86◆南の温泉◆
本日、2話更新しております。
86.5話を続けてお読みくださいませ。
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荷馬車に乗って、俺達は山間の温泉宿を目指して進んでいる。宿の支配人に、直営の温泉宿があり、ちょうど貴族の予約も入っていないので、10日ほどであれば、宿泊OKと言われたからだ。しかも、俺の冒険者星5への昇格祝いなので宿泊もタダと言う大盤振る舞いだ。
荷馬車は、現在1台だが、来春の出立に向けて、もう1台を職人に依頼している。前世で車中泊カスタム動画をいろいろと見た俺がカスタムした荷馬車はかなり便利で、居住性もそこそこ確保されているため女性陣には人気だ。西の領都エリスリからカプラードに来るまでの間は、レイレやミュカはこの荷馬車を使わなかったが、今回の行程ですっかり虜になってしまった。2台目を発注しておいてよかった。完成したら女性陣専用の荷馬車になる予定だ。
「いやぁ、楽しみだな!温泉!ゆっくり浸かって、だらーっとして、お酒飲んで眠って、起きたらまた入りたい。うぅ寒っ!」
俺が御者台で寒さに身をかがめながら言うと、荷馬車の中にいたレイレが俺の横に座った。
「レイレ、寒いから中でいいよ」
「いいんです。馬車の中は順番ですから。それに隣にリュードがいるから大丈夫です」
「そうか、そうか、ホホッ」
よくわからない爺言葉になりつつ、レイレのためにもう少し席のスペースを開ける。毛皮のコートに身を包んだレイレが、可愛くて尊い。頬を赤く染めながら白い息を吐くその姿は、妖精かな?
「それで、リュード、さっきの独り言。リュードは温泉入ったことがあるのですか?」
「い、いや、ないよ。い、いろんな文献を読んだから想像なんだけど、ちょっと想像がいきすぎてるかも」
笑いながらごまかす。前世はノーカウントにしなければならない。
「レイレは?温泉初めて?」
「今から行くところは、初めてです。でも東にも温泉があるので、そこでは時々入っていました」
「そうなんだ、東にあるんだ!東に行ったらそこでも入ろう!レイレ連れてってもらえる?」
「もちろんです!」
風は冷たいが、心は温かい。何気ない会話の中でもお互いを思い合う空気があって俺は前世では得られなかった充足感を覚えていた。
◇
途中で野営を1回行い、俺達は何事もなく高級温泉宿『湯けむり桃色亭』に着いた。温泉宿だよね?高級なんだよね?宿の名前に戸惑いを覚えつつも、扉をくぐると、中央ホールには、この地でしか咲かないと言われる薄紅色の花が幾つも活けてあり、華やかな景色が俺達を出迎えた。
「わぁ、きれい!」
温泉宿の人が丁寧に俺達を出迎えてくれる。聞けば男性用と女性用がちゃんと別にあるらしい。俺達は案内されたそれぞれの部屋で荷物を解き、着替えると早速温泉に繰り出した。
◇
「あ~~~~う~~~~」
「ほぉぉ~~~~~」
「あぁ~~~~~~~」
男3人、温泉に入って出てくるのは呻き声のみだ。だがそれがいい。うん、温泉は最高だ。
ハイマンとテイカーはメイスをメイン武器としているからか、背中の筋肉がよくついており、2人共に背の高さもあって裸になると妙な凄みがある。俺も含め、体に傷などはほとんどない。癒しの魔法で治せてしまうからだ。
ひとしきり唸ってから、湯に浸かりながらポツポツと雑談をしていく。
「そういえば、ハイマンさー。癒しの魔法って圧縮ってできた?」
「試しては見たのですが、なかなか難しいですね。たぶんできないのではと思います」
「やっぱりそうかー。俺は癒し属性は持ってないけど、なんか他の属性と系統が違う気もするんだよね」
「おそらくそうなのでしょうね。体は放っておいても傷を自分で治しますが、癒しは、それを加速させて、そしてその加速に使う力を、術者が負担している…と言われています」
「すっごい、わかりやすい説明!でも確かに納得かも」
「リュードもハイマンも、魔法の才能があるのは、正直に言って羨ましいですね。気がついたら『スタープレイヤーズ』で魔法の才能ないの俺だけというのがなんとも……」
テイカーがすねたように言うが、こればかりはしょうがない。
「しょうがないよ、そもそも世の中の多くの人は魔法は使えないんだし。でも、俺はテイカーの商売力と、管理能力にはめちゃめちゃ助けられてるけどね」
「それは、全くもって本当です。『スターズ』の頃に私自身も少し行っていたからこそ、それがよくわかります」
星4以上の、名の売れた冒険者は、魔物退治のエキスパートであり、自分達の住んでいる街を守ってくれることから一定の人気がある。結果、ちょっとした活動資金の寄付や備品の提供なども住民から行われるときがある。ご当地ヒーローを応援する気持ちに近いのかもしれない。(もっと切実ではあると思うが)
『スターズ』はレイレの人気と、星5のネームバリューもあり、そういった援助も、訪れた街々であったらしい。そして、その『スターズ』と一緒になった『スタープレイヤーズ』も、リーダーの俺が先日星5になったことから、そういった援助も増えていた。善意と好意、そして援助したことを周囲に自慢したい気持ちから援助してくれるので、基本は断らない。装備品や、食べ物や変なものは断っている。
こういった対応を、『スターズ』の頃はハイマンが、そして今はテイカーが窓口となって対応してくれている。テイカーは人づきあい、客あしらいが上手いので、適任だし、その事務、管理能力の高さもあって全て信頼して任せられる。
「しかし、テイカーの開けてお楽しみお礼状は、俺はすごいアイディアだと思った」
「そうですね、テイカー殿もやっぱりリュード殿と長く旅してきているのだと思い知らされました」
「え、それはどういうこと?」
「ハイマンの言う通りです。あれはリュードの発想を活かしたものですから」
援助に来た人にテイカーは、応対の最後に小さな羊皮紙でできたお礼状を渡す。お礼状は、『マギクロニクル』と同じように、文字のハンコで簡単なお礼の文がスタンプされているが、ポイントは最後に『スタープレイヤーズ』の誰かのサインが入っていることだ。ランダムで誰のサイン入りかはもらえるまでわからない。
このお礼状が人気がじわじわ上がっているらしく援助リピーターを生み出しているという。それを聞いて、テイカーの商才恐るべし!と俺は思ったのだ。
ちなみに、人気の順位はレイレ→クロナ→ミュカ→テイカー→ハイマン→俺なのだとか。女性陣はわかるが、物腰柔らかな応対で、実際に会っていることでテイカーがその次に人気が高く、ハイマンはたまに教会で救済活動を手伝っているので人気ということだ。リーダーの俺は大貴族にぶっ飛ばされたり、商人を怖がらせて追い返したりと、よくわからない怖い人物として認識されているらしい。リーダーなのに。ちょっと悔しい。
たっぷりと湯に浸かって、美味しいものを食べ、それだけでは体がなまるので皆で訓練したり、模擬試合をしたりしつつ、また温泉に入って…とあっという間に10日は過ぎ、俺達はカプラードの街に戻ったのだった。
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