86.5◆温泉ガールズサイド◆



 周囲に漂う湯気から、温泉特有の鉱物の香りが鼻をくすぐる。熱くもなく、ぬるくもない、程よい温度のお湯に肩まで浸かってレイレは、ほぅとため息をついた。


「たまにはいいですね。本当に気持ちいいです」


「私は温泉って初めてだけど、こんなに気持ちいいものなのね」


「うちの方とは泉質が違うね。ここは疲労回復にいいって宿の人が言ってたよ」


「あら、東にもあるのね。東の温泉はどんな感じなのかしら?」


「うーん、ここみたいに濁ってなくて、臭いもあんまりない感じかな。切り傷とかによく効くって言われているよ。でも、温泉だからやっぱり気持ちいいよ。向こうは、そのまま飲めるし」


「飲めるの!?へぇ…こうなると東の温泉にも絶対に入らなきゃと思うわ」


「リュードが、東にいったら絶対に温泉行こうって言っていましたから、大丈夫だと思います」


「あら、リュードとレイレは混浴で入るのかしら?だとしたら、邪魔しちゃ悪いわ」


「こ、ここ、混っ浴!?」


ざばりとレイレが思わず立ち上がり、その豊かな胸が揺れる。


「ちょっと、レイレ、動揺するのはわかるけど、急に立ち上がらないでー」


 顔をお湯で拭いながらミュカが抗議をするとレイレが顔を真っ赤にして「すみません」とお湯に戻る。


「恥ずかしがることないじゃない。お互い想いあっているんだから、いずれは、そういうときもくるのよ」


「いいいずれは…」


 目をくるくる回すレイレを、いたずら気な瞳でクロナが見る。


「ウフフ、レイレは本当にかわいいわね」


「しかし、この格差はなんとかならないものかなー。あたしだけ、小さいのは納得いかないなー」


 ミュカが自分の胸を見てから、2人の胸を見て頬を膨らませる。リュードの前世の基準で例えるなら、クロナはG、レイレはE、ミュカはC。ミュカはクロナの胸を指でつつくと、その指はふにょんと柔らかく沈みこむ。


「あん」


「むー、クロナさん色っぽいなー。…そもそも何食べたら、そんなに大きくなるんですか!」


「ふふっ、ミュカ、テイカーは胸のサイズは、そこまで気にしないと思うわよ」


「なななななんで、テイカーの名前がここで出るんですか!」


「でもテイカーのこと、ちょっといいなって思ってるでしょ?」


「え、あたし、ばれてます!?」


「私は気づいたけど、皆はまだ気づいていないと思うわよ。レイレもわかっていないでしょうし」


 そうクロナに視線で差されたレイレは、「こ、こんよく、い、いつかは…」とぶつぶつ呟いており、まだ妄想の世界から帰ってきていない。


「むー。確かにテイカーはいいなと思いますよ。将来、間違いなく成功する商会の筆頭人物。背も高く、顔も鋭めでわたし好み。まだ他の女の手もついてない…」


 ミュカがクロナをじっと見る。


「…なにかしら?」


「ク、クロナさんはテイカーをどう思っているんですか?私達よりも長い付き合いですよね?」


 クロナが首を少し傾げ、顎に人差し指をあてて考える素振りを見せる。


「私は、テイカーもリュードもないかしら。私、もっと渋みのある年上が好きなのよ」


「えーでも、3人で旅してるときとか雰囲気怪しくなったりはしなかったんですか?」


「ずいぶん、ぐいぐい来るわね。」


「普段なかなかこういう話もできないですし。で、どうなんです?」


 レイレもいつの間にか妄想から戻ってきておりクロナに注目している。


「私は王国調査室の人間でしょ。だから最初の頃の命令は、護衛だけじゃなくて、機会があればリュードと寝て、できるなら懐柔しろというものだったわ」


「そ、そんなことはリュードはしません!」


「そうなの、レイレの言う通り。私には手を出さなかった。可笑しいのよ、フフ。私の胸には目が何度も来るのに、それを気づかれていないと思っているのよ。まぁ私もそういう服を着てるわけだけどね」


 泣くような怒るような、悲しむような、そんなレイレのよくわからない表情を見てクロナは優しく微笑む。


「安心して、レイレ、あなたが来てから、目線のほとんどはあなたの胸にしか向かってないから大丈夫よ」


「だ、大丈夫の意味がわかりません!」


「リュードは、私に仕事としての少し離れた距離感を求めてきていたから、私もそれに乗ったの。その距離感が楽だったし、心地よかったからね。」


 山肌を照らす夕焼けが、皆の白い肌を薄く茜色に染めていく。


「テイカーはその後仲間になったけど、彼はリュードを商売の種としてみていたから、最初は私も警戒していたの。でも気が付いたらテイカーとも仲良くなっていたわ。リュードとの相性も良かったみたいだし」


「なるほどー」


「テイカーも私には手を出そうとして来なかったわね、早いうちに王宮調査室の人間だと明かしていたし、少し警戒もしていたんでしょうね」


「そうなんですねー。ちょっとホッとしました」


「あ、でもテイカーって、わりと要領いいから、こっそりと遊びに行ってたりするわよ」


「え?んーー…男だし、しょうがないかー…」


「リ、リュードは、どうなのでしょうか…?」


「どうかしらねぇ。レイレから本人に聞いてみなさいな。あ、でもあれよ、大事なのは、今その時に誰を好きなのかってことよ」


「あまり知りたくないような、知っておきたいような…」


「うふふ、さぁ、私達もそろそろ上がりましょう。男達3人ともお腹を空かしているわ」


 夕闇が濃くなり、薄く星が光り始める。3人は立ち上がって出口へと向かう。


「そうだ、クロナさん、渋いのが好きなら、ハイマンはどうですか!?年上ですし!!」


「え、そうね。悪くないと思うわ」


 そう言ったクロナの頬は温泉の温まった効果以上に赤く染まっていた。


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