82◆クロナの怒りと反省◆



 冬は社交の季節だ。地方貴族は、春から秋は自領にて統治し、冬になると王都へと赴き、王族や他貴族と交流をする。南の街カプラードに集まっていた3辺境伯も、結婚式が終わって、早々に王都へと旅だったため、俺はようやく宿屋にひきこもれるようになった。


 ちなみに今年の第3回『マギクロニクル公式大会』では、俺は司会をやらない。エルソン男爵、エルデン老に泣きそうな顔をされたり、脅されたりしたが運営としてのノウハウを伝えるだけ伝えて、俺は断り続けた。司会はエルソン男爵の次男のマルコ君10歳、いや今は12歳が司会をすることになった。抜擢した理由は、子どもだから貴族達もヒートアップしても文句を言いにくいだろうというものと、後は単純に『マギクロニクル』に詳しくて頭が回るからだ。以前に関係者集めて、わざわざ模擬大会までやって教え込んだのだ。たぶん大丈夫だろう。次男のマルコ君の生きる道…にまではなるかわからないが、将来のいい経験になると思っている。


 ということで、俺はパーティーメンバーに、例によって何日か引きこもることを伝えて、試作の作業に入った。


 ついに、俺は、鳴る!光る!おもちゃを作るのだ。





 ひきこもって3日後の夜遅く、俺の部屋の扉をノックする音が聞こえる。しばらく無視していたが、全く止みそうにないので、しぶしぶ扉を開けたら、そこにいたのはクロナだった。


「なに…?」


 俺は不機嫌さを隠そうともせずにクロナに聞くが、返ってきたのはクロナのいきなりの平手打ちだった。


「え?なに?痛ぃんだけど…」


「ちょっと食堂まで、顔貸しなさい」


「いや、ちょっと…」


 前を歩くクロナの後に、納得がいかないながらもついていく。普通、宿の食堂は夜になると灯りも落とし使えないようになっているが、俺達が泊っているのは最高級の宿なので、少ないながらも灯りは点けられており、水や酒などもポットに入れて置いてある。


「リュード、そこに座りなさい」


 クロナは席につくと、自分の正面を俺にすすめ、俺も黙って席に着いた。何かは知らないがものすごく怒っているのはわかった。だが俺には全く心当たりがない。


「リュード。あなた、一昨日から今日の夜まで何していた?」


「引きこもるって言ったじゃない。部屋でずっと作業をしてるよ。夕食だって、皆で一緒に食べたじゃないか」


「そう、夕食ね。受け答えも、上の空でね。ねぇ、あなた、レイレのこと何だと思ってるの?」


「意味が分かんないだけど…」


「引きこもるにあたってちゃんと説明はしたの?ちゃんと、その後もやりとりをしているの?」


「説明は…した。その後のやりとりは、夕食の時くらいで…」


「ふぅ……。馬鹿なの?馬鹿よね。あのね、この際だから言っておいてあげるわ。あなたのひきこもりね、あなたは何も思っていないかもしれないけど、私達が理解をしていることで成り立っているの。私もテイカーも半分は仕事でもあるからよ。そういうものだと、諦めているの」


「…?」


「でも感情は別よ。受け答えもぞんざいで、目の前にいるのに無視されているような、そういう態度をされると腹立つときもあるわ」


「急にそんな風に言われても…」


「さっき私に見せた、扉を開けたときの面倒くさそうな顔、あれ見た瞬間、私は怒りが込み上げてきたわ。リュード、あの顔、レイレにも見せられるの?」


「いや、見せない…」


「嘘ね。リュード、あなたは、たぶん見せるわ。見せて、傷つけてから気づくの」


 聞いててつらくなってきた。これ以上聞きたくないという思いが俺の眉間にしわを寄せるが、心の中で今きちんと聞いておかなければとも感じている。


「私達はあなたに好意を持っているわ。あなたの創り出すものも面白くて、楽しいから。でも仕事としても捉えているから、我慢もできているの。でもね、レイレはどうなの?レイレがどう思っているかとか考えたことある?我慢させてるのわかってる?」


「わかってくれているものだと…」


「そうやって一方的に理解を求めて、そう、仕事みたいな関係性を強いて、自分に都合のいいときにだけ相手をする、可愛がる、レイレをそういう相手にしようとしているの、わかってる?」


「……」


「レイレはね、あのこは、私に聞いてくるの。言ってくるの。『リュード、部屋から出てこないけど大丈夫でしょうか』『どんなものが好きかご存知ですか?持っていくのはいいのでしょうか?』『声を掛けてもいいのでしょうか』『いつも何日くらい待っているのですか?』『夕食のときも、あまり喋ってくれませんでした』ってね。これ聞いてあなたどう思うの?」


「……」


「リュード。あなたは…、何のために死にかけてまでレイレと戦ったの?」


 クロナの言葉に俺は、頭を、胸をハンマーで叩かれたかのように衝撃を受ける。


「リュード、あなたの今作ろうとしているものは、レイレの気持ちにフタをさせてまで作らなきゃいけないものなの?今じゃなきゃいけないの?レイレはね、すごく強いけど、異性になれていないし、ましてや人を好きになったのも初めてで、何もかもがわからなくて不安がっているのよ」


「…ごめん」


「謝る相手が違うわ。どうするかは、自分で考えなさいな。あまり続くようだと、私も、たぶんテイカーだって、あなたを見限る日が来るわ」


 クロナは席を立つと、振り返らずに食堂を出ていった。俺は薄暗い食堂の壁にもたれて、自分のこと、レイレのこと、メンバーのこと、これからのことを、考え続けた。





 翌朝、食堂に降りてきた皆は、俺が食堂にいたことで驚き、そして俺の目の下の隈を見て、クロナ以外の皆が口々に心配してくれる。少しして全員が揃うと、俺は皆に謝った。


「えっと…皆、本当に申し訳ない。俺は、その…何かを作るとき、視野が狭くなってしまって、その間、皆のことを考える余裕がなくなってしまうんだ。これまでにはクロナとテイカーに、加えて今回はレイレ、ハイマン、ミュカに迷惑と心配かけている」


 皆は黙って俺に言葉に耳を傾けてくれている。


「作業に没頭している間は、気もそぞろで、受け答えも適当だったりして。そんな俺だけど、皆が合わせてくれればいい、慣れてくれればいいって本気で思ってた」


胸の内を、思ったことを、恥ずかしくても全てさらけ出していく。


「でも、そうじゃないって気づかされた。で、ずっと考えていたんだ。どうすればいいんだろうって?何をしたら、皆のことも考えられるようになるんだろうって。だから、皆さえよければ、これからの話を、相談をさせてもらいたいと思う。ただ…、ちょっと眠いから仮眠をとって午後になったら俺の部屋にきてもらっていいかな」


皆が頷いてくれたので、いったん解散となったが、俺はレイレに「俺のわがままだけど、仮眠の間、そばにいてくれるか、ひ、ひざ枕をお願いできないか?」と言ってみた。途中で声が裏返って格好がつかなかったが、レイレは真っ赤になって頷いてくれた。





「いきなり全部は無理だけど、これから俺が何を作ってきたのか、どういう思いで作ったのか、そしてそれにはどういった技術が使われていて、どういう作り方をするのかを、皆に伝えていきたいと思う」


「それは何故ですか?リュード殿の作ってきたもの、そこに使われているのは、どれも秘密の、そして上手くすれば巨万の富を得ることも可能な技術ですよね?」


「うん。俺の作ってきたものは、間違いなく最先端の技術だと思うし、ハイマンの言う通り、応用を利かせば、いろいろな道具とかも作れて大金持ちにもなれると思う」


「それをなぜ、教えると?」


「幾つか理由があるんだ。1つは、俺の考えていることや想いを皆と共有したいこと、併せて、皆の想いや考えていることを俺も知りたい。2つ目が、ちょっと前に国王様に、『お前の技術をどう残すか、それを考えておけ。あまり何も考えないようであれば国で動く』と言われたから、それを皆で共有することで残していきたい。俺の希望としては、どこかに拠点を作って、皆で商会を立ち上げて、皆の居場所を作りたいと思ってる。最後に、1番大事なのが…」


「大事なのは?」


「皆に手伝ってもらうことで、俺とレイレの時間を作りたいんだ。ごめん。いろいろ言ったけど、それがかなり大きいかも、ハハッ」


 レイレは顔を真っ赤にして下を向いてしまったが、他の皆はきょとんとした後、笑い出した。


「リュード、あなた馬鹿ねえ。アハハハ。いいわよ、居場所もできるし、レイレのためだもの」


「リュード、商会の話、俺も全力でやらせてもらいますよ。もともと俺の夢でもありますし」


「リュード殿、正直私は心配していました。あまりに目に余る場合は、全力であなたと姫を離すことも考えねばならないとも思っていました。ですが、今いってくれた理由であるのなら、私も喜んで協力させていただきましょう」


「リュードさん、いいね。商会かー。考えたこともなかったけど、面白そう!あたしももちろん乗ったよ!」


「ありがとう、皆。本当にありがとう!」


「それで、リュード。今回、ひきこもろうとしていたのは、いったい何を作ろうと考えていたんです?」


「そう!聞いてくれ!実はさ…」


 夢中で説明し始めた俺の横で、レイレの背中をクロナが優しくなでていた。


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