153◆フローチャート◆
冬になって王都へと出てきたが、観光馬車計画の打合せから指示、王都施設の監修、たまに入る社交パーティなどを行っているうちに、あっという間に冬は過ぎた。
夏前に子どもが生まれる予定のテイカーとハイマンもそわそわして、上の空だったので、俺が仕事の一部を引き継いで王都に残り、2人は春になってから早々に東へと返した。出産には間に合うはずだ。
ネックレスにして肌身離さず持っている『メモリースター』で毎晩、レイレと双子の画像を見ている。帰りたくてしょうがない。モロクに酒と愚痴につきあってもらいながら、何とか仕事をこなした。観光馬車隊の試験ツアーも滞りなく送り出し、俺が東へと帰ってきたのは夏の半ばのことだった。
◇
「あばぶぶ」
「びゃあぁ」
俺の前に、ずいぶん体格のいい丸まるとした赤ちゃんと、少し縦に長いスマート体型の赤ちゃんがいた。体格のいい方がハイマンとクロナの子ども、スマートな方がテイカーとミュカの子どもだ。
「皆おめでとう。いやー賑やかになったね!名前は?」
「私達は、パイロと名づけました。男の子です」
「あたし達はマリーだよ。見ての通り女の子だよ!」
女の子だったのか。下手に性別言わなくてよかった。しかし、全員無事で、産んで、産まれてくれてよかったと心から安堵する。
ステラとジョイもちょっと風邪をひいたり、発疹が出たりとちょっと大変だったりしたらしいが、概ね元気にしていたそうだ。そして、うちの2人がすでにヨタヨタと歩いていることに注目したい。
そう…俺が王都に行っている間に、ハイハイからの、つかまり立ちからの歩きまでのイベントを完全にクリアしてしまっていた。それを知ったときの俺は、これまでの人生における最高レベルの敗北感を味わった。そんな大事な時期に誰が俺を王都に呼びやがった、あの漁師の元締めみたいなおっさんか、あいつだな…俺が心の奥で怒りの炎をめらりと燃やしていると、レイレがハイハイをする2人の短い動画が記録された『メモリースター』をプレゼントしてくれた。ちょっと涙がこぼれた。
◇
屋敷の温泉風呂を家族で楽しみ、旅の疲れも癒えた数日後。その日の午後、俺は双子達の部屋でおもちゃで遊ぶステラとジョイをボーっと見ていた。しつこいくらいに要求された抱っこと変顔を披露し終えて、ぐったりとしている俺と、もうお前の出番は終わったとばかりにそれぞれにおもちゃで遊んでいる2人。
ステラは俺の作ってあげた積み木を積んだり、積もうとして崩したりを繰り返している。ショイはグリフォンの幼児用ぬいぐるみを抱きかかえて、天井からぶら下がって揺れているモビールを見ている。モビールは、何枚かの木片や金属片を糸などで吊るし、それらがバランスを保ちながら、ゆらゆらと微妙に動くようになっているインテリアの一種で、赤ちゃんの頭上にもよく飾られたりする。このモビールも俺特製でモチーフは原色カラーの星々だ。最初は剣とか魔物とか冒険者とかにしようと思ったが、赤ちゃん用モビールのモチーフとしては不適切なので止めた。
その積み木とモビールを見ていた俺の頭に、ふとフローチャートが浮かんできた。
フローチャートは、業務上の手順や流れ、コンピューターアルゴリズムの流れを視覚的にわかりやすくした図のことだ。長方形や円や、ひし形などの図形に各アクションを定義して、その図形同士を線でつなぐことで次のアクションにどう移行するかがわかるようになっている。前世では、工場の作業や品質チェック手順、商品問い合わせ時の対応マニュアル、液晶玩具などの企画仕様書など、多くの場面で活用してきた。
そのフローチャートのイメージが、薄紫の夜属性の魔石に重なった。そして俺の脳にビシャリと雷が落ちた。
「あぁ……っ!!!そうか!!それならできるのかもっ!!!」
1度は諦めたアイディアやネタを、本心ではどうしても捨てきれなくて、無意識で手探りを続けているときがある。意識の俺は完全に忘れているのだが、無意識は常に頭の中で、入ってくる情報からヒントになるものはないか、これとこれを足したら解決できないか……などと動き続けている。そしてその解が唐突に訪れる。
以前に諦めた夜属性の魔石を使った制御系システム、その手掛かりを得た。俺は使用人に双子をまかせて、即座に研究室へと走っていった。
◇
昔、クロナに、幻覚の魔法の実験を試してもらったことがある。俺とテイカーに何も告げずに同じ幻覚をかけてもらい、見えたものがそれぞれ何かを言い合って同じかどうかを確認するもので、結果、幻覚は一緒のものだった。
また今『メモリースター』には、見たままの映像を記録できるが、これは見たものをそのまま記録させやすい器具を使っているというだけで、やろうと思えば、自分の好きなイメージを記録することができる。
これらから察するに夜魔法は術者本位、術者の望むようにできるものだと俺は理解した。火や風などの他の属性は縛りがありそうだが、夜属性は寛容だ。でなければ術者の脳内イメージなどと言う曖昧なものを取り扱えるはずがない。
そして、それはイメージに限ったことではないと考えた。ゴーレムの動きは間違いなく夜の魔石に組み込まれていた。ならば、その制御だって寛容にあっていいはずだ。ゴーレムがロボットぽい感じだから、マイコンみたいなものだから、理路整然としたプログラムのようなもので組み込まれていなければならない……と思い込んでいた。
俺は、俺のやりたい方法で、夜の魔石を制御マイコンに変えることができるはずだ。縛りとしてあるのは、魔石の縁に入出力のラインがあることくらいだ。あとは制御するための核になる思考法……つまりフローチャートでもって挑戦してみよう。
◇
ともあれ、まずは俺の発想でいけるかの試作だ。俺は、三角形にカットした夜の魔石を用意した。それぞれの縁には、ゴーレムの入出力ラインとして使われていた木の根みたいものを粉末にした上で、いつものスライム粉で溶かして作った棒がある。これを魔道ラインと呼ぶことにする。魔道ラインの先は1本を風の魔石、1本を昼の魔石につなぎ、最後の1本は入力スイッチとなる小さい夜の魔石を取り付ける。
次に、研究室の壁に備え付けた黒板に、大きな三角形を描き、その中にフローチャートを書いていく。そのチャートは前世ではありえない変則的なものだ。ポイントは3辺の魔道ラインの入出力がそのままチャートの構成要素になっていることだ。それぞれの辺の近くに、その魔道ラインの定義付けを書き込む。
〈このラインにつながる昼魔石を5秒間起動する〉
〈このラインにつながる風魔石を3秒間起動する〉
〈このラインにつながる夜魔石の入力反応を感知し、次のフローに移行する〉
こうして定義付けをしたラインの入出力に、さらにフローの先を書き加えていく。
〈夜魔石からの入力〉
↓
〈分岐:現在、何らかの魔石の出力処理を実行中?〉
→〈はい:その入力は無視される〉
→〈いいえ:次に以降〉
↓
〈入力の回数を記録:上限は10(11回目は1回目として処理される)〉
↓
〈分岐:偶数回めの入力?/奇数回目の入力〉
→〈偶数:昼魔石の処理〉
→〈奇数:風魔石の処理〉
…といった具合だ。正直穴だらけのフローだが、魔法の、魔石の寛容さを信じることにした。俺は、VRゴーグルのような『メモリースター』の記録用器具を被ると、三角形の魔石をそこにつないで、黒板に書きあがった変則図形型フローチャートを見ていく。イメージや図形で記録するのではなく、処理プロセスとして記録することを強く強く意識して作業を続けていく。
◇
「はは…はははははっ!できた!できちゃったよ!」
スイッチにした小さい夜魔石に触れると、設定した通りに、昼もしくは風の魔石が起動する。偶数回、奇数回による振り替えも完璧だ。連打をしてもバグらない。長押ししてみたら、そんな定義をきっちりしたわけではないのに1回としてカウントしてくれた。なんだよ、魔法って適当かよっと1人突っ込みを仕掛けるが、その適当さによって新しい扉が開いた。最高だ。思考力の落ちた頭に、興奮が痺れのようにまわり、軽く酔ったような状態になる。
「すげーじゃん魔法、すごいじゃん魔石、アハハハッハ!」
俺は壊れたように、研究室で1人笑い続けていた。
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