81◆街の有名人◆



 俺がレイレと話し始めてからしばらくして、ユリーズ東辺境伯が謝罪にやってきた。……が、東辺境伯はなかなか謝ろうとしなかったためレイレに激しく怒られ、渋々謝罪をしてくれた。俺はその謝罪を受け入れ、今回のことは“貸し1つ”としてもらうことにした。何か俺が困ったときに返してもらおうと思う。


 その後、男同士の話だということでレイレに1度席を外してもらい、俺とユリーズ東辺境伯は2人でいろいろと話をした。話題は当然レイレのことだ。


 もともと父を亡くし、ふさぎ込んでいたレイレに最初に剣を教えたのはユリーズ東辺境伯本人だった。その後レイレは腕前が上がるにつれ、自らの剣で人々を救いたいと考えるようになり冒険者になると決意した。当然、それを許さない東辺境伯とレイレの間で大げんかになったが、最終的には条件付きで、しぶしぶ認めることとなった。


 レイレはギルドで登録をする際に、今後冒険者として活動する上で、貴族という肩書は邪魔になるとして、自らを平民だと宣言した。ただ、いかに宣言しようが、貴族女性は成人しても結婚前なら身分は貴族のままだ。例外は教会に入るか、勘当された時のみ。当然、東辺境伯は勘当していない。そのため、本人が冒険者になって以降も、レイレへの縁談の申込みが続いていたそうだ。やがてオウガ姫の名が広まるとともに縁談も減っていったが、今でも無くなってはいないそうだ。


 縁談は、本人が望まないのならとユリーズ東辺境伯も断り続けていた。貴族教育よりも剣にのめり込んだレイレが今さら貴族婦人になることも想像できず、さりとていつまでも冒険者でいるのもどうなのか、姪の幸せはどこにあるのかとずっと悩んでいたらしい。


 レイレは自分よりも弱い人間には興味が湧かないようなので、ユリーズ東辺境伯本人は、自分でも有望そうな人間を探すのと併せて、ハイマンとミュカに秘密の指令を出していた。


 ハイマンとミュカはレイレの仲間ではあるが、東辺境伯の命を受けた護衛兼、無茶しない様にするための抑え役、そしてレイレに変な虫を近寄らせない役でもあった。そんな2人に新たに課せられた指令は、もしレイレが興味を示す、もしくはレイレが慕う相手でも現れたなら、その人間を報告・調査することだった。


 やがて2人から俺のこと、そして俺とレイレが勝負をしたという報告を受けた。その相手も、以前自分が目をつけた若者と知り東辺境伯も嬉しくなった。今回の結婚式の参列も代理の者に行かせる予定だったが、俺を見極めるために急遽参加したのだと言う。


 誤算があったのは、ハイマンとミュカは、俺の戦い方(背後から自分ごとレイレを撃つ)が酷すぎて報告に書けず、レイレが負けたことしか伝えられていなかったことだ。レイレが怪我をしたという情報を知らなかった東辺境伯は、怒りのあまり俺にアッパーをし、今にいたっている。


 その後、レイレも部屋に呼び、俺とレイレは、正式にではないが内々で婚約者とすることを東辺境伯が宣言してくれた。俺がただの平民ではなく、啓示を受け、才腕御免状を持ち、『マギクロニクル』で実績もあるため、誰にも文句を言わせないと言ってくれた。ただ、いずれ公表するが、今はまだ時期が早いため発表は待ってくれと言われた。


 俺とレイレは手を取りあって喜んだ。





 今、このカプラードの街で一番の有名人は誰だと聞かれれば、多くの人々が俺の名を上げるそうだ。


・『スターズ』のオウガ姫ことレイレを落とした

・カタリナ姫の光るドレスを開発した

・グリフォンバスター

・北のスカイランタンを作り、祭りにした

・貴族が夢中になっている『マギクロニクル』を作った

・才腕御免状を持っている

・国王に気に入られている

・血風のパスガンの息子

・『スタープレイヤーズ』のリーダー

・オウガを倒した(倒したのはミュカだが)

・紙芝居という新しい演目を行う

・不思議な小さい走る車を作った

・3辺境伯と仲が良い

・東辺境伯に殴り飛ばされた

・平民である


 これらのことが、多少の尾ひれをつけつつ街の有力者や富裕層を中心に噂として広がっていた。東辺境伯に殴り飛ばされたのなんか、相当数の人が見ている。


 さらに最後の“平民である”ということが話を大きくした。金持ちや有力者が、俺を取り込めば金になると踏んだのだ。幸い泊っている宿が街1番の良いところで、セキュリティもしっかりとしているため、変な奴がいきなり押しかけてくることはない。宿を通して面会の申し込みが殺到しているが全て断っている。だが中には、街の中に自分の屋敷があるのにわざわざ宿に泊まってまで、俺と縁を繋ごうとするやつもいた。





 宿の食堂で『スタープレイヤーズ』の皆で食事をしているときだった。近くのテーブルに座っていた、でっぷりと太った、いかにも強欲商人といった中年おやじの存在が俺をいらつかせていた。おやじのいやらしく、ねちっこい視線がレイレ、クロナ、ミュカに何度もきているのだ。


 しばらくしてその中年おやじが、こちらに近づいてきた。口元にはいやらしい笑みを浮かべている。「この街の商人ギルドの副会長で相当あくどくやっている商人よ」と、クロナが小声で教えてくれた。さすが王国調査室。


「これは!もしかすると、貴方は『スタープレイヤーズ』のリュード様でしょうか?おぉ、いきなり声をおかけした無礼をどうかお許しください」


「……」


 芝居がかった言い方や手振り、小狡そうで冷たい目、はりついただけの笑み、滲み出る下品さ…全てが俺のいらつきを加速させる。前世を含めた俺の経験上、こういう言い方をしてくるやつは、相手がどんな風に反応しても、それをきっかけにして、厚かましく自分を押し込んでくる。無神経だと怒れば、「お詫びの機会をください」とか言ってくるだろうし、冷たい態度をとったり怒ったりすると、「お声をお掛けしただけなのに…」とかいって自分を被害者ポジションに持っていくだろう。


 どういう返しをしてくるんだと探るように、窺ってくるの目つきが本当に気に入らない。女性陣をいやらしく見てきたのとあわせて、目つぶしの刑にしても許されるレベルだ。……ということであればと、俺はかねてより試してみたかったことに、気兼ねなく挑戦してみることにした。


「…あなたは?」


「おぉ、わたくしはカプラードの商人ギルドの副会長を務めておりますマロメッセと申します」


「そうですか、マロメッセさん、よろしくお願いします。いやぁ、商人ギルドの副会長とご挨拶できるとは、何とも光栄な話です」


 俺の応対にパーティメンバーが少し驚いた素振りを見せるが、俺はそれを拾わずに店員に声を掛ける。


「すみません、こちらに椅子を1つと、後は空のティーポットとティーカップを2つお願いします」


 椅子が届いたので、マロメッセに座ってもらう。いつの間にか周囲の客も静まって、俺の動向を見守る流れになっている。


「椅子までご用意いただき恐縮です、リュード様。わたくしは、貴族向けの服飾品を取り扱っておりまして、今度ぜひリュード様に衣装でもお贈り…」


 マロメッセは、いきなり椅子を用意されて歓待されたことが想定外だったようで、俺に対して若干警戒をしているようだ。顔には出していないが額にわずかに汗を浮かべている。服飾品を扱うということは俺の作った光るドレスが目的なのだと思うが、いきなり本題に近い内容を話し始めているあたりで、早く話を終わらせたいと思っているのかもしれない。


「まぁまぁ、マロメッセさん、お飲み物でもいかがですか?実は私、少し水魔法が使えまして。マロメッセさんは、水の魔法使いの出した水を飲んだ経験がありますか?」


「あ、ありますとも」


「そうですか、さすがですね。では、よければ私が魔法の水を作らせていただいても?」


「あら、リュード、あなたが、自ら水を出すなんて、そんなこと滅多にしないじゃない。マロメッセさん、あなた自慢できるわよ」


 俺の意図に気づいたクロナが援護射撃をしてくれる。


「楽しみです。リュード様ありがとうございます」


 俺はまずポットをもち、ふたを開けて逆さまにする。周りの注目も浴びていることを意識したアクションだ。ポットの上に手をかざし、目をつぶって「(フィアー)ウォーター!」と唱える。トポトポとポットに溜まった水を2杯のカップへと注ぎ、マロメッセの前に差し出す。


「さぁどうぞ。あぁ、少し濁っていますが気にしないでください。ほらこの通り」


 俺は片方のカップを持ち、そのまま飲み干す。水をかけた人間や魔物に、俺に対しての生理的嫌悪感を起こさせる魔法だが、当然俺自身が飲んでも効果はない。これは実験済みだ。では他人に飲ませて見たら…?


「うん、自分でいうのも何ですが、美味しい。さぁ、どうぞ」


「リュード様、ではいただきます」


 マロメッセは、意を決したようにカップをあおって中の水を飲み干す。


「ふぅ。いや、確かにこれはおいし…」


 そう感想を言うマロメッセの俺を見る目が、どんどん開かれていき、額から頬から脂汗を流し始めた。顔色がどんどん青くなり、小さく震え始め呼吸まで粗くなっている。


「どうしました、マロメッセさん?」


 俺は気遣うふりをして、少し大きめの音を立てて立ち上がる。


「ひ、ひひ、ひぃいいいーーーーーっ!」


 マロメッセは、弾かれたように逃げ出し、扉の向こうへと消えていった。


「おっかしいなあ、水をお出ししただけなのにぃー!人の顔見て逃げ出すなんて、失礼な人だなー!」


 実験結果もわかり、俺はとても気持ちよく、嫌な奴を追い出せたとご満悦だったが、周囲の客は魔物でも見るかのような目で俺を見ていた。


 この日、俺の噂に“下手に声をかけると、恐ろしい目にあわされる”が加わった。


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