84◆異世界着替え人形と新しい箱◆



「ご無沙汰しております。レイレ様、リュード様」


 俺の前に、白い髭をきっちりと撫でつけた背筋の伸びた初老の男性がいる。柔和な、深い知性と慈しみを備えた柔和な顔は、優しく微笑みを浮かべている。俺とレイレが結婚式の衣装でお世話になった貴族向けの服飾品店『スモールラック』のオーナー兼店長、チェーリオだ。


「リュード様のご活躍、いろいろと聞き及んでおります。いやはや、お話を耳にするたびに、年甲斐もなく手を叩き打ち鳴らしては、楽しませていただいております」


 俺は、結婚式の衣装のお礼と、商談をするために『スモールラック』を訪れていた。本題の前に雑談を軽く…のつもりが、結婚式の様子はもちろん、東辺境伯に殴られた話、先日追い払った商人ギルドの副会長の話などが出て、いつの間にかそれなりに長く話してしまっていた。


「失礼した、チェーリオさん、そろそろ本題に。今日俺達が来た件ですが」


「はい、お聞かせください。それとリュード様、私はそのままチェーリオとお呼びください。口調も崩していただければ幸いです」


「わかった。チェーリオに見てもらいたいものがあるんだ。これはレイレとクロナ、ミュカ、『スタープレイヤーズ』の女性陣が開発したものでね」


 俺はまず箱を取り出し、そこから20センチほどの板状の、下着姿の女の子の人形を出して机の上に置いた。人形というよりも女の子の形をした板という感じだ。また下着姿と言っても、細身の白いワンピースのようなものを着ている状態だ。


「そして、これだ」


 同じく板状になった、ワンピース、ドレス、髪の毛、帽子、リボン、靴、手袋、カバンなど…を、バラバラと取り出して机の上に並べる。ワンピースやドレスは、本物の布の切れ端を固めて作ったものだ。


「おぉ!これは…。ほほう、上から置いて着せ替えて遊ぶものですな?ふむ、生地の端切れを…固めたもの?とても華やかで、可愛いですな。」


 小さいパーツを目細めながらチェーリオはあてていく。


「なるほど、くっつくようになっているので小さいパーツもきちんと着せ替えられると。これはおもしろい。女性、女の子は喜ぶでしょう、さらに遊ぶことで服飾のセンスも磨かれていくと。余った端切れを使えるので、コストも売価も抑えられ、さらに嬉しいと。ふむふむ……、街の中流階級から一部貴族までの商品とお見受けします」


「さすがだね。こちらの狙いも説明不要だった。これの名前は『着せ替え、アムリちゃん』だ」


 俺達が提案したのはシート状になった着せ替え人形だ。名前はこの国の名アムリリア王国からとっている。





 10日ほど前の話だ。俺が皆に、俺の技術の根幹となる、固める素材『スライム粉』の説明をしていたとき、この粉で薄布を固いシートにして切り抜けばステンシルができると話したところ、レイレとミュカが布を固めるところに喰いついた。


「リュード、布を固めるって、どのくらいまで形を作れるものですか?」


「リュードさん、これ、どんな布でもいけるのかな?」


「じゃあ、材料渡すのと作り方教えるからいろいろ試してみて」


 俺は『スライム粉』と魔石を渡し、詳しい作り方を教えた。それから数日の間、女性陣は貴族向けの服飾品店で余りの端切れを買ってきては固めたりしていた。


 その固まった端切れがテーブルの上に重なっているのを見て、俺は前世日本で、女児に流行っていた着せ替えシールみたいだなと思ったのだ。女性陣に聞いたところ、貴族や金持ちの令嬢向けの高価な着せ替え人形は存在するが、俺の言うシートのようなものは見たことも聞いたこともないとのこと。


 ならばということで、商品コンセプトだけ伝えて、後は女性陣に開発を一任した。俺はデザイナー兼アドバイザー兼と素材開発を行った。


 残念ながら、貼ってはがせる弱粘性のシール糊は開発できなかった。そのかわり、ちょうど冬時期で郊外の草原に小さなひっつき虫のような植物が群生していたので、それを開いて乾燥させ、簡易のマジックテープのようにして、くっつける面同士に接着したら上手くいった。千回以上パリパリと着けては剥がしてと試したが、意外に実用に耐えている。





「リュード様、そして私が注目しているのが、このアムリちゃんの入っている箱です。これは布を固めて箱にしたものでしょうか。素晴らしいですね…」


 それはレイレがアイディアを出して試作を作りあげた逸品だ。


 『スライム粉』を魔力水で溶いた溶液で布を浸して乾かすと、水をはじく固いシート状の布ができあがる。俺はステンシルに使う目的だったため、ここで終わりだったが、レイレはこのシート状の布をうまく形作る方法を発案した。


 折り曲げたいところにだけ、魔力水を塗り柔らかくして、また乾燥させて固めるのだ。この発想はなかった。この方法により、布は極めて自然な感じで立体的な形状へと変化させることができるようになった。既に女性陣は、各自の好きな布を箱にして、物入れとして利用している。


 この世界には紙がない。つまり前世日本で溢れていた安価でカラフルな箱、パッケージがないのだ。何か箱を作ろうとすれば木製でしっかりとしたものになり、どうしても重くなるし、装飾を加えると値段も高くなる。そこに布で作った、水も通さない、ある程度安価な箱がでたらどうなるか。


 俺達はこれを『布箱』と呼んで商売にできるか検討することにした。パーティメンバー内で、『布箱』のメリット、デメリットも含めて、意見を出しあう。デメリットは強度とサイズだ。あまり重いものは入れるのに向かないし、大きい箱を作るには、大きい布が必要なので単価が上がってしまう。


 結果、この『布箱』を自分達でやるには、まだ商会も店舗もないため難しいと判断した。そこでどこかの商会と、守秘義務を取り交した上で、製法使用許諾と、製造権、販売権を与えて、そこから利益の何パーセントかをもらう方式とすることにした。


 ただそのためには、悪どくなく真っ当な商人で、一定以上の規模の商売をしていて、人間性に信頼がおける商会を選ばなければならない。俺は結婚式の衣装を作ってくれた『スモールラック』くらいしか知らなかった。クロナが、街にいる王国調査室の人間から各商会の情報を集めてくれた。『スモールラック』、そしてオーナー兼店長のチェーリオは、その情報の中に入っていたため、俺達の商売相手の筆頭候補になった





「お話全て承りました。このチェーリオ、そして『スモールラック』を選んでいただいたこと、誠にありがとうございます」


「チェーリオ、話を振っておいて何だけど、情報の秘匿に関しては、厳重にお願いしたい。ここから先、教える技術は『マギクロニクル』にも使われていて、エルソン男爵のところの秘匿技術なんだ。俺は開発者だし、男爵のカードと商売が被らなければ、好きにしていいとは言われてるけど、漏れたりしたら、かなり大変になると思う」


「それはもちろんです」


「あと、できればだけど、貴族と富裕層だけのものにしないで、先々は平民にもこの商品は浸透させていきたいと思ってる。使う端切れのグレードで変えていけるだろうとは思ってるんだけど。『スモールラック』って貴族向けだけど、その辺できそう?」


「お任せください。今回は専用の別商会を立ち上げます。それとリュード様にお願いがございます」


「なに?多少なら融資もできるよ」


「いえ、融資ではなく、名前にございます。『スタープレイヤーズ』の名前をお借りしたいと」


「わかった、じゃあ『スタープレイヤーズ』の刻印も作って渡そう」


「刻印ですか?」


「俺達は将来、商会を立ち上げる予定なんだけど、俺達が作ったものには今後それを押していく予定だったんだ」


「おぉ!商会を立ち上げる予定ですと!?それは朗報です!その際は、是非お知らせください!」


「もちろん。あとでうちのテイカーがこちらに来ると思うので、そのときに細かい条件の詰めを行ってもらっていいかな。進め方含めて実行面は任せてあるから」


「委細、承知しました」



 こうして俺達は、自分達の商品を売り出すことになったのだ。


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