼用の光るドレスを俺が製作している。


 カプラードでは、公爵本人やその一派から俺に声が掛けられることはなく、俺も特に用はなかったので挨拶に伺うようなこともしなかった。一度国王様との雑談の折、公爵の話が出たことがある。


 公爵は、商人や職人に無理難題を吹っ掛けるので有名で、俺から挨拶に行かなかったことを腹立たしく感じているらしい。その反省を促すために、公爵一派から声をかけることは控えていると言われたが意味不明だった。国王様も、面倒くさいからお前は会わんでいい、俺が適当に相手しておくと言われた。話がそれた。


「わかりました。ではメンバー揃えて向かってみます」





 子どもの世話で大変な『スタープレイヤーズ』の女性陣はお休みだ。レイレは「久しぶりにそういったのにも行きたいですね。剣を本気で振りたいです」と言って一緒に来ようとしたが、子ども達も生後1年と少しだし、肩慣らし程度の依頼に収まるようには思えず我慢してもらった。


 『スタープレイヤーズ』のメンバーでは、テイカーは商会の仕事で残し、俺とハイマン、開発部のモービィだけである。モロクはまた王都へと商隊警備の仕事で向かってもらっているため不在だ。戦力的に、もう少し欲しいところでだったので、ギルドで中堅以上の冒険者に依頼をかけた。


 すぐに参加者が集まった。辺境警備兵から冒険者に転身したリントという青年は、以前に武闘大会で俺と戦ったことがある人間だ。小剣と小盾を巧みに使い、けっこう強かった。


 加えて、東に着いたばかりの頃、冒険者ギルドで絡まれたため、ぶっとばしたモヒカンの兄貴と舎弟の2人の冒険者も加わった。兄貴の名前はモックスで、舎弟の名前はロッサムと名前を教えてもらったが、俺の中ではモヒカンと舎弟と記憶されてしまっており、今後もそう呼んでもいいかと聞いたら、「モヒカンがなんのことかわからないすけど、リュードさんにあだ名をつけてもらえたなら、それでオッケーす!」という返事だった。舎弟の方は「っす」とだけ言っていたので、たぶん良いのだと思う。


 魔物の様子から、事前に用意できそうなものを幾つか用意しておいて、俺達は南の領境付近へと向かった。





 この世界の情報伝達は遅い。南との領境に着くよりも2つ手前のとある子爵の領内に、その魔物はすでに侵入していた。俺達は、被害にあったという村で事情聴取をした。


「村の近くの森の中で悲鳴が聞こえた」


「森の中で牛の泣き声がした」


「何人かがしゃべっている声が聞こえた」


「2日前、不審者を叩きだそうと森に入った村の若者数人が襲われ、1人を残して全員やられた」


「その後、大勢で鍋とかを叩きながら森に入って、遺体を回収した」


「若者の1人は食われていて、食べ残した跡だけがあった」


「黒っぽいような緑ぽいような影はみた気がする」


 幾つか集まった証言を聞きながら、対象となる魔物を想像していくが、その姿はどう考えても、ろくなものではない。俺達は村人達を交えて複数チームを作り、付近の森を周囲から調査することにした。すると、村からかなり離れた森で、不自然な鳥の鳴き声や悲鳴が聞こえたという情報が入ってきたので、俺達は急いで準備をしてそこに向かった。




 冒険者で組んだチーム、かつ全員ベテランなだけあり、捜索の手順は誰も何わずとも手慣れたものになった。俺、モービィ、モヒカンが地面を中心に足跡や糞などの痕跡を探し、ハイマン、舎弟、リントが周囲を警戒する。


「地面に何の痕跡もない。話に聞く大型の魔物なら、足跡の1つもないとおかしい」


「樹上性でしょうか?」


「その可能性が高いね。モービィ登れる?」


「はい、ちょっと待ってください」


 装備を降ろし、小柄なモービイがするすると器用に木を登っていく。降りてきて首を横に振ると、また次の木に登りを繰り返して4本目。


「ありました。爪痕ですかね。4本、表面を抉るようについていたので、爪は少し曲がっているかもしれません。この木には2つしか痕がなかったので、飛び回る感じかもしれません」



「あぉおぉぉぉぉーーっ!」


「!」


 そのとき、森の奥から悲鳴のようなものが聞こえた。俺達が、じっと様子を伺っていると全く同じ声が何度も何度も響いてくる。


「鋭い爪を持つ樹上性、牙ともしかしたら角なんかもあるかもしれない。あの声は獲物を引き寄せるための魔物の罠、たぶん相当賢いと思う。人間は怖がっていないけど、数が増えると面倒だから逃げる。たぶん、この人数だと餌だと思ってる…という感じかな」


「剣や槍は効きますかね?」


「どうだろう、硬い表皮や全身棘とかだったりすると厳しいかも。基本効かない可能性が高い前提で考えておこう」


「どうしますか?」


「あえて罠にのっかる。声の方に進む。全員に渡したあれを持って、機会があれば投げて。皆、マスク着用」


 俺達はさらに森の奥深くへと進んでいった。



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