152◆失敗から学ぶこと◆



 その若者は、弦を弾きながら、器用にギターのような楽器の腹を打ち鳴らしてリズムを取っていた。どこか寂しいような、温かいような不思議な旋律が食堂の石壁に反響する。


 その隣に立つ若者は、語りかけるように、ときに叫ぶように、リズムにあわせて歌う。その声は突き放すようでいて、それでいて温かい力強さにあふれていた。


 2人組の吟遊詩人とは珍しい。その立ち上る熱気は俺の琴線に激しく触れた。食堂の客も、そしてウェイターでさえも、その唄に耳を傾け動きを止めていた。


「そのときドラゴンの口が目の前でバカリとぉ、開きぃ!」


カッ、カッ、カッ


「あわや、リュードは餌と化すぅ!」


ジャジャジャンッ


 なのに、歌の内容は、こっぱずかしいことに俺のドラゴン殺しだった。そんな歌よりも、もっと似合う歌があるのではないかと思いつつ聞き入ってしまう。


「しかし、鷹のごとき鋭い声を放ち、その危機を救うは、冒険者姫っ!姫の投げたる、小さな炎はドラゴンの腹へと入りぃ!」


ジャジャジャンッ!!


「ドラゴンの中で巨大な火炎となると!ドラゴンははじけ散ったぁ!」


「散る寸前だった命を救われたリュードはぁ、涙を流し姫を称えたぁ!」


 違った。俺のじゃなくて、レイレのドラゴン殺しの歌だった。やんややんやと周囲の人間も盛り上がっている。そうか、こういうパターンもあるのか。おもしろい、おもしろすぎる。


 

 万雷の拍手が鳴り終わると2曲目が始まった。そして、この2曲目こそが、彼らの本当に唄いたかったものなのだろう。冒険者の生きあがく泥臭いさまをこれでもかというくらい熱を込めて唄っている。途端に周囲の反応は落ちるが、そこに込められた熱量と落ち続ける汗に俺は本物を見た。俺はかなり多めの金額を吟遊詩人の2人に渡して席に戻った。記録媒体がないのが惜しい。CDとかあったら買うのに。






 俺はたまに街の食堂でひっそりと食事をすることがある。そういうときは1人が多い。周りの人の会話をこっそりと聞くためだ。仕事や家庭の愚痴などが多いが、たまにおもしろい話というか、ヒントになりそうな話を聞けたりもする。


「うちの子がよぉ、将来は職人になるって聞かねえんだ。なんでだって聞いたら、あの馬屋の息子に、フィギュアつったか、こんな小さい人形みたいのを自慢されたらしくてよ、悔しくて悔しくて、なら自分で作ってやるって息巻いてやがんだ」


 とてもガッツのあるいい息子さんではないか。将来有望だ。


「俺の甥っ子が冒険者でな、ついに『ポケットファイア』手に入れたって興奮してたから、こないだ見せてもらったんだ。ありゃすげえな。触っただけで本当に火が点きやがった!甥っ子もそのうちドラゴン倒しちまうかもな!」


 あまり甥っ子さんが危険なことしないように言ってあげてください。


「うちの母ちゃんがな、部屋にちょっとした景色と花が欲しいって言ってよ。貴族様じゃねえんだから、絵なんて飾れねえだろ。王都の集合長屋でどうしろってんだよ」


 なるほど、女性向けのそういったトレカというか、ファブリックパネルなどは商品化できるかもしれない。


 こうやって俺は時々情報収集しては試作を作ってきた。インプットが絶えず行われ続ければ、アイディアもまた生まれ続ける。俺の頭はそういう風にできている。俺は酒をあおりながら周囲の声を聴き続けた。





 少し、失敗した試作に関して紹介しようと思う。成功して利益を上げているアイテムの陰で幾つもの失敗品を作っている。それはこの世界にあわなかったり、理解をしてもらえなかったりと、いろいろな理由がある。


・失敗作1『おしっこ人形』

前世では昭和の時代に流行った赤ちゃんお世話人形をベースにしている。原寸大の赤ちゃん人形を寝かした状態で、哺乳瓶を口に加えさせ中の水を飲ませることができる。水は人形の中に1度溜まり、赤ちゃんの体勢を立てるとおしっことして出てくるようになっている。


 女の子にとって、子どものお世話をするのは、憧れと言うかやってみたくなる不変の行動だからと作って、何人かの貴族の女の子に遊んでもらったところ評判は良くなかった。赤ちゃんは可愛がっても、世話は乳母がするものみたいな考え方らしい。さらに、おしっこが出てきたことで、ドン引きされて赤ちゃんを放り投げられた。貴族でない層であれば、評価は違うかもしれないが作るのにそれなりに費用が掛かるため封印した。



・失敗作2『抱っこの体勢で腕に付ける人形』

両手足が輪っか状になっていて、木にしがみつくコアラみたいに、腕に取り付けることのできる人形だ。前世では、これも昭和の時代に流行ったものだ。ウレタン風素材の開発で、アイテムを軽く、柔らかくできるようになったので、これぞ!と思い作ったのだが、何が楽しいのかわからないと言われた。ちなみに、キャラクターは良いのがなかったので、『かわゴブちゃん(かわいいゴブリンちゃん)』というものにして数パターンの色で展開をしようと思ったのだが、今考えてみると、その設定も悪かったのだと思う。



・失敗作3『アメリカンクラッカー』

辺境領のどっかの村に行ったときに試作で作って子どもに遊ばせた。子どもはは夢中になってカチカチカチ…カカカカカカッ!とサルみたいになって遊んでくれたのだが、親がすごい勢いで走ってきて、うるさい!と怒鳴って、俺の試作を遥か彼方に放り投げた。これはしょうがないと思った。前世でもうるさかったもの。


・失敗作4『花がダンスするおもちゃ』

フラワーでロックするセンサートイとして、前世ですごく流行った商品をイメージして作った。ただスピーカーと音を記録、再生する方法が開発できていないので、笛の音にあわせてくねくね踊る。動力は全て風の魔石だ。これの何が面白いのか分からないから説明して欲しいと、見せた人全員に真顔で言われたので心が折れてお蔵入りした。



・失敗作5『今日の占い小箱』

女児向けの商品として考えたもので、ボタンを押してから小箱を開けると箱の底に簡単な占い結果が光って表示されるというものだ。占いの内容は、前世でメーカーの品質保証部とやりとりをした経験からネガティブなことは言わずに、今日のラッキー度とラッキーカラーを表示するだけのものにした。機構としては風の魔石でドラム状のルーレットを回して、内側から光らせる仕組みになっている。


 俺は、この世界の人間の占いに対する真剣度を読み違えていた。前世の比ではなかった。試遊として渡した東辺境伯の一族の女の子が、信じ切った結果全身赤の服に着替えて部屋を一歩も出ないとか、そういうことが続いたので封印した。





 失敗作をあげればきりがない。おもちゃは、文化的背景や文明の成熟度、身分階級とそれぞれの階級によって異なる常識、貧富の差、周辺環境、素材、メディア媒体など様々な要因によって成立、もしくは不成立することが本当によくわかった。前世日本というか、世界は多くの人々がある程度同じような価値観をもっておもちゃを手にできる世界であったのだなと、つくづく思い知らされた。


 それでも。だからこそ。まだまだ先が、未来があると思っている。新しい素材が、技術ができるたびに面白いものが生まれて、人を笑顔にできる。それがひどく楽しい。


 俺は酒杯を空にすると、会計を支払って食堂を後にした。





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